第19話 裏ルール
店の中から、ピュモッカの花束を持ったティアが現れる。
ティアの姿を見るや否や、金髪の青年はミーナに案内されたベンチから立ち上がった。
どこか緊張した面持ちをしている青年へ、ティアはピュモッカの花束を見せた。
「お待たせいたしました! こちらが、できあがった花束になります!」
「……ああ、最高の仕上がりだ。どうもありがとう」
「いえいえ、とんでもございません! お気持ち、伝わるといいですね!」
ティアは笑顔で告げながら、青年へとピュモッカの花束を手渡す。
お支払いは店内でお願いしますと伝えようとしたところで、青年はティアへと花束を差し出した。
(え……? ……もしかして、どこかまずいところがあったかな!?)
あたふたし始めるティアを真っ直ぐに見据えて、青年は告げる。
「――この花束を、貰ってはくれないか」
「……ふぇ!?」
「以前、肩を怪我して……そうしたら妹が、この花屋で買ったという花束を贈ってくれた」
(……もしかして、アリシアさんのお兄さん……!?)
確かに青年とアリシアの髪の色は、どちらも眩しい金色だった。
点と点が線で結ばれたような心地になるティアへ、青年は話し続ける。
「その花束が、余りにも美しく……花束を作ってくれた亜麻色の髪を持つ店員の方に、感謝の花束を贈ろうと思いここを訪れた」
「……なるほど、つまりこれは感謝の花束――」
「だが、気が変わってしまった。貴女の花への深い愛情、熱意、優しさ……側で見ていたら、感謝とは違う感情を抱いた。……俺は貴女に、恋をしたのだと思う」
「……え、えええ、ええっ!?」
青年の衝撃的な発言に、ティアは目を剥く。
「自己紹介が遅れたな。俺はロイ。メーシュエスト伯爵家の長男であり、王国直属騎士団に所属している。……よければ貴女の名前を、聞かせてくれないか」
「え、えっと……私は、ティア=ルビュロサムといいまして……」
「ティアというのか。貴女にぴったりの可憐で麗しい名前だ」
「そ、そうですかね……?」
顔を真っ赤にして視線を逸らすティアを、青年――ロイはずいと覗き込む。
「ティア。今、お付き合いしている方はいるのか」
「え、ええっと……人間に限れば、特にいないですけれど……」
「そうか、ならよかった。ティア、ぜひ俺と結婚を前提とした――」
――ティアの身体が、後ろへと抱き寄せられる。
ティアが驚いて振り向くと、そこには笑顔のルラが立っていた。笑ってはいるけれど、青い瞳は確かな冷たさを孕みながら、ロイを見据えている。
ルラはティアを抱き寄せたまま、口を開いた。
「――俺の店で、俺の大事な女の子を口説くのはやめてくれる?」
ルラの言葉に、ロイはぴくりと眉根を寄せた。
「……貴方は、ティアの何なんだ?」
「俺? んー、まあ、保護者みたいな感じかな?」
「保護者か。…………。……お義父さん、娘さんを俺にください」
「いやティアちゃんの父親じゃねえから、俺!」
「保護者と言ったではないか」
「血の繋がりがなくても保護者にはなれるんだけど?」
明らかに剣呑な様子のルラとロイに、ティアはどうすればと思って、またしてもあたふたし始める。
そんな三人へ、笑顔のミーナが近付いてきた。
「……すみません、お支払いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……ああ、そうだったな」
ミーナの持っている羊皮紙に記されているぴったりの金額を、ロイは支払う。
ミーナは「ありがとうございます」と柔らかく笑ってから、ティアへと喋りかけた。
「ティアちゃん、そろそろ休憩の時間よね?」
「え?」
「開店準備から働き詰めでしょう? そろそろ休まないと倒れちゃうわ」
ミーナの言葉に、ロイは寂しそうに「そうか……」と頷いた。
「……そうしたら、ティア。せめて今日は、花束だけでも受け取ってくれ」
「……は、はい! いただきます! どうもありがとうございます」
「また、仕事の暇を見つけて訪れる。――そのときに、また正式に伝えさせてくれ」
「は、はい……!」
ロイは薄く微笑んで、ミスリ=ルリスミから去っていく。
彼の背中が見えなくなった辺りで、ルラとミーナが同時に口を開いた。
「「あいつ、出禁だな」」
「で、出禁なんですかー!?」
目を剥くティアに、ルラは笑う。
「いい、ティアちゃん? 俺たちは店の人で、あいつは客。あいつに限らず、店の人と客の恋愛をミスリ=ルリスミでは全く推奨していないね」
「そんな『裏ルール』が……!?」
驚愕するティアに、ミーナも微笑んだ。
「逆に、店の人同士の恋愛はしっかり推奨していく――それが、ミスリ=ルリスミよ」
「そうだったんですかー!? そ、それって人間関係がややこしくなりませんか!?」
「ふふ、大丈夫よ」
くすくすと笑うミーナに、ティアは(もしかしたらここは、やばい花屋だったんでしょうか……)と遠い目をする。
「ところでその花束、どうしよっか?」
「そうね……わたしが貰っておこうかしら」
「何故ミーナさんが!?」




