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第12話 料理店・ユランカディア

 時折ルラとミーナに仕事の詳細を教わりながら、ティアは夢だった花屋の仕事に没頭して。

 そうしていると、時間が過ぎていくのはあっという間だった。


 午後七時、閉店の時刻となる。三人で協力しながら、今日の売り上げの確認や掃除といった締め作業を行い、ドアに鍵をかけてミスリ=ルリスミをあとにする頃には、すっかり美しい夜空ができあがっていた。


「ふっふふーん、ふふーん♪」


 にこにこしながら鼻歌をうたって歩くティアに、ルラがくすりと笑う。


「ご機嫌だね。楽しかった?」

「はいっ、それはもう! こんなに幸せでいいのかなってくらい、幸せな時間でした……!」

「そう。それは何より」


 二人の会話を聞いていたミーナも、「ティアちゃんがいてくれて、とっても助かったわ」と微笑う。


「ほ、ほんとですか……!?」

「嘘なんてつかないわよ。正直、二人で切り盛りするのって割と大変だったから……だから、ティアちゃんがミスリ=ルリスミの店員になってくれて、すごくありがたいわ」

「えへへー……」

「顔がゆるっゆるに緩んでるよ、子犬ちゃん?」

「だから私は、子犬じゃないですってばー!」


 ルラの言葉へ不服の意を示すように、ティアはぷくっと頬を膨らませる。

 二人のやり取りをくすくすと笑いながら聞いていたミーナが、思い出したように口を開いた。


「そうだ。折角ティアちゃんが入ってくれたし、三人でティアちゃん入店祝いも兼ねて夕ご飯を食べに行くのはどうかしら?」

「え!? 私の入店祝いをしてくださるんですか……!?」

「ええ。ルラもいいでしょう?」

「うん。問題ないし、むしろいい提案をありがとうって感じ」

「ふふ、どういたしまして。ティアちゃんは何か食べたいものとかあるかしら?」

「食べたいもの、ですか……?」


 ティアは腕を組みながらうんうんと唸って、それから明かりが灯ったような笑顔を浮かべる。


「――美味しいものがいいです!」

「「そりゃそうだ」」


 ルラとミーナの声が重なる。三人は顔を見合わせて、楽しそうに笑い合った。

 それから、ルラが人さし指を立てながら提案する。


「そうしたら、あそこはどう? ランディテシャ商業区の端っこにある、『ユランカディア』!」

「ゆらんかでぃあ……?」


 首を傾げながらルラの言葉を繰り返したティアの隣で、ミーナが嬉しそうに顔を綻ばせた。


「いいわね! あそこのステーキ、とっても絶品なのよね……! ほっぺたが落ちちゃいそうな美味しさなのよね!」

「ステーキですか……! じゅるり」


 期待に満ちた眼差しをするティアに、ルラが「決まりだね」と笑う。

 目的地が決まって、三人は少しばかり早足になった。




 ユランカディアは、肉料理を中心に振る舞っている高級料理店だ。

 ティアたちは広々としたテーブル席に通される。店員が三人分のメニューを渡してくれて、ティアは目を輝かせながらメニューの文字列を凝視し始めた。彼女の向かい側に座るルラが、頬杖をつきながら笑う。


「何でも好きなの頼んでいいよ? ここは俺が出すから」

「えっ!? そんな、ルラさんの懐が痛んでしまうのでは……!?」

「大丈夫。金なら一生で使い切れないほど持ってるから」


 あっけからんと言ってのけるルラに、ティアは訝しげな顔をする。


「……やっぱりルラさん、貴族ですよね?」

「だから俺、爵位とかないんだって」

「そうすると……はっ、もしかして貴族のヒモとかやっていましたか!?」

「へえ、人をいきなりヒモ呼ばわり?」


 圧のある笑顔を浮かべるルラに、ティアはだらだらと冷や汗を流し始める。


「えっと……むしろ褒めている、といいますか! ルラさん、絶世の美貌ですし性格もイケメンですし、モテるんじゃないかなって……!」

「……ふうん。ティアちゃんはそう思うの?」

「え? はい、本心ですけれど……」


 きょとんとした表情を浮かべるティアから、ルラは何も言わずに目を逸らした。結わかれた銀髪から見える白い耳が、微かに赤く染まっている。


「……あら」


 ミーナは何かに気が付いたように、黄金色の目を楽しげに細めた。

 ティアはルラの反応の意味もミーナの表情の意味もよくわからず、こてんと首を傾げてみせる。


「……ミーナ。余計なこと言わないでよ?」

「ええ、言わないわ。言わないけど今度二人のとき、色々聞かせてもらおうかしら?」

「……内緒にしてくれるならいいけど。ミーナのアドバイスなら、聞く価値あるし……」


 ルラとミーナが小声で何やら話し始めたので、(私は混ぜてくれないんでしょうか……)とちょっぴり寂しい気持ちになりながら、ティアは気分を変えようと再びメニューを見つめる。


(どれにしようかなー……)

(……よし、決めた。〈菫色の牛(ディオレカウ)〉のステーキがいいな! 焼き加減はちょっぴり生で!)


「ティアちゃんは頼みたいメニュー、決まったかしら?」


 タイミングよくミーナに話しかけられて、ティアは満面の笑顔で頷いた。


「はいっ! 焼き加減がちょっぴり生の〈菫色の牛(ディオレカウ)〉のステーキを食べたいです!」

「いいわね! わたしもそのステーキにしようと思ってたの。焼き加減はしっかりだけど」

「二人ともそれにするなら俺もそれにしよっかな。そしたら注文していい?」

「ありがとうございます、お願いします!」

「ありがとう、ルラ」


 ルラは近くにいた店員を呼ぶと、三種類の焼き加減(ちょっぴり生、しっかり、普通め)の〈菫色の牛(ディオレカウ)〉のステーキを注文してくれる。

 店員が一礼して去っていく。ティアは嬉しそうに笑いながら、桜色の唇を開いた。


「ありがとうございます、ルラさん!」

「どういたしまして」


 ルラから温かな笑顔を返されて、ティアの心もふわりと温かくなった。

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