第4話 お姫様抱っこ
「――それで、私が断る可能性を忌避して、ほぼ騙し討ちのような形で私をミルカリング侯爵領に連れて行こうと画策していたんです……!」
「「うわー……」」
「しかもお父様、私の大好きなガーデニングを『土いじり』って小馬鹿にしたように……!」
「「うわー……」」
店の前に「休憩中」の札をかけて。ティアの話に登場するゼノに、ルラとミーナはドン引きしていた。店内の一角には、ティアが家からはるばる持ってきたじょうろとシャベルが置かれている。
「ゼノ=ルビュロサム子爵ってやっぱろくでもないんだね。彼の実の娘から実情を聞けるとは思ってなかったな」
「それにしても、ひどい話だわ。貴族の終わってる話はルラから雑談程度に聞いたりもするけど……」
「結構どろどろしてるんだよね、貴族界隈。浮気、婚約破棄、痴情のもつれによる刃傷沙汰などなど……」
お手上げ、のポーズを取りながら言うルラに、ティアは背筋がぞくりと冷えたような心地がする。一応子爵家の令嬢であるティアだが、親密な令嬢がいなかったからか、そういう話にはわりかし疎い。
「……だから、逃げてきて正解だと思うよ? ちょっと話しただけでも、ティアちゃんの花への真っ直ぐな情熱、伝わってくるし。勿体ないよ、変な奴にその情熱潰されたら」
「……褒めてくださっているんですか?」
「え? うん。そうだけど……何で?」
「ええと……いや」
ティアは少し恥ずかしそうに俯いて、それでいて心底幸せそうに微笑う。
「――嬉しかったんです。花への愛を肯定してくれる人と、この世界で出会えたことが……」
ティアの言葉に、ルラは真っ青の目を見開いて。
それから、ティアの頭を優しく撫でた。
「…………!? ど、どうして撫でるんですか!?」
「……いや、大変だったんだなと思って。あとなんか、君ってちょっと子犬っぽいよね。だからかな?」
「わ、私を犬扱いしないでくれますか!? それと、その……髪、あんまり綺麗じゃないかも……」
「そう? すごく綺麗な亜麻色だけど。ティルリネの花みたい」
ティルリネの花――秋にふわふわの亜麻色の花弁を付ける、可愛らしい花。大きな花のしべは焦げ茶色をしていて、ティアが前世で大好きだったモンブランのケーキをどこか想わせる。
素敵な花に喩えられて嬉しい気持ちになりながらも、ティアは目を逸らしながら呟くように言った。
「そう言ってもらえるのは、ありがたいんですが……色というより、単純に、その……お風呂に、ここ数日、入れていなくて……」
「ああ、そういうこと? ってことは……まさか夜逃げして、王都目指してずっと移動してたの?」
「はい! 眠る以外の時間はずっと歩いていました! 主に鬱蒼と茂る森の中を!」
「え。……食事は?」
「毒のある木の実やきのこで死にたくなかったので、何にも食べていません!」
「……水は?」
「綺麗な泉が森の中にあったので、一度そこでがぶ飲みしました!」
「うん、よし、大体わかった。ミーナ、ちょっと店番お願いしてもいい?」
「勿論よ」
「ありがと」
ルラはミーナにお礼を言うと、ティアの身体を易々と抱きかかえる。ルラの整った顔が視界に大きく映し出されて、ティアはひゃあっと驚きの声を漏らした。
「きゅ、急に何をするんですか、ルラさん……! ……も、もしかして、私はお花屋さん不採用でしょうか?」
ぷるぷると震え出すティアに、ルラは呆れたように溜め息をついて「……この状況で採用不採用の心配って、君ってちょっと変わってるよね。あとやっぱ子犬みたい。ぷるぷる震えてるし」と言う。
「わ、私は至って普通の人間です! ちょっとばかり花への愛が強めなタイプの!」
「そっかーあはは、それは面白い自認だね」
棒読みで返答しながら、ルラは早足で花屋を出るとティアが先ほど歩いてきた道を進む。
「ルラさん、もしかして私をお花屋さん不採用スペースに連れて行くおつもりですか……!? い、嫌だーっ!」
「うんそんなスペースないからさ、ちょっと静かにしようか。君が騒ぐと俺普通に不審者になっちゃうからさ」
「じゃ、じゃあ、ルラさんはどこに向かっているんですか……?」
戦々恐々としながら首を傾げるティアに、ルラは「俺の家」と告げる。
「……ふぇ?」
予想だにしていなかった返答に、ティアの口からそんな情けない声が漏れた。




