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第61話:聖者の平穏な日常 — 因果の終着点 —【前編】

セイマが一足先に実家に帰宅した翌日のこと。


空港の税関に足止めされていたリナたちを迎えるため、セイマは国際空港にいた。

アカデミア・アイランドから飛び立ち、日本の空港ロビーに降り立ったその集団は、文字通り「次元」が違っていた。


まず先頭を歩くのは、銀髪をなびかせ、軍用規格のホログラム端末を片手に周囲を警戒する美少女、リナ・フォン・シュタイン。その隣には、シャツのボタンが弾け飛ばんばかりの広背筋を誇示し、一歩歩くごとにオーラを放つ漢、ルッツ・ベルナー。


そして背後には、ランウェイを歩くトップモデルですら霞むほどの美貌と、隠しきれない「死の香り」を漂わせる男女七人――元・殺戮部隊『七極ヘプタス』。



「……リナ、目立たないようにって言ったよね? 変装してって言ったよね?」


集団の真ん中で、パーカーのフードを深く被り、コテンを抱えたセイマが、消えるような声で訴えた。


「マスター。私の計算によれば、変装でのオーラ遮断効果は誤差の範囲です。……ですが、なぜ一般市民の皆様は石像のように固まってこちらを見ているのでしょうか?……計算外です!」


「師匠! 見てください、あの若者たちが我々を指差して感激で震えております! これぞ師匠の徳が、国境を越えて本土にまで波及した証拠ですなッ!」


空港内は、瞬時に阿鼻叫喚のパニックと化した。


「ハリウッドの新作ロケか!?」

「いや、パリコレの極秘来日だろ!」

「あの真ん中の青年、噂の『聖者』じゃないか……!?」


スマホのシャッター音が機銃掃射のように鳴り響き、サインを求める群衆が津波のように押し寄せる。

セイマは白目を剥きながら、七極のメンバーが「人の波」を割って作った道(※物理的な障壁)を通り、なんとか迎えのロングリムジンへと乗り込んだ。



そうして辿り着いた、地方都市の片隅。


昨日、執事シャドの手によって「過剰なまでに清浄化」された神月木家の玄関先。

そこには、エプロン姿の母・優と、呆然と口を開けた妹・陽葵ひまりが待っていた。


「おかえりなさい、セイマ。それに皆さんも、遠足お疲れ様。賑やかでいいわねぇ」


優は、背後に控える「一国を滅ぼしかねない武装集団」を、まるで近所のテニスサークルの仲間か何かのように、柔らかな笑顔で迎え入れた。


「『遠足』……。ヴェノンとの死闘を、この方はそう定義されるのか……」


リーダーのセナフィアが、その場に膝をつきそうなほどの衝撃を受ける。


「身の引き締まる思いです、優様。不束者ふつつかものですが、聖者様の末席を汚す者として、本日参じました」


「あらあら、ご丁寧ねぇ。さあ、狭いけれど中に入って。陽葵ひまり、お座布団出してあげて」


いまだに呆然としている陽葵ひまりが、突如口を開いた。


「お兄ちゃん……説明して。なんで世界中の美男美女を引き連れて帰ってきてるの?しかも全員、目が『人を殺した後のライオン』みたいなんだけど!」


陽葵ひまりの悲鳴に近いツッコミは、優の「さあ、上がって上がって」というのんびりした声にかき消された……。



神月木家のリビング。

そこは、かつてない密度に達していた。


普段なら四人家族でゆったりと使える空間が、「筋肉」と「美貌」と「知性」の詰め合わせセットによって、物理的な圧迫感に悲鳴を上げていた。


「皆さん、お腹空いたでしょ? 今日はセイマの帰宅祝いだから、奮発して特大オムライスにしたのよ」


優が台所から運んできたのは、湯気を立てる巨大な大皿。そこには、黄金色に輝くフワフワの卵が鎮座し、甘酸っぱいケチャップの香りが部屋を満たした。


「リナちゃん、見て。今日の卵、凄いのよ。近所のスーパー『ヤオトク』で、1パック98円だったの。信じられる?」


その瞬間、リナの思考回路がスパークした。

彼女の脳内にあるスーパーコンピューター級の演算機能が、猛烈な勢いで数値を叩き出す。


「……98円? 待ってください。現在の飼料高騰、鳥インフルエンザによる供給制限、さらにはこの円安局面における物流コストを合算すると、その価格設定は経済学的自殺に等しい。……優さん、もしやタイムパラドックス(時空干渉)を用いて、三十年前の過去から卵を調達したのでは……!?」


リナは真剣だった。彼女にとって、この「98円」という数字は、ヴェノンの不条理兵器よりも理解不能な脅威だった。


「うふふ、タイム何とかは分からないけどね。開店十分前に行列の先頭に並んだのよ。それが一番の秘訣ロジックね」


「……行列。物理的な直列処理による、先着順リソースの完全確保……。くっ、私の量子演算でも導き出せなかった『完璧な最適解』です……!」


天才科学者は、スーパーのタイムセールという「生活の知恵」の前に完敗し、震える手でスプーンを握りしめた。


彼女の目には、優が後光の差す「生活神」のように映っていた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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