第53話:過剰なる忠誠 — 古城と『愉快?』な仲間たち —【前編】
ヴォルインスクの広場に吹き荒れた狂瀾は、奇妙な静寂へと転じていた。
かつてドクター・ヴェノンの配下として、冷酷無比な破壊を振りまいた精鋭部隊「七極」の面々は、いまや横一列に並び、一人の青年に向かって深く頭をさげていた。
その中心に立つのは、寝癖のついた黒髪を頼りなさそうに揺らす青年、神月木セイマだった。
「……あの、皆さん。本当に、もう戦う必要ないですから。 僕はただヴェノンさんとお話がしたいだけなので……」
セイマの絞り出すような懇願――だが、その言葉が七極のリーダー、セナフィアの鼓膜に届くとき、それは聖なる福音へと変換された。
「……お聞きしましたか、同胞たちよ。セイマ様は、あの卑劣なるヴェノンにさえ『対話』という名の救済を与えようとなされている。なんという慈悲、なんという高潔な魂か!」
「はっ! まさしく現世に降り立った聖者様だ!」
巨漢のルイが感極まったように叫び、大粒の涙を流して地面を叩く。
その一撃で石畳にクモの巣状の亀裂が走った。
「セイマ様、ご安心を。先程も申し上げましたが、この古城『ボイド・スローン』の防衛システムは、我々がすべて知り尽くしております。貴方様が歩まれる聖なる道に、不浄なトラップ一つ残さぬよう、我ら七極が魂をかけて掃き清めてご覧に入れましょう」
「あ、いや、なるべく静かに行きましょうね? ヴェノンさんを刺激しないように、隠密っぽく……ね?」
セイマはおどおどと、人差し指を口に当てて「しーっ」とジェスチャーを送る。彼にとって、それは「これ以上騒ぎを大きくしないで」という切実な合図だった。
しかし、セナフィアの瞳に宿る狂信の炎は、その意図を無残に焼き尽くした。
「……なるほど。『隠密』……すなわち、『敵に恐怖を感じさせる暇もなく、すべての障害を瞬時に、かつ完全に消滅させろ』という隠語ですね。承知いたしました。同胞たちよ、聖者様の御心、しかと受け止めなさい!」
「「「御意ッ!!」」」
「違うぅぅ! 解釈が180度ズレてるよぉぉ!!」
セイマの絶叫は、軍靴の音にかき消された。
一行は先に進み、古城正門の重厚な鉄扉が開かれた。
その瞬間、城内の防衛AIが侵入者を検知する。
回廊の壁がスライドし、四門の自動防衛ガトリング砲が鈍い銀色の銃口を現した。
本来であれば、リナが数秒でハッキングを完了させ、ルッツが死角から音もなく接近して無力化する。それがプロの「隠密」作戦であるはずだった。
だが、七極にとっての「隠密」は定義が違った。
「聖者様の御前だ。控えろ不届き者がッ!!」
先頭を切ったルイが、肉体のリミッターを解除し突進――
ガトリングが火を噴くよりも早く、彼はその巨大な腕で砲塔を土台ごと掴み取った。
メキメキ、という金属の悲鳴と共に、厚さ数十センチの石壁がガムテープを引き剥がすかのように崩れ――ルイは引き抜いたガトリング砲を、そのまま対面の壁に埋まっている別の砲塔へと叩きつけた。
「ふん、ぬるいな。次だ!」
轟音と共に激しく揺れる回廊。
立ち込める粉塵の中、セイマは頭を抱えて座り込んでいた。
「ルイ、うるさ過ぎだ。聖者様を不快にするな」
カイトが冷淡に言い放ち、手にした振動ナイフを振るう。
空中に張り巡らされていた不可視のレーザーセンサー群――
それに触れれば警報が鳴り響くはずだったが、カイトの刃は「警報器そのもの」を極細の断層で切り裂いた。
結果として、警報器は鳴る物理的手段を失い、火花を散らして沈黙する。
「……よし、これで静かになった」
「静かじゃないよ! 切り裂かれた壁の崩れる音が城中に響き渡ってるよ!」
……セイマのツッコミは無視された。
背後ではタイガが巨大なハンマーを振り回し、ヴェノンが隠した扉を「扉なんて不要」というノリで、壁ごと粉抜きにしていく。
「道がないなら作ればいい。それが聖者様が切り開いてきた道だ!」
「一度も切り開いてないから……!お願いだから、普通に廊下を歩いて……!」
城の深部へ進むにつれ、ヴェノンのトラップは殺意を増していく。
次に現れたのは、踏むと同時に床全体から一万本の毒針が突き出す「万針の広間」。
それを見たアリアが、薄く唇を歪めて冷酷な笑みを浮かべた。
彼女の手には、高圧電流を帯びたスペアの電磁鞭が握られていた。
「……聖者様の尊いお足が、このような卑俗な毒で汚れるなど、あってはならないこと……。このエリア一帯焼き払います」
「待ってアリアさん、それは――」
バチィィィッ!! という鼓膜を震わせる放電音。
アリアが鞭を一閃させると、広間の床全体に超電流が駆け巡った。
毒針が溶け、石材が赤く熱せられ、やがて床そのものがドロドロとした溶岩のように溶け落ちていく。
「さあ、セイマ様。汚れなき、舗装した道でございます。この上をお歩きください」
「歩けるわけないでしょ! 熱いよ! 物理的に焼け死ぬよ!!」
セイマは必死に溶岩の縁を回避しながら、壁際をカニ歩きで進む。
その時、天井から迫る巨大なプレストラップが轟音と共に落下してきた。
「どんだけ仕掛けがあるのぉぉぉ!?」
「ヴェノンの重圧など、光の速さで消し去ります」
ミカが冷静にレーザー銃の出力を最大に引き上げた。
ドォォォォォォォォン!!
天井のプレス機が爆発四散するだけにとどまらず、その上の階の床までが消滅した。
お読みいただき、ありがとうございます!
ほんの少しでも面白いと思っていただけましたら、評価などしていただけると大変うれしいです。




