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第51話:不殺の聖域 — 新たな因果の芽生え —【前編】

ヴォルインスクの広場。


数分前まで埋め尽くしていた霧は綺麗に消え、石畳の上には、先ほどまで「最強の美」と「絶望の殺意」を振りまいていたヴェノン直属の強化人間部隊「七極ヘプタス」が、無惨にも折り重なって横たわっていた。


セイマは、血の気が引いた顔で、倒れている美男美女たちを見渡していた。


「……大丈夫、かな。みんな死んでないよね? 誰か一人くらい、うっかり首の骨とか折れてないよね!?」



「ご安心を、マスター」


リナが冷静にタブレットで生体反応をスキャンする。


「全員、脳震盪、四肢の麻痺、あるいは自前の毒による一時的な機能停止です。死者はゼロ。……お見事です。これほどの高密度戦闘において、一人の命も奪わずに無力化するなど、統計学的には『奇跡』と呼ぶほかありません」


「よかったぁ……。死んでたら、一生夢に出るよ……」


セイマは、安堵のあまり涙目になりながら、ルッツに預けていた自らのリュックをごそごそと探り始めた。


取り出したのは、実家を出る際に母・優が「怪我したら使いなさいね」と持たせてくれた、可愛らしい動物の絵がプリントされた救急セットだ。


「ええと、消毒液と……絆創膏、絆創膏……」


セイマは、おぼつかない足取りで、最も近くに倒れていた『七極』の一人、電磁鞭のアリアに歩み寄った。

彼女は自分の鞭の逆流を受け、右腕に痛々しい火傷を負っていた。


「あ、あの、痛かったらごめんなさい。すぐに……手当てしますから」


セイマは震える手でアリアの腕を取り、シュッシュッと消毒液を吹きかけると、ペンギンの絵が描かれた絆創膏を、丁寧に、優しく貼り付けた。


意識が朦朧もうろうとしていたアリアの脳内に、雷撃よりも鋭い衝撃が走った。


(……この方は、何を……? 私たちは、貴方を殺そうとしたのよ? ヴェノン様の命令で、貴方の脳をえぐり取ろうとした『刺客』なのよ……?)


アリアは、霞む視界の中でセイマの顔を見上げた。

そこには、自分をさげすむ色も、勝利を誇る傲慢さもない。


ただ、ケガをした子供を心配するような、純粋でどこか情けないほどの「善意」だけが溢れていた。


(……温かい。この方の手、なんて温かいの……。ヴェノン様の冷たい培養液とは、何もかもが違う……)



セイマの「介抱」は止まらない。

彼は一人ひとりの元を回り、衝撃で額を切ったカイトにはウサギの絆創膏を、銃の暴発で手を汚したミカには除菌シートを差し出した。


「(ひいいい、みんな目が怖いよ! 睨まないで! 介抱してるから許して!)」


セイマは内心パニックだった。


恐怖のあまり顔が引きつっていたが、それが強化人間たちの目には、

衆生しゅじょうの痛みを受け止め、深く憂慮する聖者の慈悲深い表情」へと180度変換されていた。


最後に、セイマはリーダーのセナフィアの元へ辿り着く。

彼女は自分の放った毒針が眉間に刺さり、全身が麻痺した状態で硬直していた。


「あわわ、これ抜かなきゃ。んっ、……抜けた!」


セイマは「因果の糸」をほどくように、細い針を丁寧に抜き取る。

そして水筒を取り出し、彼女の唇に水をそっと含ませた。


――数分後。

セナフィアの意識が戻った。


「大丈夫ですか? リーダーさん……ですよね。ごめんなさい、痛い思いをさせて。でも、もうこれでおしまいです。……もう、戦わなくていいですから。ゆっくり休んでくださいね」


その言葉は、強化人間として調整され、「戦うこと」と「美しくあること」以外をすべて剥ぎ取られて生きてきたセナフィアの魂を、核から粉砕した。


「……なぜ……殺さない……?」


セナフィアは、痺れた舌で絞り出すように問う。


「私たちは……貴方の敵。……ヴェノン様の刃。……圧倒的な力を持つ貴方なら、虫を潰すように……私たちを消し去れば済むはず……」


「殺すなんて、そんなの怖すぎる……。 夢にでますよ!」


セイマは本気で半泣きになりながら叫んだ。


「できたら、みんなの怪我が治ったら、どこか平和な村とかで暮らしてくれるのが一番うれしいです!」


セイマの魂からの叫び――それは、戦いしか知らない彼らの耳には、究極の「不殺の思想」として響いた。


「貴様らのような矮小わいしょうな存在を殺すなど、私の徳を汚すに等しい。それよりも、命の輝きを知れ」


彼らの中で、セイマの言葉は神格化された説法へと昇華されていった。


「……負けました。技術でも、能力でもなく。……その『心』に」


真っ先に動いたのは、巨漢のルイだった。

お読みいただき、ありがとうございます!


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