第17話 愛おしいティルリネ
ルラの邸宅が見えてくる頃には、世界はすっかり夕焼けのオレンジに染まっていた。
「ルラさん。今日はとっても楽しかったですね!」
笑顔で告げるティアに、ルラは悪戯っぽく笑う。
「ケーキ、あーんで食べさせられたのがそんなに楽しかった?」
「あ、あれは……! 楽しいというより、恥ずかしかったです!」
ティアがむくれると、ルラはくすくすと笑った。
彼の銀色の髪に夕陽の煌めきが落ちて、(……綺麗)とティアは思う。
(そういえば、ルラさん。「俺の好きな人、ミーナじゃないから」って言っていたけれど……)
(つまり、別に好きな人がいるってことなのかな?)
(一体誰なんだろう……ルラさんにはお世話になっているし、力になれるならなりたいけれど……)
そんなことを考えるティアの隣で、ルラは門を鍵で開ける。
二人は庭園に足を踏み入れる。初めてこの場所を訪れたのも夕暮れどきだった、とティアは思い返した。
「……そういえば、ティアちゃんにプレゼントしたいものがあるんだ」
ルラの言葉に、ティアは桜色の目を見張る。
「私にプレゼント、ですか……?」
「うん。きっと気に入ってくれると思う」
「本当ですか!? それは楽しみです、ありがとうございます!」
にこにこしながら感謝を述べるティアに、ルラは満足げに笑う。
やがてルラは、邸宅の入り口付近にある一つの花壇の前で立ち止まった。ティアがルビュロサム子爵領にいた頃に使っていた花壇の十倍はありそうな大きな花壇だ。ふかふかの土が入っているものの、花は特に植えられていない。
「ガーデニング、大好きって言ってたでしょ?」
ルラの声が聞こえて、ティアは花壇から彼へと視線を移す。
「だから、用意してみたんだ。ティアちゃんが好きに花を育てられる花壇。取り急ぎで準備したからまだこれだけだけど、これからもっと増やせたらいいなって思ってる」
そう言って優しく微笑むルラに、ティアは呆然として、それから目を輝かせて。
「ほ、本当にいいんですか……!?」
「うん、いいよ」
「や、やばいです……余りの嬉しさに表情が、でれでれになってしまいそうです!」
蕩けた笑顔を浮かべるティアに、ルラは「それは何より」と笑う。
「折角じょうろとシャベルを持って王都まで来たもんね。使わなきゃ損でしょ」
「えへへ、覚えていてくださってとっても嬉しいです!」
「流石に覚えてるよ。――君のことだもん」
ルラはティアから少し目を逸らしつつ言葉を紡ぐ。ティアは(私のこと……?)と首を傾げた。相変わらず鈍感だった。
全く伝わっていないのを認識しルラは小さく溜め息をついてから、気を取り直したように笑う。
「それで、ティアちゃんは何の花を育てたい? 花の種なら結構何でも揃ってるよ」
「た、種までいただいていいんですか!?」
「勿論」
ルラは柔らかく笑う。
「何から何までありがとうございます、ルラさん! そうしたら……」
ティアは悩み始める。案外すぐに、答えは見つかった。
「……ティルリネの花がいいです!」
「ティルリネか。確かにこの時期に植えるのにちょうどいい花だね」
「はい! 勿論それも理由の一つなんですが」
ティアは亜麻色の長髪に右手で触れながら、懐かしむように温かく微笑う。
「――ルラさんが私の髪を、ティルリネの花みたいに綺麗って褒めてくれたので。私の中で、ティルリネの花がとても愛おしくなってしまって」
優しい風が吹く。夕陽を浴びた亜麻色の長髪が、さらさらとなびく。
ルラは右手で顔を覆う。彼の表情が見えなくなって、ティアは不思議そうに首を傾げた。
「……ルラさん? もしかして、目にごみとか入っちゃいましたか……!?」
「うん、そういうことでいいからさ、俺の顔あんま覗き込まないで? 今君に見せられる表情じゃないから」
「そんなに目のごみが痛いんですね!? 私が気合いで取りましょうか!?」
「いや大丈夫だから! ティアちゃんそういうの下手でしょ!」
「下手とは何ですかー!」
ティアはむむっと頬を膨らませる。ようやく右手を離したルラの顔は、少しばかり赤かった。
(……夕陽のせい?)
光の加減だと結論づけて、ティアは無言で歩き出したルラの隣を歩く。
やっぱり今日はとっても楽しかった、と思いながら。




