表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/62

第45話:砂漠の街の生放送 — 聖者の腕力 —【前編】

砂塵が舞う。

熱波が視界を歪ませ、遠くに見える街のシルエットが、まるで逃げ水のように揺れている。


サハラ砂漠の端、国際社会の法が届かない「無法地帯アナーキー・ゾーン」のオアシス都市。


そこが、セイマたちが不時着後に辿り着いた、最初の街であった。


「お腹……減った……。コテン、大丈夫か……?」


セイマの胸元で、全身の毛に砂をまぶしたコテンが「きゅぅ……」と力なく鳴く。

かつては神の使いと崇められた神獣も、極限の空腹の前ではただの毛玉であった。


隣ではリナが、携帯端末を虚しく操作していた。


「……ダメです。衛星通信はヴェノンのジャミングで遮断。電子マネーの口座も凍結。マスター、私の不徳の致すところです……。まさか、この私が『無一文』という概念を体験することになるとは」


「リナのせいじゃないよ……。でも、あの爆発で食料まで全部燃えちゃったのは痛いな……」


セイマが胃袋を抱えて溜息をつく。


背後から、砂漠の行軍など散歩程度にしか思っていないルッツが、一分間に百回のスクワットをこなしながらある提案をしてきた。


「師匠! 街の闘技場を探しましょう! 私が野生のライオンや地元の荒くれ者を片っ端から叩き伏せれば、今夜の肉代くらいにはなるはずですぞ!」


「ダメだってば。俺たちは『隠密行』なんだよ? 目立っちゃいけないんだから……」


そんなやり取りをしながら街の市場へ足を踏み入れた瞬間、セイマたちの嗅覚が限界を迎えた。


香ばしいクミンとコリアンダーの香り。

炭火でじっくりと焼かれる羊の肉。

揚げたてのパンから立ち上る、暴力的なまでの小麦の匂い。


「……あ、あのパン、一個いくらかな」


セイマが見た露店には「1Lルリア」という値札があった。

セイマたちの所持金は、文字通りゼロ。

日本円はおろか、一円も持っていない。


――その時だった。


「……ん? 待て。……待て待て待て! お前、まさか!?」


派手な原色のシャツを着た、カメラを肩に担いだ男が血相を変えて突っ込んできた。彼はセイマの顔を穴が開くほど見つめ、手元のタブレットと見比べ、驚愕のあまり目を見開いた。


「SNSで話題の『暴動を踊り抜ける聖者』! 本物か!? なんでこんな辺境のクソ暑い街にいやがるんだ!」


「えっ、あ、ええと、人違いじゃ……」


「とぼけるな! その東洋的な顔立ち、虚空を見据えるような虚無の瞳、そして肩に乗った謎の生物! 間違いない! 救世主メシアが降臨したぞ!」


(……肩に乗った謎の生物は絶対違う……)


男は地元のテレビ局員、アブドゥルと名乗った。

彼は地面に額を擦り付ける勢いで頭を下げ、驚愕の提案を口にした。


「頼む! 今からうちの特別番組に出てくれ! ギャラは出す! 『一万ルリア』だ! これでどうだ!?」


セイマの脳内で、高速(かつ致命的にズレた)演算が開始される。


(ええと、さっきのパンが1ルリアだったから……一万ルリアあれば、パンが一万個買える。……一万個!? それだけあれば、リナやルッツ、コテンもお腹いっぱい食べられるし、東欧までの旅費も余裕で賄えるじゃないか!)


セイマは「ルリア」という通貨が、この国独自の高額レートであることを知らなかった。1ルリアは約一万円。つまり、一万ルリアは日本円にして約一億円。


市場のパンが1ルリアなのは、それが「王族御用達の超高級フォカッチャ」だったからなのだが、空腹のセイマにそんな冷静な判断ができるはずもなかった。


「……パン一万個分。……やります。出ます!」


「交渉成立だ! 準備しろ、野郎ども! 世界が変わるぞ!」


アブドゥルが叫ぶ。


リナは怪訝そうに眉を寄せたが、セイマの「背に腹はかえられない」という必死な表情を見て黙って頷いた。



連れて行かれたのは、街の中央広場に設営された野外特設スタジオ。

巨大なクレーンカメラが回り、照明がセイマを照らし出す。

背景にはド派手な金色の文字でこう書かれていた。


『聖者 VS 筋肉! 全世界生中継・アームレスリング・コロシアム!』


「……ねえリナ。なんか、話が物騒な方向に行ってない?」


「マスター、お察しの通りです。このアブドゥルという男、相当に悪趣味です。ネット上で『奇跡の男』として神格化されている貴方を、筋肉自慢の男たちに完膚なきまでに叩き伏せさせ、その『権威失墜』の瞬間を売りにしようとしています」


リナの瞳に冷徹な光が宿る。


だが、セイマはもはや引き下がれなかった。


それは、スタジオの脇に用意された「出演者用ケータリング」のサンドイッチが、あまりにも美味しそうだったので、一口食べていたからであった。

お読みいただき、ありがとうございます!


ほんの少しでも面白いと思っていただけましたら、評価などしていただけると大変うれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ