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残光のミレニアム  作者: たいたこやき
第一章 名もなき人外
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02.封印の森

見つめる先に居る青年は、今まで見たこともないほどの異様な美しさを持っていた。

灰色の髪が木々の隙間を通る風で揺れる度、リシアの心も揺れて、虹色の瞳(アースアイ)が瞬きで一瞬でも見えなくなるたび、悔しさで唇を噛みしめてしまう。

まるで森を背景に描かれた絵画のよう…いや、絵画ごときでは表すことのできない程の、美しさだ。目の前に居る青年の美しさを表す言葉を、多くの本を読んできたリシアですら分からなかった。

青年の美しさが異質であるように、リシア自身も、普通の少女とは違った美しさを持っている。肌は雪のように白く、肩まで伸びている稲穂の髪とよく合っている。背はかなり低く百四十三センチほどしかない。けれど、それがリシアの美しさを際立たせていると言ってもいいだろう。実際、城の者達はリシアのことを生きた人形(ドール)と呼んでいた。


しかし、そんなリシアの美しさを霞ませてしまうほど、青年の存在は強烈だった。


青年は固まるリシアに表情一つも変えずゆっくりと歩いてくる。歩いてくるたびに青年がかなりの長身を持っていることにリシアは気付いた。百八十は超えているだろう。目の前に迫ってくる青年の顔を見るためにリシアは首を徐々に上にあげていく。青年は距離感というものを知らないのだろうか、あと一歩で体がぶつかってしまいそうな程の距離まで来た。

目の前にある化け物じみた美しさに、リシアは息を詰まらせて、漏れ出すような声で言った。


「きれい」


その言葉には、お世辞も欲望も何も込められていない。ただ純粋に、吐かれた言葉だった。青年はリシアの言葉を聞いて理解不能だと言いたそうに眉を顰める。


「よくもまぁ…そんな言葉を易々と」


ため息交じりに吐かれた言葉にリシアははっとする。

…失礼なことを、言ってしまった。

いくら容姿が美しいからと言って、相手は男性だ。綺麗などと言われて嬉しがる方が少ない。


「ごめんなさい、失礼なことを言ってしまいました。許して下さりますか?」


こんな時、すぐに謝罪の言葉を出せるのは、今までの教育の賜物か、それともリシアの本来の性格か。生まれ持った鈴のような声を鳴らすように、リシアもまた美しい言葉遣いで青年に向き直る。


「…お前、名前は?」


けれど、青年はなんの反応も示さず、また別の質問を投げかけてきた。謝罪の言葉を受け取らず、ただリシアに質問だけを投げつける青年に、リシアは怒りも呆れも困惑すらも見せず、着ているローブの端を掴んで淑女らしい、洗練されたカーテシーを披露した。


「花の女神より寵愛を受けし国、フロリアが第二王女…リシア・ヴィリディタス・フォン・フロリアと申します」


ピンと伸ばされた背筋と、穢れのない笑顔は、まさに王女そのものだ。普通の人間であれば、思わず見とれてしまいそうなリシアの姿。けれど、青年はリシアの名を聞き美しい顔を不愉快そうに歪ませる。


「フロリア…そうか、お前はあの薄汚れた国の王族か」


その声には隠しきれていない憎悪が含まれている。

初めて向けられる明確な憎悪に、リシアは戸惑い手に力が入る。けれどすぐさま落ち着きを取り戻し、またにっこりと笑顔を作り直した。


「…気味の悪い人間だ。護衛も付けず、靴すら履かず。死ににでも来たのか」


リシアの割れた足の爪を見て、青年の憎悪は少しだけ薄まったような気がした。


「いいえ、私にそのようなつもりはございません」




リシアは怯むことなく青年の瞳をじっと見つめて答える。そんなリシアの目線から鬱陶しそうに目を逸らして青年は再びため息をついた。


「そのつもりがないとするなら、何故この森に入って来た」

「それは…」


青年の質問にリシアの口が閉ざされる。この森に来た経緯をどのように答えればいいのか、リシアには分からなかった。嘘を言うべきか、それとも真実を言うべきか。本来なら真実を話すべきなのだろう。けれど、話してしまえば青年を怖がらせてしまうかもしれない。リシアはほんの少しの不安で更に言葉を詰まらせてしまった。出会ったばかりの人を、怖がらせたくなどない。


「…質問を変えよう。お前は、なぜこの森に入ってこれた」

「…え?」


中々答えないリシアにしびれを切らしたのか、青年は質問を変えた。だが、予想外の質問の変え方に、思わず裏返った声が出る。


「どういう、意味でしょうか」

「この森に、俺以外の生物は入ってこれない。お前が先程まで見ていた花があるだろう」


青年の目線がリシアから足元の青い花に移る。リシアもつられて花に再び目を向ける。花は変わらず風に揺られているだけだ。


「これはこの森の入り口の目印だ。普通の人間であれば、この花を超えてこちら側には来れない」


花を見つめる青年の声色が少しだけ変わったような気がした。

リシアはしゃがみこみ、先程よりもまじまじと花を見つめた。しかし、どれだけ見つめても、やはりこれはなんの変哲もないただの花だ。立ち上がって試しに花の周りをうろうろと歩いてみても周りの景色は変わらず、ただ木々がざわめいているだけで、目に見えた変化はなにもない。


「…この花は、普通の花に見えます。また、私自身にも何の変化もございません。一体、何が起こるというのですか?」


こういう時、リシアは気になったことを探求しようとする癖がある。どんな時でもだ。それはリシアの性格であり、同時にリシアの幼さを強調させる悪い癖だった。その証拠に、青年は忌々しいとでも言いたげに口を開いた。


「その花を超えた瞬間、死体も残らずに消え失せるはずだ」


恐ろしいことだろう。だから、早く出ていけ、とでも言いたげに青年はリシアを見つめた。その表情は冷たく、リシアの額から冷汗が垂れる。先程まで聞こえていた木々が揺れる音も、風が草を撫でる音すらも聞こえない程、青年の冷たさがあたりを支配する。


「なぜ…どうやって、そのようなことが出来るのですか?」


けれど、リシアの好奇心が、悪癖がこの空間の中で爛々と息をする。


「特定の人間以外入ることができない、そんな話、本にも書かれていませんでした。一体誰がこのようなことを?生物ということは動物や虫すらも?来る途中で聞こえた鳴き声が聞こえない理由は、貴方が言ったことが理由だからですか?」


冷汗を垂らしながら、リシアは青年に問いかける。来た道を振り返ろうとすらしないリシアに対して青年は異物を見るような目をする。


「お前、恐ろしくないのか」


青年の問いに、リシアは好奇心に満ちた顔を徐々に和らげていき、口角を上げて、風で揺れる花のように微笑み、言った。


「死体も残らないのなら、それはいいことではありませんか。痛みを感じることもなく、終われるのでしょう」


そういう顔は、十六歳にしては柔らかで幼く、十六歳にしては、あまりにも歪んでいた。


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