第44話:決意の旅立ち — 嵐の前の安息、そして異国への隠密行 —【後編】
命からがら不時着したのは、見渡す限りの砂が支配する死の世界だった。
地平線の彼方まで続くオレンジ色の砂丘。
照りつける灼熱の太陽。
リナが腕のデバイスを確認し、不機嫌そうに砂を払いながら眉を寄せた。
「……計算外です。レーザーの直撃で電子計算機が狂いました。本来なら東欧の山林に降りるはずが……ここは中東と北アフリカの境界にある、国際社会の手が届かない『無法地帯』です」
「砂漠……。暑い、死ぬ……。喉乾いた……」
砂の上に大の字になってへたり込むセイマ。
そのお腹の上でコテンは、「あちゅい……」と言わんばかりに、仰向けで短い足をバタつかせていた。
だが、砂漠の沈黙は長くは続かなかった。
セイマの「因果の視認」が、砂丘の向こう側から伸びる数百本の「攻撃的な糸」を捉える。
「……あ。なんか、すごく嫌な予感がする糸がいっぱい来た。しかも、こっちを『獲物』って思ってる感じの……」
「なんですって?」
セイマが指差した先――
砂丘の稜線を越えて姿を現したのは、錆びついた鉄板で補強された改造ジープや装甲車の隊列。そして、ボロボロの軍服に身を包んだ百人を超える武装集団だった。
彼らは不時着した未知のテクノロジーの結晶であるマルチコプターを「高く売れる獲物」と見定め、下卑た笑いを浮かべながら銃口を向けていた。
「ハッハー! 運のいい獲物だぜ! 命が惜しければ、そのいい女と、機体を置いて……」
リーダー格の顔に大きな傷跡のある男が、叫び終える前に――
セイマたちの前に、一人の「巨山」が音もなく立ちはだかった。
ルッツ・ベルナー大尉だ。
彼はゆっくりと軍服の袖を捲り上げ、岩石のような筋肉を晒した。
その全身から溢れ出る凄まじい「覇気」は、まるで黄金の陽炎のようであった。
「……師匠。ここは、私一人で十分であります。師の御手を汚すまでもありません」
「え、ルッツ? 相手、百人以上いるし、ロケットランチャーまで持ってるよ!? 普通に謝って通してもらうとか……」
「問題ありません。師匠から授かった『因果を恐れぬ心』……今ここで、実践させていただきます!」
ルッツが地面を蹴った。
その瞬間、砂漠に物理的な衝撃波が走り、巨大な砂煙が爆発したように舞い上がった。
「撃て! 撃ち殺せぇぇ!」
武装集団が一斉に引き金を引き、銃弾の雨がルッツへと降り注ぐ。
だが、ルッツ・ベルナーという男は、戦場という狂気に慣れすぎていた。
彼は飛来する銃弾の軌道を見切り、紙一重で回避しながら敵の懐へと潜り込む。
「ぬんっ!!」
ルッツは至近距離のジープを側面下から両手で持ち上げ、文字通り放り投げた。
傾斜を転がり落ちていく数トンの鉄塊が、後続の装甲車の行く手を阻む。
「な、なんだあの化け物は!? 人間じゃねえ!」
「逃げ……ぎゃああああ!?」
ルッツは敵から奪った機関銃を手足のように使いこなす。
それも、ただ撃つだけではない。
ルッツの放つ弾丸は、すべてが敵の武器だけを破壊し、あるいは急所を外して戦闘不能にするという超精密射撃であった。
「師匠の教え……『最小の動きで最大の結果を』!」
(……そんなこと一言も言ってないよ! )
セイマの心の中のツッコミも虚しく、砂漠は地獄の演習場へと変わった。
それから、およそ三時間が経過。
沈みゆく巨大な夕日が、砂漠を真っ赤に染め上げる。
そこには、世にも奇妙な光景が広がっていた。
百人を超える武装したテロリストたち全員が戦意喪失し、白目をむいた状態で、見事なまでの「人間ピラミッド」として積み上げられていたのだ。その高さは二メートルほどもあり、頂点には、汗一つかかずに仁王立ちするルッツの姿があった。
「ふぅ……。良いウォーミングアップになりましたな、師匠! この地の砂は、足腰を鍛えるのに最適ですぞ!」
ルッツが夕日に向かって爽やかな笑顔でサムズアップを送る。
その足下では、積み上げられた男たちが「うう……」「神様……」「お母ちゃん……」と、それぞれの母国語で弱々しいうめき声を漏らしていた。
(……ルッツ、本当に桁外れのスーパーエリート軍人だったんだぁ。っていうか、ルッツ一人いれば、安全に古城に着けるんじゃ?)
セイマは淡い期待を抱いた。
リナがマルチコプターの修理を終え、スパナを片手に立ち上がった。
「マスター、修理完了です。アツィルトの予備回路を起動させました。これならヴェノンの古城までの最短ルートを再計算可能です。……ついでに、このテロリストたちの銀行口座、すべて『国際孤児院』に寄付するよう書き換えておきました」
「……リナ、君も容赦ないねぇ……」
セイマは砂漠の砂を払いながら、力なく立ち上がった。
本来なら、日本から東欧まで快適な空の旅を楽しみ、現地で「ヴェノンさん、もうやめてくれませんか?」と穏やかに話し合うつもりだった。
それが、出発から半日も経たないうちに、機体は撃墜され、砂漠で軍隊を一人で壊滅させる仲間の姿を見せられ、自分は砂まみれ……。
セイマは、膝の上で砂まみれになって「ぷしゅっ」とくしゃみをしたコテンを抱きかかえ、沈む夕日を見つめた。
「よし。……行こうか、リナ、ルッツ」
三人と一匹を乗せたマルチコプターは、夜の帳が下りる砂漠を離陸し、目的地へと向かうのであった。
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