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第60話:神月木家「絶対聖域」伝説 — 影の掃除人はやりすぎる —【後編】

この異常なまでの静穏と清潔さは、図らずも裏社会の注目を集めていた。


ドクター・ヴェノンの残党や、世界を揺るがす「聖者セイマ」の弱点を握ろうとする賞金稼ぎたちが、この「留守宅」を絶好のターゲットと見なしたのである。


深夜二時。

神月木家の周囲に、三人の暗殺者が忍び寄った。


「フン……聖者の実家か。母親と小娘だけなら、造作もないことだ。寝首をかいてやる」


黒装束に身を包んだリーダー格の男が、塀に手をかける。

その瞬間、彼の指先に異様な感覚が走った。


「……なんだ? 塀が……生温かい?」


「……それは、表面温度を常に36.5度に保つ『生体模倣ヒーター』。侵入者の指紋を即座に熱感知し、私の端末で照合するための機能だ」


暗闇から実体のない声が響く。

暗殺者たちが驚愕して振り返ると、そこには月光を背負い、手に「割り箸の束」を持ったシャドが立っていた。


「なっ、何者だ! 貴様、同業者か!?」


「……私はただの掃除人。神月木家の塀を、貴様らのような汚い手で触ることは許しません。クリーニング(排除)を開始します」


「笑わせるな! 割り箸で何ができる!」


暗殺者が懐からナイフを抜こうとする。

だが、その動きよりも早く、シャドの腕が残像となって揺れた。


「……吹き矢の代わりとしては、少々重心がズレていますが。……まあ、家庭用品としては及第点でしょう」


シュッ、シュシュッ!


空気を切り裂く鋭い音。

放たれた割り箸は、暗殺者たちの急所を正確に、かつ皮静脈を一本も傷つけないという超絶技巧で「秘孔」を突いた。


「ぐっ……身体が……動かない……!?」


「安心してください。死体は残しません。私の信条は『ゴミは分別して速やかに処理すること』にあります」


シャドは虚空に向かって指を鳴らす。

すると、庭の植え込みから「神月木家専用・自動巡回清掃ロボ(武装型)」が数台這い出し、麻痺した暗殺者たちを丁寧に、まるで粗大ゴミを梱包するかのように回収していった。


「明日のゴミ収集車が来る頃には、貴様らの存在そのものが、この街から物理的に抹消されていることでしょう。」


翌朝、近所の住人が見たのは、「昨日よりもさらに美しく磨き上げられた塀」と、「不自然なほどに輝くアスファルトの路面」であった。



事件が一切起きず、カラスの一羽すら近寄らず、常に花の香りが漂う神月木家。

いつしか近所の奥様方の間では、科学や物理を超越した「オカルト的伝説」が囁かれ始めていた。


「ねえ、奥様。知ってる? 神月木さんの家の塀に触れながら登校したら、うちのバカ息子、テストで100点取ったのよ!」


「あら、私はあそこの前を通るだけで、長年の腰痛が消えたわ。あそこはきっと、パワースポットなのよ」


その噂を、物陰で電磁波測定器を片手に聞いていたシャドは、満足げにほほ笑んだ。


「……流石は鉄真様の家。私の微細な行動(※半径500メートルの大気汚染物質をプラズマ分解し、マイナスイオンを180%増幅させたこと)が、周辺住民のバイオリズムに好影響を与えているのか。ぼっちゃんが帰還されるまでに、この街全体の平均寿命を三歳ほど引き上げておくとしましょう」


シャドの忠誠心は、もはや一つの家を管理するレベルを超え、地域一帯の「環境神」としての領域に達しようとしていた。



そんな中。

アカデミア・アイランドでの激闘(※激しいファンミーティング)を終え、心身ともにボロボロになっていたセイマが、ついに実家へと辿り着いた。


「ただいま……。はぁ、やっと帰れた……。リナとルッツ、七極さんたちは今も空港の税関に引っかかっているのかなぁ……。それにしてもやっぱり、実家が一番落ち着く……って、何だこれ!?」


セイマは玄関の前で驚愕した。

そこには、以前のありふれた住宅の面影がなかったからだ。


外壁は自浄作用を持つ特殊合金のような光沢を放ち、屋根の上には巨大なパラボラアンテナのようなものが鎮座していた。


そして玄関ドア前には、タキシード姿でひざまずいて待機しているシャドの姿が――


「おかえりなさいませ、ぼっちゃん。本日は、半径三キロ圏内の『不浄(悪意ある人間、ウイルス、および路上のフン)』をすべてゼロにしておきました。心ゆくまで、無菌の平和をお楽しみください」


「シャドさん、やりすぎです! それに何ですか、そのポーズ。 怖いですよ! あとこのアンテナは!?」


「……宇宙より降り注ぐ不純な宇宙線を100%カットするための遮蔽装置にございます。神月木家の皆様に、太陽フレアの影響を与えるわけには参りません」


「神月木家の肌、そんなにか弱くないですから……」


セイマが小言を言いながら玄関をくぐると、家中のセンサーが「主の帰還」を祝して、ウィーンという機械音と共に「ハレルヤ・コーラス」が流れ始めた。


「ハーーレルヤ、ハーーレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレエールヤーー」


(………なんだかなぁ)



「きゅぅ~ん!」


その音楽を聴いて、リュックから顔を出したコテン。

床に降り立つと、即座に「全自動小型掃除機」の大群がどこからともなく押し寄せ、コテンの足元を掃除し始めた。


「あわわわ! コテンが嫌がってるって! シャドさん、止めてぇ!」


「承知いたしました。………『ハウスッ』」


「全自動小型掃除機」は一斉にどこかに戻っていった……。


(……カオス過ぎる)


その直後、奥から優が変わらぬのんびりとした笑顔で現れた。


「あら、セイマ。おかえりなさい。早かったわねぇ」


「ただいま、母さん!って、それより母さんは何とも思わないの!? この家の変わりように!」


「あら、そう? シャドさんが来てから、お家がいつもピカピカで、お花も枯れないし。私、とっても幸せよ」


「……母さんが幸せなら、いいけどさぁ……」


セイマは力なく肩を落とし、リビングのソファに倒れ込んだ。



「……シャドさん……今度『普通』って言葉、一緒に辞書で引きましょうね……」


神月木家の夜は、シャドが作り上げた完璧な静寂と共に更けていくのであった。

お読みいただき、ありがとうございます!


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