第16話 デート
橙がかった茶色のチェック柄のワンピースを身に纏ったティアは、ルラと共に王都の北東にあるルヒュミマル自然区を歩いていた。その名の通り美しい自然が保護されている区で、ランディテシャ商業区と比べれば建物の数はずっと少ない。
今日のティアの亜麻色の長髪の上で微かに揺れるのは、ピンクゴールドのバレッタ。小さな花々が幾つも描かれているそれは、前世で人々から愛されていた桜をどこか想わせた。
きょろきょろと視線を彷徨わせていたティアの目が、ある動物に留まる。
「あっ……! ルラさん、見てください! あんなところに、桃色のリスがいますよ!?」
「お、ほんとだ。可愛いね」
「何とも神秘的な色合い……! 幸せを運んできてくれそうな感じがします」
ティアは樹木の上でのんびりしている桃色のリスを見つめながら、うんうんと頷く。
「あ、ティアちゃん見て。あそこ、銀色の鳥がいる」
「え!? ……ほんとだ! ルラさんの髪の色とお揃いですね」
「そだね。あ、飛んでっちゃった」
青空に向かって羽ばたいていく鳥を、ティアとルラは微笑ましげに眺める。
ティアが、何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、ルラさん! ルヒュミマル自然区のとある場所に行きたいっておうちを出るとき仰っていましたが、目的地まであとどれくらいなんですか?」
「ああ、そろそろ見えてくると思うよ。楽しみにしてて?」
「そろそろなんですね! 楽しみです」
わくわくした様子で笑うティアに、ルラもまた笑顔を返す。
それから一、二分が経過して。
黄色と青色の花々に囲まれた、白色の建物が見えてきた。
「綺麗……」
息を呑んだティアに、ルラは嬉しそうに頷いた。
「あのお店、ティアちゃん絶対気に入ると思って」
「お店なんですね……! 何のお店なんですか?」
「着いてからのお楽しみ」
淡い色合いの唇に人さし指を添えて「秘密」を表現してみせるルラに、ティアは待ちきれないといった様子で頷きを返しつつ、少しばかり歩調を早めた。
ティアとルラは、大きな硝子の窓の側にある二人がけのテーブルに案内された。ティアは目を輝かせながら、窓の向こうに広がる黄色と青色の二色が織りなす花畑を見つめている。
「どう、いい眺めでしょ?」
「はい……! ものすごく! ずっと見ていたくなっちゃいます」
ティアは優しい微笑を湛えて、桜色の瞳に花々を映した。ティアの微笑みを、ルラが本当に綺麗だと思っていることなど知らずに。
少しして、ティアはテーブルの上に置かれているメニューへと視線を移した。メニューは一つしかないようだが、ルラがティアの方に正面を向けてくれていた。
「ありがとうございます、ルラさん! メニュー、私が見やすいように置いてくださって!」
「ああ、全然大丈夫だよ? 俺が頼むのはもう決まってるし、ティアちゃんも俺と同じやつを頼むんじゃないかなって思ってる」
「そうなんですか……?」
ティアは不思議に思いながらメニューの文字列を追ってゆく。スパイスケーキを取り扱っているお店のようで、四種類から選べるようだった。シンプルなスパイスケーキ、果実のスパイスケーキ、蜂蜜のスパイスケーキ、花々のスパイスケーキ――
「――花々の、スパイスケーキ!?」
ティアは思わずその名前を口にする。ルラは笑いながら頷いた。
「やっぱり気になるでしょ? マモミリマの花って知ってる?」
「勿論知っています! 花弁がお砂糖みたいに甘いんですよね? しかも花弁の色彩もお砂糖みたいな白色!」
「大正解。実はこの店の裏手にはマモミリマの花畑があって、今がちょうど花を咲かせる時期だから、期間限定でマモミリマの花々を使ったスパイスケーキが売られてるんだ」
「それが花々のスパイスケーキの正体なんですね……! じゅるり」
興味津々といった様子のティアを、ルラは楽しそうに眺める。
「そしたら、ティアちゃんも花々のスパイスケーキにする?」
「はい、そうします!」
「りょーかい」
ちょうど、店員がティアとルラに氷水を持ってきてくれるところだった。ルラは慣れた様子で注文を済ませる。ティアはお辞儀をした店員に合わせるように小さくお辞儀してから、るんるんと頬を緩ませた。
「あはは、そんなに楽しみにしてくれるなんて嬉しいよ」
「これは流石に楽しみにしちゃいますよ! まだかな、まだかなー」
「流石にまだなんじゃない? 頼んだばっかだし」
「うう、ケーキが出てくる時間にぴょんっと飛んで行きたいです……!」
「すごい、タイムトラベル子犬令嬢じゃん」
「子犬を取ってください!」
ぷんぷんと頬を膨らませるティアに、ルラはくすりと笑う。
それから、ティアから少し視線を逸らして口を開いた。
「でも、飛んで行かなくたっていいじゃん。――俺とお喋りする時間は、嫌い?」
ルラの問いに、ティアは淡く目を見張って。
それから、ぶんぶんと首を横に振る。
「全然嫌いじゃないですよ! むしろ大好きです!」
「――っ。そ、そう……」
ルラはティアからさらに視線を逸らしながら、小さな声でそう返答する。
(……目を逸らされた? もしかして、何かまずいことを言っちゃったでしょうか……)
数秒考えてもよくわからなかったので、ティアは違う話題をルラに振ってみることにした。
「そういえば、ミーナさんとルラさんってどんな関係性なんですか?」
「え、ミーナと俺? ただの幼馴染だけど」
「ただの、ですか!? ルラさん、私には隠さなくていいんですよ!」
「え、隠すって何を?」
「とぼけないでくださいよ! ルラさん、微笑みが綺麗な人がタイプって仰っていましたよね?」
「――っ。そ、そうだけど……」
ルラの耳が少し赤くなったのには特に気が付かず、ティアは意気揚々と人さし指を立てる。
「確かに同性の私から見ても、ミーナさんの微笑みはとっても綺麗です! たとえミーナさんがダンディなおじさまがタイプだったとしても、ルラさんにはそれを覆す魅力がある! 私は、そう思います!」
「…………ん?」
「ふふ、いいですね。私、『恋のキューピッド』というやつに憧れていたんです! 私の恋人は花ですが、人を恋人にしたい人の気持ちも理解できるといえば理解できるので!」
にこにこしながら語るティアに、ルラは「はあー…………」と出会ってから最も大きな溜め息をついて。
ティアは(ルラさんの気持ちに寄り添ったのに、どうして!?)と目を丸くする。
そんな二人の側に店員の女性がやってきて、「お待たせいたしました」という言葉と共に、花々のスパイスケーキが置かれた。
去っていく店員の足音が、二人の静寂を彩る。先に口を開いたのはルラだった。
「……あのね、ティアちゃん。俺の好きな人、ミーナじゃないから」
「またまた、ご冗談を――」
「ガチで違うから」
ルラは笑顔だったが、笑顔の圧がとても強い。
(ちょ、ちょっと怒っている……!?)
(つまり、本当に違ったんだ……! なんてこった……! やらかしました……!)
「ご、ごめんなさい……私、早とちりしてしまって……」
しゅんとした様子で項垂れるティアの前に置かれた花々のスパイスケーキのお皿を、ルラは自分の方へと引き寄せる。
「わ、私のケーキが!?」
「早とちりで会話をかき乱した子犬ちゃんには、罰が必要だよね?」
そう言って、ルラはティアの分のケーキをフォークで切り分けると刺し、ティアの顔の方へ運んだ。
「はい、あーん」
「な、何故あーんを!?」
「餌やり」
「私は子犬じゃありません! ……じゅるり」
心待ちにしていた花々のスパイスケーキを目の前で見せられて、ティアの食欲が動かないはずもなく。
「……ぱくっ」
恥ずかしそうに頬を赤くしながら、ティアはあーんを甘んじて受け入れる。
「もぐもぐ……す、すごい! マモミリマの花の甘さと、スパイスの辛さがとってもよくマッチして……! 美味しすぎます……!」
「そ、それはよかった。そしたらはい、あーん」
「…………!? も、もしかして、全部あーんで食べさせようとしていますか!?」
「うん、そうだけど」
「……は、恥ずかしいのですが……」
「恥ずかしくなきゃ罰にならないでしょ? はい、あーん」
「うう……ぱくっ。もぐもぐ……」
恥じらいと美味しさが混ざり合ってよくわからない心地になりながら、ティアはルラと過ごす時間と花々のスパイスケーキに浸った。




