第62話(最終話):聖者の平穏な日常 — 因果の終着点 —【後編】
一方、部屋の片隅。
空気と完全に同化し、気配を絶って主の食事を監視していたシャド・シグルドは、自らの失態に戦慄していた。
(……馬鹿な。私の『完全遮断』が、なぜこうも容易く……!)
「シャドさんも、いつもお掃除ありがとうね。これ、お茶菓子に買っておいたお煎餅。食べてね」
優は、シャドが潜んでいたカーテンの影を一切の迷いなく透過し、彼の手元に醤油煎餅を差し出した。
シャドの指先が、わずかに震える。
(殺気が……殺意が一切ない。かつて私を死の淵から救い出してくれた鉄真様と同じ……いや、それ以上の『底の見えない無垢な慈愛』。この方は、私が影の中にいることすら『日常』の一部として受容しているというのか……!)
シャドは、差し出された一枚の煎餅を、まるで古代文明の秘宝を受け取るかのような神妙な面持ちで捧げ持った。
「……有り難き幸せ。この煎餅の香ばしさ、醤油の塩分濃度、そしてこの歯応え(硬度)。心の防壁を鍛え直すための『魂の礎』として、骨に刻みます」
「ただの醤油煎餅ですよ、シャドさん。あと、カーテンから出てきて食べてくださいね……」
セイマのツッコミは、シャドの狂信的な感動によって流された……。
リビングの中央で最も凄まじい衝撃を受けていたのは、元・殺戮部隊『七極』の面々だった。
彼らの前には、優が「コテンちゃんと、お友達の皆さんにも」と気を利かせて用意した、たっぷりと出汁を吸った『お揚げの煮付け』が並んでいた。
「……っ!? な、なんだ、この……脳を直接揺さぶられるような多幸感は……!」
巨漢のルイが、一口食べた瞬間に目を見開いた。
「出汁が……じゅわっと溢れて、私の全細胞に『生きる喜び』を強制注入してくる……。ヴェノンの研究所で与えられていた、味気ない高タンパク固形食とは、存在の次元が違いすぎる……!」
「……ああ。心が、洗われるようですわ」
電磁鞭のアリアが、頬を林檎のように染め、瞳から一筋の涙をこぼした。
「聖者セイマ様が育った環境……その不殺の根源は、この『お揚げ』という名の因果にあったのですね。この一枚の布状の豆腐には、世界の調和が封じ込められている……」
「我々七極は、ここに再誓約いたします」
リーダーのセナフィアが、震える箸でお揚げを高く掲げた。
「この優様の『お揚げ』を、そしてこの尊い食卓の平穏を脅かす者がいるならば、我々は、たとえ『神仏』であろうとも粉砕して塵に還す。……皆、いいわね!?」
「「「御意ッ!!!」」」
「お揚げ一つで神様に喧嘩売らないで!頼みますから『美味しいね』で終わらせてぇぇ!」
セイマの悲鳴がリビングに響き渡る。だが、その声さえも、彼らにとっては「救世主によるいつもの説法」としか聞こえていなかった……。
カオスと化した夕食会。
リナはオムライスのフワフワ加減を「卵液の量子的な揺らぎによる最適化」と解釈して幸せそうに食べ始め、ルッツは「この味噌汁には五臓六腑を鍛える効果がある!」と叫びながら四杯目のおかわりを要求している。
陽葵は「もう、どうにでもなれ……」という顔で、セナフィアから「秘伝の暗殺術(※野菜の千切りへの応用)」を教わっていた。
セイマは、そんな騒がしい連中を尻目に、自分の膝の上でハフハフと熱そうにお揚げを食べているコテンを撫でた。
「……なぁ、コテン。結局、こうなっちゃうんだな。
平穏って、何だろうなぁ?」
「くぅ~ん」
コテンは満足げに鳴くと、お揚げの汁がついた口でセイマの指をペロリと舐めた。
「セイマ、ちゃんと食べてる? おかわり、たくさんあるわよ」
優が優しく微笑み、炊飯器の蓋を開ける。
その笑顔の裏に、どれほどの「最強」が隠されているのか。
あるいは、ただの天然なのか。
セイマには、もう判別する術はない。
ただ、ヴェノンという巨悪との死闘を終え、世界中から「聖者」として崇め奉られる英雄になってしまった自分が、こうして「お揚げの煮付け」と「タイムセールの卵」に囲まれて笑っていること。
それこそが、何物にも代えがたい「因果の終着点」であり、彼が守りたかった唯一の景色なのだと、セイマはほんの少しだけ、本気で思った。
「……おかわり、もらおうかな。母さん」
過激な仲間たちとの終わることのない「ご解」の嵐の中、明日からもまた、セイマの賑やかな日々が続いていくのであった。
(― 完 ―)
全話をお読みになられた読者様
(※そのような方がいらっしゃったら、嬉しいなぁっと思って書いています)
今までお読みいただき、ありがとうございました!
この物語の続きとなるエピソードは、まだいろいろとあったのですが、ほとんど(全く?)需要がなさそうなので、一旦は「完」とさせていただきました。
いつか私のやる気スイッチが入りましたら単発(短編 or 番外編?)で続きを投稿するか、もしくは、読者様に笑ってもらえる「新作」が書けたらいいなと考えております。
そのような日が来るかどうか、今のところ全く不明ですが、その日が来ましたら温かい目で少しでも読んでいただけると嬉しいです。その時は、また、よろしくお願いいたします。




