第14話 いつもとは違う夢
夢を見ていた。何度も繰り返し見ている夢。癒えない瘡蓋のように心に張り付いている夢。
――それで、ティアは誰に恋したのだ?
会いたくもない貴族の令息たちと会わされて、花の話をつまらないとまで言われて。
そんな幼いティアに、父・ゼノは笑顔で容赦なく問いかける。
――……とくに、だれも……
幼いティアはきまってそう返答し、きまってゼノから肩を掴まれ告げられる。
――いいか、ティア。仮に誰にも恋できないとしたら、お前は欠陥品だぞ。
――だから、ちゃんと恋をするんだ。
過去のティアはこくりと頷いて、前世を思い出す流れのはずだった。
けれど今回の夢は違った。ティアの桜色の瞳は潤み、ぼろぼろと硝子玉のような涙が溢れ出す。小さな両手で顔を覆う。視界が滲んでいく。
嗚咽を漏らすティアの亜麻色の髪に、大きな手が触れた。優しい温もりに、頭を撫でられている――ティアが驚いて顔を上げると、そこにはルラが立っていた。幼い姿だったはずのティアは、いつの間にか十八歳のティアになっている。
ティアは手で涙を拭って、震える声でルラへと尋ねた。
――……ルラさんも、私は欠陥品だと思いますか?
ルラはそっと首を横に振ってくれる。
――思わないよ。というか実の娘を欠陥品呼ばわりとかひどくない? やっぱりゼノ=ルビュロサム子爵ってろくでもないよね。
ルラの歯に衣着せぬ物言いに、ティアは思わず笑ってしまう。拭いきれなかった涙が落ちて、地面にぶつかって弾けた。
――……でも。
そんな言葉と共に、ルラに顔を覗き込まれる。綺麗な青色の瞳が、すぐ側にある。
――ティアちゃんが俺に恋してくれたら、嬉しいけどさ……
え、とティアの口から驚きの声が漏れる。立っているルラは耳どころか顔まで確かな赤さを帯びている。ティアまで果実のように顔が赤くなっていき、何て返答するべきかと考え出したところで、意識が段々とどこか遠いところへ落ちていった。
「――……ちゃん?」
「ん、うぅん……」
「――ティアちゃんってば」
「ん、ふわあああ……」
大きなあくびをしながら、ティアがゆっくりとまぶたを持ち上げると。
視界に、ルラの顔が大きく映し出される。
「ひゃあああああ!? ル、ルラさん!?」
「お、やっと起きた。もう正午だよ? そろそろ起きた方がいいんじゃない?」
「正午、って……ね、寝坊しました! 早くお花屋さんに行かなきゃ!」
ベッドから勢いよく飛び下りてカーペットにつまずき転びかけたティアを、ルラは丁寧に腕で支える。
「……ほんと、俺がいないとすぐ怪我しそうだよね。ティアちゃんって」
「あ、ありがとうございます……というかルラさん、お花屋さんはどうしたんですか!?」
「今日、定休日」
「……言われてみれば、そうでした!」
ルラはティアから腕を離して、くすりと笑う。
「流石に営業日だったらちゃんと朝に起こしてるよ。今日は休みだし、昨日の初出勤で疲れてんのかなと思って寝かせといたの」
「確かに、昨日は初めてお花屋さんで働いた興奮がなかなか冷めなくて、結構遅くまで寝付けなかったんですよね……」
「そうだったんだ。なら寝かせといて正解だったね」
笑いながら頷くルラを見ていると、ティアは(何かを忘れている……?)という心地になる。
何だろうと記憶を辿ると、先ほどまで見ていた夢が水泡のように脳裏に浮かんできた。
『ティアちゃんが俺に恋してくれたら、嬉しいけどさ……』
「ぴゃあああああ!」
「きゅ、急に叫んでどうしたの!?」
目を剥くルラへ、ティアは「何でもないですっ! 何でもっ! ないですっ!」とぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
「そ、そう……?」
「はい! ちょっと、変なことを思い出しただけなので……!」
「変なこと……?」
怪訝そうな顔をするルラへ、ティアは「本当に何でもないですからっ!」と力強く告げる。
(……どうして、あんな夢を見たんだろう。そもそもあの夢、変でしたよね)
(だってルラさんのタイプは、「微笑みが綺麗な人」)
(つまり――ミーナさんみたいな方に、違いないですから!)
(でもミーナさんは、ダンディなおじさまがタイプなんだ……)
「…………? どうしたの、ティアちゃん。憐憫に満ちた眼差しで俺を見つめて……」
「いや……ルラさんも大変なんだなって思ったというか……」
「まあ確かに、わんぱくな子犬のお世話をするのは大変だけど」
「私はわんぱくな子犬ではないですから!」
不服そうに頬を膨らませるティアに、ルラは楽しそうにくすりと笑う。
「ところで、朝ご飯兼昼ご飯を用意しておいたよ。焼き立てのふわっふわのパン。食べる?」
「本当ですか!? 食べたすぎます!」
ティアは万歳の姿勢で喜びを表現する。ルラはふふっと笑って口を開いた。
「ご飯が大好きなところも子犬みたいだと思わない?」
「いいですかルラさん、動物も魔物も人間も等しくご飯が好きなんです!」




