第50話:因果の円舞曲(ワルツ) — 覚醒の聖者、神技の極致 —
今回は長文となってしまいました。
(いつもの約2倍の文字数となっております)
理由は単純でストーリー上、前・後編に分割しにくかったもので………。
よかったら、お時間がある時に楽しんでいただけたらと思います。
よろしくお願いします。<(_ _)>
東欧の深い懐に抱かれた小国、カストリア共和国。
その国境を越え、険しい山道を「神聖移動要塞」で駆け抜けること数時間。セイマたち一行は朝方、古城の麓にひっそりと佇む町、ヴォルインスクへと辿り着いた。
石畳の路地、煤けたレンガ造りの家々、そして街全体を包み込む乳白色の濃霧。
そこは、中世の面影を色濃く残しながらも、どこか「作り物」のような不気味な静寂に支配されていた。
「……マスター。この霧、ただの気象現象ではありません」
車を降りたリナが、白衣のポケットから取り出した小型デバイスの画面を凝視する。
「ナノマシンによる空間干渉を確認。音波と熱源を吸収し、外部への通信を遮断しています。……ヴェノン、私たちが来るのを心待ちにしていたようですね」
「……うぅ、不気味すぎる……」
セイマは、使い古されたパーカーのフードを深く被り、心臓を高速でドキドキさせていた。
「師匠、お気を確かに! この静寂こそ、強者が現れる前の『お約束』ですぞ!」
背中のリュックにコテンを入れて護衛しているルッツが、慎重に周囲を見渡す。
一行が町の中央広場に差し掛かった――その時だった。
カタン……と、石畳を硬い何かが叩く音が響いた。
霧の奥から、複数の足音が近づいてくる。
それは訓練された兵士の足音ではなく、まるで舞台の上を歩くモデルのような、優雅で、それでいて血の通わない機械的なリズム。
「あら。意外と可愛い顔をしてるのね。これが世界を騒がせている『聖者』さま?」
霧が割れ、七人の男女が姿を現した。
先頭に立つのは、深紅のドレスを纏い、モデルのような美貌を誇る女性、セナフィア。その後ろには、彫刻のように整った顔立ちの美男美女たちが、ファッションショーのランウェイを歩くような足取りで並んでいる。
「……ヴェノン直属の強化人間部隊『七極』」
リナが、かつてないほど低く、鋭く囁いた。
「マスター、気をつけてください! 彼らは倫理を捨て、美しさと殺傷能力のみを追求した、ヴェノンの最高傑作たちです!」
「ヴェノン様からの伝言よ。『歓迎の宴を始めよう』……とね」
セナフィアが冷酷に微笑み、指をパチンと鳴らした。
その瞬間、広場の周囲に目では見えない障壁――干渉遮断フィールドが展開され、リナとルッツは弾き飛ばされるようにセイマから引き離された。
「マスター!!」
「師匠!!」
「(ひ、ひいいいいいっ! 一人にしないでぇぇぇ!!)」
広場の中心。
たった一人取り残されたセイマの視界に、地獄の釜が開いたかのような「真っ黒な殺意の糸」が、七本の奔流となって殺到した。
「殺りなさい」
セナフィアの宣告と共に、六人の「極」が同時に爆発的な踏み込みを見せる。
右前方から、高圧電流の鞭を蛇のようにくねらせる美女、アリア。
左前方から、高周波振動ナイフを逆手に空間を断ち切る速度で迫る、カイト。
右側からは、伸縮自在の三叉槍を心臓目掛けて突き出す、エレナ。
左側からは、巨大な重力ハンマーを羽毛のように軽々と振り回す、タイガ。
右後方からは、石畳を粉砕するほどの突進を見せる巨漢、ルイ。
そして左後方の建物の屋根からは、冷静にレーザー銃の照準をセイマの眉間に固定する、ミカ。
全方位、死角なし。
回避不可能。
常人の脳であれば、情報量の過多によって一瞬で焼き切れるような、完璧な「死の包囲網」。
(……あ、死んだ。これ、ヤバいやつだ……)
絶望がセイマを支配しようとした――その時。
彼の脳の奥深くで、ある「記憶」が強制的に呼び覚まされた。
それは、「天の鎖」での一ヶ月。
酒に酔って真剣を振り回す怜に夜通し追い回され、一歩間違えれば「肉片」にされるという、あの不条理極まりない生存競争の記憶だ。
あの時に比べれば、目の前の美男美女たちの動きは、あまりにも「行儀が良すぎる」。
(……見える。全部、線で見える)
ドクン、と心臓が跳ねた。
セイマの瞳から色が抜け、世界がモノクロの静彩へと沈む。
自分に伸びる六本の黒い糸。
それが、スローモーションのようにゆっくりと、しかし確実に自分を貫こうとしているのが分かった。
(……やってやる。死にたくないんだよ、俺はぁぁぁ!!)
セイマは無意識に、右足の親指に力を込めた。
『時間超越』
彼の主観世界で、時間が一万分の一の速度にまで引き延ばされる。
止まった鞭。
止まった槍。
止まった巨漢。
その静寂の庭で、セイマだけが舞うように動き出した。
そして、
『因果切断』
「……よし、お前はこっち。お前は、あっちだ!」
セイマは、自分に突き刺さっている黒い糸を一時的に切断し、まるで「配線工事」をするかのように糸の端をつまみ上げた。
まず、右後方から突進してくるルイの「突進の因果」を、左前方のカイトの足元へと結びつける。
次に、左側のタイガが振り下ろすハンマーの「落下の因果」を、右側のエレナの槍の軌道を変更するためにスライドさせる。
「ヨシッ、全員まとめてやってやる!!」
セイマは必死だった。
リナが見れば「幾何学的最適解」と絶賛し、ルッツが見れば「神の気合」と涙を流すであろうその動きは、本人にとっては「蜘蛛の巣を必死に払う掃除」に近い。
全ての糸の終着点を「自分以外」に書き換えた瞬間、セイマは現実の時間へと回帰した。
「行けぇぇぇぇぇっ!!」
現実の時間では、一瞬のこと。
セイマは少し離れた場所に着地する。
その瞬間、物理法則が悲鳴を大きな上げた。
ガキィィィィィィィィィィィィン!!
「なっ……!?」
カイトの驚愕の声。
ルイの猛烈な突進は、セイマが「いたはずの場所」を通り抜け、そのままカイトに激突。カイトは真上へ跳ね飛ばされながらも反射的に振動ナイフを振り回し、その刃がアリアの電磁鞭を切断した。
アリアは切れた鞭から逆流した高圧電流をまともに浴び、絶叫と共にその場で激しく痙攣し、白目を剥いて倒れた。
カイトは跳ね飛ばされた勢いで空中回転し、地面に膝まづいていたルイとお互いの頭部が激突、スイカが割れるような鈍い音を立てて意識を失った。
――同時。
タイガの重力ハンマーが石畳を粉砕したが、その衝撃で跳ね上がった石片が、エレナの槍を持つ両手を強打。手を離した槍の穂先は、建物の上から放たれたミカのレーザーを鏡のように反射。
反射したレーザーはミカが持っていた銃の銃身を正確に貫き、暴発した。
ミカは爆風に煽られて屋根から転落し、地面に叩きつけられて沈黙。
タイガもまた、粉砕した石畳の破片が自分の顎を直撃し、脳を揺らされて崩れ落ちた。
わずか……。
わずか三秒………。
広場を埋め尽くしていた「最強の戦力」は、セイマに指一本触れることもできず、自分たちの攻撃の連鎖によって全滅した。
「……あ、あれ?」
セイマが目をパチクリさせる。
彼の周りには、さっきまで殺気を放っていた美男美女たちが、奇妙な形で折り重なって動かずに転がっていた。
一人だけ、フィールドの外で優雅に観戦していたセナフィアが、持っていた扇子を落とした。
「……ば、馬鹿な。何が起きたの? 私の可愛い子たちが……触れることさえできずに自滅した……?」
彼女は震える手で、隠し持っていた毒針を取り出す。
「こうなれば、私が直接……!」
だが、その殺気の糸が伸びた瞬間。
セイマは「うわっ、まだいた!」と反射的に右手を振り払った。
その指先が、空中に漂っていた毒針の「結果の糸」を、ピンと弾く。
パチン。
それは、物理現象というよりは音楽的な響き。
放たれた毒針は、空中で物理法則を完全に無視し、ブーメランのように180度反転。
一点の曇りもない正確さで、セナフィア自身の眉間に突き刺さった。
「……あ……ありえ……な……い……」
セナフィアの瞳から光が消える。
彼女が愛用していた「即効性・強力痺れ薬」は、その主人に対しても平等に牙を剥いた。セナフィアは、まるで糸の切れた人形のように、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
霧が、サーッと引いていく。
干渉遮断フィールドが消滅し、絶叫しながら駆け寄る二人の足音が響いた。
「マスター!! 大丈夫ですか! お怪我は!? 脳の糖分が不足していませんか!?」
リナがセイマの肩を掴み、猛烈な勢いで全身をスキャンし始める。
「師匠……。おお、師匠……!!」
ルッツは、折り重なる「七極」の惨状を見て、その場に平伏した。
「敵の殺気を編み上げ、自らの動き一つでそれを因果の鎖(足枷)に変える。……これぞ『因果の円舞曲』。美しすぎます。もはや武術ではなく、神話の領域だ……!」
「いや……あのさ、リナ、ルッツ。これ、たまたまだから。みんな勝手に転んだだけだから……ね?」
セイマは少し慌てた声で訴えた。
しかし、意識を残していたエレナやルイの耳には、その言葉は別の意味に聞こえていた。
(……『たまたま』……? これほど完璧な演算による殲滅を、この男は『偶然』の一言で片付けるというのか……)
(なんて……なんて底知れない男だ……。我々はとんでもない怪物を敵に回してしまった……)
恐怖。
それは、ヴェノンへの忠誠心を容易く上書きするほどの、圧倒的な「格の差」への絶望だった。
ルッツの背中のリュックの中で、ずっと丸まっていたコテンが「ふぁぁ」と大きな欠伸をして顔を出した。その瞳が、広場に転がる敗者たちを一瞥し、そして街の奥にそびえ立つ鋼鉄の古城を見据える。
「きゅぅん」
コテンが短く鳴き、セイマの方を見た。
「……分かってるよ。あそこに行けば、全部終わるんだよな」
セイマは古城を見つめた。
立ち姿はまだどこか頼りない感じだが、その背中には彼を信奉する者たちにとって、何よりも頼もしい「聖者」のオーラが漂っていた。
一方、古城の最上階。
全方位モニターに映し出された広場の惨状を見つめ、ドクター・ヴェノンは震える手で空のワイングラスを握り潰していた。
破片が指に食い込み、血が滴る。
だが、その顔に浮かんでいるのは、狂気的なまでの「歓喜」だった。
「素晴らしい……。素晴らしいぞ、神月木セイマ! 私が十年かけて作り上げた『完璧な個体』たちが、君の『能力』一つで瓦解した!」
ヴェノンはモニターに映るセイマの困り顔を、愛おしそうに撫でた。
「君こそが私の求めていた不条理。君の脳を、君の因果を、この手で解剖できるなら……私は、世界の理をすべて捨てても構わない!」
ヴェノンの声が、冷たい鋼鉄の廊下に響き渡った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
読者様のおかげで、なんとか第50話まで書き上げることができました!
今後、物語の切りの良い所までは、なんとか頑張りたいと思っております。
(頑張れなかったらすみません。(>人<;))
よかったら、これからも温かい目でよろしくお願いします。




