第5話 庭園と邸宅
ティアはルラにお姫様抱っこされながら、呆然と目の前に広がる光景を見つめていた。
数多の花壇に美しく彩られた庭園。中心部には夕暮れの橙色の光を纏った噴水があり、静謐な水音を響かせている。その奥には豪邸と呼ぶのに相応しい建物が聳えており、ルラの瞳と似た色合いの青色の屋根が印象的だった。
ルラは門の鍵を開くと、庭園を進んでいく。数え切れないほどの花々が咲き溢れていて、ティアはきらきらと桜色の瞳を輝かせる。
それから、一つの疑問が頭をよぎった。
「……あの、ルラさん」
「どうかした?」
「ルラさん、ご自分のこと貴族じゃないって仰っていましたけれど……これはどこからどう見ても、貴族ですよね!?」
「いやほんとに貴族じゃないよ? 爵位とかないし」
「い、いやでも、こんな広々とした庭園、煌びやかな噴水、麗しい豪邸! しかも王都に! どう考えても地価とか高そうな王都に! これが貴族の住処じゃなかったら一体何なんですか……!?」
「逆に何だと思う?」
にこにこしながらクイズを出すルラに、ティアは少しの間考え込んで、はっと目を見開いて意気揚々と回答した。
「わかりました! さてはルラさん、盗賊ですね!?」
「へえ、人をいきなり盗賊呼ばわり?」
ルラは変わらずにこにこしていたけれど、その笑顔にちょっと圧が加わったような気がした。ティアはルラの腕の中で少しあたふたとしてから、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「ルラさん、怒っちゃいましたか……?」
「ううん怒ってないよ。怒ってないけど、今からくるっと方向転換して君をお花屋さん不採用スペースに連れて行っちゃおっかな?」
「ひゃあああああ! それだけは! それだけはご勘弁を!」
命を奪うとでも言われたかのように首をぶんぶんと横に振るティアに、ルラは「ティアちゃんってやっぱ可愛いよね」と世間話でもするかのように言う。
「…………! だ、だから、からかわないでください……!」
「本心だってのに」
ティアはまたしても顔を赤くしながら、ルラと目を合わせないようにそっぽを向く。
ルラは円形の噴水の半周を沿うように歩いていき、銀色の髪に淡く花々の香気を纏わせながら、邸宅のドアの鍵を開けた。ティアを丁寧に下ろすと、「歩ける?」と尋ねる。
「勿論歩けますよ! 家から王都まで歩いてこれたわけですし」
「うん、だからこそ君の足の具合を心配してるんだよね、俺」
「……え? ルラさんって、私のことを心配してくれてたんですか……?」
「いやどう考えてもそうでしょ。俺がどうしてここまで君を抱きかかえてきたと思ってるの?」
「……趣味、ですかね?」
「へえ、ティアちゃんは俺の趣味が女の子をお姫様抱っこすることだと認識してるんだ?」
またしても圧のある笑顔を浮かべるルラに、ティアは「お、お花屋さん不採用スペースは嫌ですーっ!」と頭を抱える。それから、少し小さな声で続けた。
「だ、だって……ルラさんって、すごく、女性慣れしているように見えますし……」
「そう? まあ、そう勘違いしてもらっといた方がありがたいか」
(勘違い……?)
ティアはルラの言葉を頭の中で繰り返す。その間にルラはドアを開くと、「ついてきて」とティアを手招きした。彼に導かれるように、ティアは邸宅の内部へと足を踏み入れる。
「…………すごい」
思わず、そんな声が零れた。
高級感のある白い壁と白い床。敷かれている絨毯には美しい花々の模様が描かれており、絢爛なシャンデリアも花をモチーフとしたデザインだ。時折壁にかけられている絵画も、綺麗な花畑だったり花屋の仕事風景だったりと、印象的に花々が描き出されている。
「気に入ってくれた?」
廊下を進みながら振り向いたルラにそう問われ、ティアはぶんぶんと首を縦に振った。
「気に入るどころか、最高のおうちだと思います! 花が大好きな身としては、まさに理想を体現した場所といいますか……!」
「あはは、褒めてくれてありがとね」
ルラはそう言って、一つのドアを開く。そこには小さなキッチンが併設された洋間が広がっており、彼はテーブルの側にある椅子を一つ引いた。
「どうぞ、座って?」
「あ、ありがとうございます……!」
ティアは椅子へと腰かける。随分と高そうな椅子で、ふかふかで、座り心地は抜群だった。
ルラはキッチンの方へ歩いていき、少しして戻ってくる。彼の手には大きな銀色のゴブレットが握られており、ティアの前にことりと置いてくれた。
「はい、水。飲んで?」
「……いいんですか?」
「勿論。脱水症状とかすごく心配だからさ、早く飲んで?」
ティアは隣に立っているルラと目を合わせる。青色の瞳は、確かにティアのことを本気で心配しているように見えた。
(……掴みどころのない人に見えて。実は結構、優しいのかな……)
心がじわりと温かくなったように思う。前世で両親が与えてくれた優しさを思い出し、少しだけ目頭が熱くなった。
ティアは銀色のゴブレットの中に入った水に口をつける。そして、目を見開いた。
(……美味しい。すごく……)
水の味の違いを余り意識せずに生きているティアでも、この水が他の水と比べて非常に美味しいのがわかった。思わず呼吸するのも忘れて一気飲みしてしまう。飲み終えて、ティアはぷはっと息を漏らすと、きらきらと目を輝かせながらルラの方を見た。
「やばいっ……! このお水、とっっっても美味しいです!」
「ほんと? へえ、よくわかってるじゃん」
ルラはどうしてか嬉しそうににこにこ笑う。そんな彼へ、ティアはゴブレットを突き出した。
「おかわり! おかわり、ください!」
「あ、そこまで気に入ってくれた? ふーん、そっか、そうなんだ……」
「はい!」
ティアは期待に満ちた眼差しでルラを見つめる。そんな彼女の頭を、ルラは優しく撫でた。
「…………!? ど、どうしてまた撫でるんですか!?」
「あ、つい。なんか君に、犬の耳と犬の尻尾が生えてる幻覚が見えた気がして」
「だから私は、子犬ではありません!」
ぷりぷりと怒りを露わにするティアに、ルラは「ごめんごめん」と笑う。
「そしたら、水と……あと、いいものもついでに用意するから、少し待ってて?」
「いいもの、ですか……? ……もしかして、花束!?」
「やっぱ君ってほんと花好きだよね。俺もだけど」




