第10話 最初のお客さん
ランディテシャ商業区の店は、午前九時から始まるところが多い。
花屋ミスリ=ルリスミも、そうした店の中の一つだ。
鮮やかな橙色と落ち着きのある白藍色の対比が綺麗なエプロンを纏ったティアとミーナが、店頭に立っている。ルラは店内の椅子に脚を組みながら座って帳簿をつけていた。
「あの、ミーナさん」
「どうしたの、ティアちゃん?」
「接客のコツとか、教えていただけたりしますか……?」
少し不安げなティアの言葉に、ミーナは「うーん……」と数秒考えてから、笑う。
「身も蓋もないことを言うと、接客に正解はないと思ってるわ」
「そ、そうなんですか!?」
「ええ。例えばお客さんによっても、店員と会話しながら花を選びたい人もいれば、一人でじっくり花を見たい人もいると思うの。つまり、『声をかける』という選択肢が、時と場合によって正解にも不正解にもなるわけね」
「た、確かに……!」
こくこくと頷くティアに、ミーナは優しく微笑みかける。
「今の話を前提として。接客のコツは、お客さんを観察することだと思うの」
「観察、ですか……?」
「ええ。あ、じろじろ見なさいって言ってるわけではなくてね。あんまり見つめられるとお客さんも緊張しちゃうと思うし……だから、少し見つめて、目を逸らして……得た情報を、頭の中で整理していく。困ってそうだったら声をかけて、集中してそうだったらそっとしておく。それと、どんな方にも『いらっしゃいませ』の挨拶は必要ね。挨拶は心地よさを作る鍵だから」
ミーナの丁寧な説明を受けて、ティアは感嘆の吐息を漏らした。
「なるほど……! すっごく参考になりました! ありがとうございます、ミーナさん!」
「ふふ、いいのよ。まあ、先述した通り正解はないから……失敗しても、落ち込みすぎないでね。反省することは大事だけど、反省しすぎることは身体に毒だとも思うわ」
「はい! ありがとうございます」
「いえいえ」
ミーナの言葉を脳内で反芻しながら、ティアは緊張した面持ちで商業区を歩く人々を眺める。別に目的の店があるのか、ミスリ=ルリスミの前を素通りしていく人が多い。
(誰か、来てくださらないかな……)
(……というか、今日一番に来てくださったお客さんが、私が人生で初めて対応するお客さんになる可能性も……!?)
(うう、緊張してきました……一体どんな方だろう……)
ティアはごくりと唾を飲み込む。自分が怖い顔をしていたら来てくれるはずのお客さんも来なくなってしまうかもしれないと思い、取り敢えずにこにこしておくことにした。
それから、数分が経過した頃。
一人の少女と、ティアの目が合った。太ももの辺りまで伸ばされた、さらさらの金色の長髪。少女は少し遠くから、ティアのことをがっつり見つめている。
(み、見られている……!?)
(ええと、得た情報を頭の中で整理、整理……私をがっつり見るということは、もしかして私と何か喋りたい!? お花関係のお話を!? それとも、私の容姿が過去に会った誰かと似ている!? もしくは、私の頭からでっかい寝癖がぴょこっと出ている!?)
整理って難しい――頭を抱えかけたティアへと、金髪の少女は確かな足取りで近付いてくる。
びっくりした様子のティアを深いグリーンの瞳に映しながら、少女は口を開いた。
「あ、あのっ……! 花束を、作っていただきたいのですわ……!」
ティアは目を丸くする。
いきなり、前世でも今世でも待ち望んでいた花束の依頼だ――そう認識し、少女へと力強く頷き返した。
「……お兄様が、怪我してしまいましたの」
「怪我、ですか……?」
心配した面持ちのティアに、少女――アリシアは、「そこまで大きな怪我ではありませんわ」と微笑う。二人のやり取りを、ミーナは静かに聞いていた。
「ただ、お兄様は剣を扱うお仕事をしておりますの……その模擬訓練で、お兄様はドジな男の人とペアになりましたの。するとドジな男の人の手から剣がすっぽ抜けて、驚いて反応が遅れたお兄様の左肩をすぱっと斬りましたの」
「い、痛そうですね……!」
ティアは、自身の左肩に右手を添えながらわなわなと震えた。
「先述した通り、そこまで大きな怪我ではなく……浅い傷ですの。お兄様も『すぐに治る』って笑っていましたが……やはりわたくしとしては、心配ですの。今回の傷は勿論、今後お兄様が大きな怪我を負わないか……ですのでお兄様に、『ずっと元気でいてほしい』という意を込めた花束を贈りたいのですわ!」
アリシアの言葉を聞いていたティアの桜色の瞳が、ほんのりと潤んだ。
前世の時間の殆どを病室で過ごしていた自分に、両親が贈ってくれた優しい花々を思い出して。
アリシアやミーナに変な心配をかけさせてはいけないと思って、ティアは素早く瞬きを繰り返して涙を瞳の奥に閉じ込める。それから、アリシアへと柔らかく微笑みかけた。
「……承知いたしました。アリシアさんの気持ちを閉じ込めたような、素敵な花束を私に作らせてください!」
「ありがとうございますわ! そう仰っていただけて、とても嬉しく思いますの」
どこか安堵の滲んだアリシアの笑顔に、ティアもまた笑顔を返す。
「それでは花束が完成するまで、よければこちらのベンチに座ってお待ちくださいね」
ミーナがアリシアを店先のベンチへと案内してくれる。ティアはミーナへぺこりと小さくお辞儀してから、花束に使う花々を選ぶことにした。




