第20話 レシュランデを求めて
お昼休憩を終えたティアが店頭に戻ってくると、ルラとミーナが何やら会話していた。
ルラは、色とりどりの花々から作られた華やかな花束を持っている。
「――それじゃ、行ってくるから。あの金髪がまた来たら追い返しといてね」
「ふふ、任せて。ティアちゃんには指一本触れさせないから」
(また、ロイさんの話をしている……)
ミスリ=ルリスミの「裏ルール」はよほど厳格なのだろう――ティアは、ごくりと唾を飲んだ。
(まあ、ロイさんにアプローチされても困っちゃうので、ありがたいと言えばありがたいですけれど……)
(今の私が頑張りたいのは、恋愛よりお仕事! ですからね!)
ティアはふふんと胸を張る。
「……ティアちゃん、どうして一人で胸張ってんの?」
「ひゃあ!」
急にルラに声をかけられて、ティアはびっくりする。
「と、特に深い意味はなく……!」
「特に深い意味もなく一人で胸張ってたんだ。やっぱティアちゃんって見てて飽きないね」
「ほ、褒められているようにも、煽られているようにも感じます!」
毛を逆立てる動物のような雰囲気を醸し出すティアに、ミーナがくすくすと笑う。
「つまり、ティアちゃんが可愛いってことだと思うわ」
「か、かわ……!?」
「ちょっとミーナ、何言ってんの!」
動揺した様子を見せるティアとルラに、ミーナはまたくすくすと笑った。
ティアはふと、ルラとミーナの先ほどの会話を思い出す。
「そういえば、ルラさん。『行ってくるから』って仰っていましたが、どこに行かれるんですか?」
「ああ、俺とミーナの故郷にね。注文してくれた人の足の調子が最近悪くて、だから俺が届けに行くの」
「ルラさんと、ミーナさんの故郷……もしかして、帰ってくるのすごく遅くなりますか!?」
「いや? 王都の北西の方だから。一時間くらいで戻ると思うよ」
「そうなんですね! そうしたら、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
ルラはティアとミーナへひらひらと手を振ると、早足でミスリ=ルリスミをあとにする。
ミーナはティアへと微笑みかけた。
「ルラが帰ってくるまで、二人で頑張りましょうね」
「はい、頑張りますっ!」
準備万端、という雰囲気のティアに、ミーナは「頼りになるわ」と笑顔を零した。
ティアとミーナで花の水換えや接客といった業務をこなし、数十分が経過した。
店頭に並んでいる花々の様子を確認していたティアは、ふと気付く。
(……誰かが、泣いている?)
微かな嗚咽が、どこからか聞こえてきたような気がした。ティアがきょろきょろと辺りを見渡すと、めそめそと泣いている茶髪の少年が曲がり角から現れて、ティアの元へと走り寄ってくる。
ティアは驚きながら、少し屈んで少年と目の高さを合わせた。泣き声に気が付いたのか、店内で仕事をしていたミーナも外へと出てくる。
「大丈夫ですか……? もしかして、迷子になっちゃいましたか……!?」
心配そうなティアの言葉に、少年はふるふると首を横に振った。
「僕の……僕のお母さんが、病気になっちゃって……!」
(――病気)
ティアは目を見張る。心臓に重い病気を抱えていた、自らの前世を思い出して。
淡く掠れた声で、少年へと告げた。
「……詳しく、聞かせてくれますか?」
ティアの言葉に、少年は泣きながらこくりと頷いた。
ミスリ=ルリスミを訪れた少年――ノーヴァが幼い頃、父親が病気で亡くなった。そのため、ノーヴァは母親と二人家族だという。
母親は王都のユラディゼ宿泊区で小さな宿屋を営んでいるのだが、今日の朝、母親が倒れてしまった。
ノーヴァが母親の額に手を触れると、ものすごい高熱だった。咳もひどく、まともに会話ができなかった。
そんな母親へ、ノーヴァは王都の病院へ行こうと必死に提案する。
でも、母親は首を横に振った。
「……僕が、魔法の学校に通いたいって言ったから。お母さん、こんなところでお金を浪費したくないって……」
ノーヴァは店頭のベンチに座りながら、ぼろぼろと涙を零す。
「でも、僕のお父さん……病気で、死んじゃったから。だから僕、怖くて……お母さんまで死んじゃったら、僕、ひとりぼっちになっちゃう……」
ティアの胸がきゅっと痛む。ノーヴァは「だからっ……!」と顔を上げた。
「レシュランデの花を、売ってほしくて……! 僕のお小遣い、全部払うから! だからっ……!」
(――レシュランデの花)
魔素は十年を周期として濃さが変動するが、場所によっても濃さは異なる。レシュランデの花は魔素の濃い森の水辺にのみ生息する、白色と桜色のグラデーションが美しい花だ。
見た目が麗しいだけでなく、レシュランデの花は側にいる生命の病原菌をひどく弱らせるという魔法のような力を持つ。
(……私の魔法よりも、ずっと強力な治癒の力)
(確かにレシュランデの花があれば、ノーヴァさんのお母さんの病気はすぐに治るはず……)
ティアは、困った顔をしているミーナへと尋ねた。
「レシュランデの花って、ミスリ=ルリスミでは取り扱っているんですか……?」
「……いいえ。この店で取り扱っているのは、ルラの庭園で育てた花よ。魔素の濃さも、森や水辺といった条件も満たしていない。だから、レシュランデの花は売ってないわ」
ミーナの言葉に、ノーヴァは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら立ち上がった。
「お願いっ……! 僕、何でもするから……! お願いだよぉ……」
ノーヴァはミーナのエプロンを掴みながら、わんわんと泣き喚く。
(……そうですよね)
(大切な人を失うかもしれないって……すごく、怖いですよね……)
前世のティアの両親は、ティアの前では明るく振る舞おうとしてくれていた。それでも、二人の涙を見たことはある。ティアがいなくなってしまうのが恐ろしいと、打ち明けられたことだってある。
王都の東門を出て北東方向に三十分。そこに、魔素の濃い森があったはずだ。
花について記された書物で得た知識を思い出し、ティアは手のひらに爪を立てる。
(――行こう)
ティアはノーヴァの茶色の髪を優しく撫でる。温かい微笑を湛えて、目を合わせた。
「私に任せてください。今から森に行って、レシュランデの花を取ってきます」
少年は目を見開いた。ミーナの表情が、驚きから心配へと移ろう。
「ティアちゃん……魔素の濃い森の魔物は危険だわ。いくら今が、時期的に魔素が薄いからって……だから、ノーヴァくんと一緒にわたしたちでお母様を病院へ行くよう説得しましょうよ」
「……仮に説得したとして、ノーヴァさんのお母様の気が変わらなかったら?」
ティアの言葉に、ミーナは悔しそうに唇を噛む。
「それは、そうだけど……でも……ティアちゃん一人で行かせるのは危険だわ。もうすぐルラが戻ってくると思うから、ルラと一緒に――」
「わたしだけで、大丈夫です」
ティアはミーナを見据える。ティアの桜色の瞳には、確かな意思が溶け込んでいた。
「私の魔法で、私の傷を治せるので。ちょっと怪我しても問題ないんです。だから、そんなに心配しないでください!」
ティアはミーナへ力強く言うと、ノーヴァに微笑みかける。
「待っていてくださいね。すぐに取ってきますから!」
ノーヴァは泣きながら、口角を上げた。
「……ありがとう、おねえちゃん……」
「いえいえ。では、いってきます!」
ティアは駆け足でミスリ=ルリスミをあとにする。
「ティアちゃん、待っ――」
ミーナの声が聞こえた気がしたが、振り返りはしなかった。
亜麻色の長髪を揺らしながら、ティアは王都の東門へと走る。




