第37話:宿題とオーパーツ — 天才が手掛ける自由研究 —【後編】
翌日。
セイマの不安は、案の定、現実となって襲いかかった。
陽葵の通う高校。
理科室では、平和な「夏休みの自由研究発表会」が行われていた。
「次は、神月木陽葵さんです」
「はい! 私は、『次世代のクリーンエネルギーとして空き缶』について調べました!」
陽葵が教卓の上に例の空き缶を置いた瞬間、理科教師の佐藤は首を傾けた。
「神月木さん……これは、ただのアルミ缶にアルミホイルを巻いただけに見えますが……」
「いえ先生、これ、すごい出力なんです。テスターで測ってみてください!」
「どれどれ……」
先生は、理科室の壁にある100Vのコンセントに繋がった、学校に一台しかない年代物の大型電圧測定器をその「空き缶」に接続し、測定ボタンを押した――。
その瞬間。
空き缶が、「シュォォォ……」という、脳に直接響くような不穏な音を鳴らす。
「え……?」
――直後、測定器の針が振り切れるどころか、物理的に折れ曲がって飛び散り、理科室の電球が、「カチカチカチ!」 と狂ったように明滅して、「バリン!」 と一斉に粉砕された。
「きゃあああ! 電球が!?」
「何だ、この磁場は! スマホの画面が点滅してるぞ!」
校舎全体のブレーカーが火を噴いて爆発し、近隣一帯のWi-Fi信号が、空き缶が放つ謎の「聖なる周波数」によって上書きされた。
住民たちのパソコン画面には、なぜか黄金比で尻尾を振るコテンのドット絵が強制表示されるという、シュールなサイバーテロが発生。
教職員はパニックに陥り、駆けつけた校長先生が叫んだ。
「神月木さん! この空き缶……、中で何が起きてるの!? 警察に連絡すべきか、それとも消防か!?」
結果、陽葵は「保護者呼び出し」を食らい、セイマが全速力で学校へ駆けつけることになった。
「……本当に、申し訳ありませんでした。妹が、その、海外の怪しい通販で買ったおもちゃが暴走したみたいで……。はい、修理は……なんとかしますので……(リナと)」
放課後。
夕闇が迫る職員室で、セイマは校長先生と担任の先生に、人生で一番深い土下座を捧げていた。
「神月木さん。あなたの妹さんが持ってきた『空き缶』……、あれ、科学省の調査官が『空気中から未知のエネルギーを引いている形跡がある』って、血相を変えて没収していったよ。神月木さんの家、一体何なんだい?」
「……ただの、普通の家です。(先日までは……)」
なんとか陽葵を連れ出し、学校を後にしたセイマ。
彼は玄関先で力なく崩れ落ちた。
「……陽葵。言っただろ、リナに頼るなって……。先生の髪の毛、静電気で全部逆立ってたぞ。どうしてくれるんだよ……」
「ごめんってば、お兄ちゃん。でもさ、あの缶、カバンに入れてるだけで通学時、電動自転車漕いでないのに時速60キロ出たんだよ? 便利すぎない?」
「便利の代償に、この街が地図から消えそうになったんだよ!」
リビングに入ると、そこには相変わらずの光景が広がっていた。
ルッツが庭に向かって「本日、電磁波の乱れを感知! 敵襲か、それとも師匠の新たな試練ですか!」と叫びながら、上半身裸で正拳突きを繰り出している。
その横で、リナが陽葵のノートを採点していた。
「陽葵さん、あの出力でも制御しきれませんでしたか。次は、事象の地平線を空き缶内部に固定する『ブラックホール・バッテリー』を検討しましょう」
「検討しなくていいから!」
セイマが膝から崩れ落ちていると、台所から優がのんびりと顔を出した。
「あらセイマ、おかえりなさい。先生とお話ししてきたの? お仕事大変ねぇ」
「……仕事じゃないよ、母さん。妹の不祥事だよ」
「あんまり無理しちゃダメよ。眉間にシワが寄ってるわ。プリン、冷蔵庫に入れといたからね。リナちゃんとルッツさんの分もあるわよ」
優は、息子が「世界の特異点」を背負い、居候が「人類最高レベルの頭脳&武力」であり、連れてきた子狐が「神獣」であるという事実を、すべて「プリンを食べる家族」という一つの真理で塗りつぶした。
セイマは、ふらふらと冷蔵庫を開けた。
そこには、三つ並んだ手作りのプリン。
カラメルソースが少しだけはみ出した、何の変哲もない、けれど完璧なプリン。
(……ああ。やっぱり、母さんが最強だな)
セイマはスプーンを手に取り、一口プリンを頬張った。
口の中で広がる優しい甘さが、今日の過酷な学校謝罪行脚の疲れを、魔法のように溶かしていく。
横では、ルッツが「おお……! この黄金の輝き、師匠の慈愛が凝縮されている……!」とプリンを絶賛し、リナが「卵の凝固点と砂糖のカラメル化反応の完璧な調和……。優さんはもしや、因果律を調理器具に……?」と戦慄しながらスプーンを動かしている。
コテンは、そんな彼らの足元で、完全に野生を忘れてヘソ天で寝転がっていた。
尻尾がゆらりと揺れる。
その軌道が、夕暮れのキッチンに微かな黄金の残光を描いた。
世界中が彼を聖者と崇め、暗殺者がメスを研ぎ、超常科学が彼を解剖しようと躍起になっても、この家には、母が守り続ける「最高の日常」がある。
セイマは、二杯目の麦茶を飲み干しながら、ようやく心からの安息を得た。
たとえ明日、リナが「お母さんの洗濯機をタイムマシンにしました」と言い出したとしても、きっと母さんなら「まあ、お洗濯物を綺麗な状態に戻せて便利ねぇ」と笑って済ませてしまうのだろう。
「平和だなぁ……」
聖者の独り言は、誰にも聞かれることなく、団らんの音の中に静かに溶けていった。
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