第52話:不殺の聖域 — 新たな因果の芽生え —【後編】
ルイは石畳を割らんばかりの勢いで正座し、額を地面に擦り付けた。
「俺たちはヴェノン様に、型番付きの『道具』として造られた。今まで、誰も傷を案じてくれたことなどなかった……。だが、貴方様は俺たちを『人間』として見てくださった!」
ルイの太い腕が感動で震え、石畳には涙の跡を作る。
「聖者セイマ様……! この命、ヴェノンに返すくらいなら、今この瞬間から貴方様に捧げます! 貴方様が歩む『不殺の道』、その石ころを取り除く露払いとして使ってください!!」
「え、ちょ、ちょっと待って! 命とか捧げられても、俺、管理できないから! 自分の命だけで手一杯だから!」
セイマの必死の拒絶は、「謙虚さの極致」として受け流された。
「……ええ、私もですわ」
麻痺から回復したアリアが、頬を林檎のように赤らめ、優雅に膝をついた。
「ヴェノン様の実験室には、計算式と冷たい合理性しかありませんでした。……でも、貴方様が貼ってくださったこの『ペンギン』。そこには、言葉を超えた慈愛が宿っている……。セイマ様、私を貴方様の影に加えてください。貴方様を汚すゴミは、私がすべて焼き払います」
「ペンギンにそんな深い意味ないよ!? ただのキャラクターだから!」
カイトも、エレナも、タイガも、ミカも。
かつて冷徹な殺戮集団だった「七極」は、いまやセイマを囲む、狂信的な近衛騎士団のような熱い眼差しを向けていた。
最後に立ち上がったリーダー、セナフィアは、自身の眉間に手を当て、セイマに深く頭を下げた。
「……七極、全会一致で……貴方様の軍門に降ります」
彼女の声には、ヴェノンの命令に従っていた時の人形のような響きは微塵もなかった。
「聖者様。私たちの歪んだ因果を、貴方様の御手で、お好きなように編み直してくださいませ。貴方様が行く手に立ち塞がるあらゆる不条理を、私たちが盾となって防ぎましょう」
「……ねえ、リナ。なんか、すごいことになってない? 帰ってほしいんだけど」
セイマが助けを求めてリナを見る。
しかし、リナは満足げにタブレットを叩いていた。
「素晴らしいです、マスター! 敵の最高戦力を、たった数枚の絆創膏と水分補給で完全に買収……いえ、教化したわけですね! これでヴェノンの古城『ボイド・スローン』のセキュリティー情報は筒抜け。実質、勝利へのフリーパスを手に入れたも同然です!」
「流石は師匠!」
ルッツは拳を握りしめ、熱い涙を流していた。
「暴力ではなく『徳』で敵をひれ伏させ、最強の味方へと変える。これぞ『王道』の極み! 武を捨てて武を制す……師匠、また一つ学ばせていただきましたッ!!」
(……うん。いつものことだよね。もういいよ、俺、何も言わない)
セイマは遠い目で、ヴォルインスクの空を見上げた。
約二ヶ月前までは、イギルニアのパン屋で「今日のベーグル、少し焼きすぎだな」なんて考えていた自分が、今や超人部隊を率いる「聖者」として、巨悪の城に乗り込もうとしている。
(……母さん。俺、やっぱり普通の大学生には戻れないかも………)
セイマの足元で、コテンが「クゥ〜ン」と一鳴きした。
その声は、「当然の結果だね」と主を励ましているようにも、あるいは「これからもっと面倒なことになるよ」と予言しているようにも聞こえた。
「さあ、案内してください。貴女たちの旧主人、ヴェノンの元へ」
リナの冷徹な命令に、セナフィアが静かに頷いた。
「承知いたしました。……かつての同胞として助言しますが、城内にはスカルペル、そしてヴェノン自身が構築した『因果の迷宮』が張り巡らされています。ですが、今の私たちがいれば、物理的な罠はすべて無効化できますわ」
「よぉし! お前たち、セイマ様の足元に影一つ落とすなよ!」
ルイが号令をかけると、美男美女の超人たちが、セイマを囲むようにして完璧なダイヤモンド陣形を組んだ。
神月木セイマ(因果の極致)
リナ・フォン・シュタイン(最高の頭脳)
ルッツ・ベルナー(最強の軍人)
神獣コテン(時空の番狐)
そして、改心した最強部隊「七極」
もはや一つの国家を滅ぼしかねないほどの「平和主義軍団(物理的に……)」が出来上がってしまった……。
「……行くよ。ヴェノンさん、説得して、全部終わらせるから!」
セイマは、自分に言い聞かせるように呟いた。
一方、古城の最上階。
モニタールームでこの光景を見ていたドクター・ヴェノンは、怒りを通り越し、静かな震えの中にいた。
「……私の『七極』を。……私の最高傑作たちを、あんな子供騙しの絆創膏で奪ったというのか……」
ヴェノンの声は、奈落の底のように冷たかった。
「神月木セイマ。君の『慈悲』、それが本物か、あるいはこれまでにないほど周到な偽善か……。私の『不条理への回答』で、直接試させてもらおう」
ヴェノンが、手元の「最終起動」ボタンに指をかける。
城の地下深くに眠っていた巨大な動力炉が、脈打つような音を立てて覚醒を始めた。
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