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第36話:宿題とオーパーツ — 天才が手掛ける自由研究 —【前編】

イギルニアの霧も、地中海の陽光も、隠れ里の殺気すらも届かない場所。


セイマの実家には、世界を揺るがす「特異点」たちが集結していた。

しかしその現状は、神月木かづき ゆうという一人の女性が放つ「圧倒的な天然」という名のホワイトホールによって、不思議なほど無害な日常へと変換されていた。


挿絵(By みてみん)


「あらリナちゃん、今日も熱心ね。その光ってるおもちゃ、綺麗ねぇ」


リビングのソファに深く腰掛け、ホログラムPCから溢れ出す幾何学図形の奔流に埋もれていたリナは、その声に弾かれたように顔を上げた。


彼女の眼前で展開されているのは、神獣コテンの毛並みをナノレベルで整えつつ、同時に皮膚表面の常在菌を量子的に活性化させて「神獣バリア」を強化する『自動毛づくろいドローン』の設計図だ。


「おもちゃ……。いえ、優さん、これは磁場を直接制御し、空間の不確定性原理を――」


「それよりリナちゃん。今日は特売で卵が1パック128円だったのよ!」


IQ300を誇る人類最高レベルの頭脳が絶句した。


卵、128円……。


その市場価値と、優が浮かべている「勝利の女神」のような微笑みの相関関係を、リナの脳内スーパーコンピューターが必死に演算し始める。


「……128円? その価格設定は、現在の流通コストと養鶏場の維持エネルギーから算出される損益分岐点を大幅に逸脱して……。まさか、この街のスーパーは因果律を歪めて価格決定を?」


「ふふ、並んだ甲斐があったわ。しっかり食べないと、せっかくの綺麗な銀髪がパサパサになっちゃうわよ。お昼、オムライスでいいかしら?」


優は、リナが宇宙の真理を解き明かそうとする科学者であることも、数兆円規模の予算を動かす研究所の主であることも、完全に無視していた。


彼女にとってリナは、「息子が連れてきた、ちょっと機械に詳しい、お腹を空かせた可愛い女の子」でしかなかったのだ。


「……私に、食事を? 解析データに基づく栄養錠剤ではなく、オムライス、ですか」


「ええ。セイマ、リナちゃんにスプーン出してあげて」


「はいはい……」


キッチンから皿を運んできたセイマが、慣れた手つきでスプーンを並べる。

リナは、手渡された銀色のスプーンを、まるで未知のオーパーツを見るような目で見つめた。


かつてこれほどまでに「無防備」に食事を供されたことがあっただろうか。


(計算不可能です……。この方の包容力、エントロピーが増大する宇宙の果てよりも温かい……。これが、マスターを育んだ母なる大地……!)


リナは震える手でケチャップの乗ったオムライスを口に運び、その素朴な味に、科学では説明できない涙を一筋流した。



そんな平和なリビングの片隅で、虎視眈々と「力」を利用しようとする者がいた。


セイマの妹、陽葵ひまりである。

彼女は、先日のEMPスマホの一件で、リナが作る「工作」の凄まじい実用性(?)に味を占めていた。


「ねえ、リナさん。ちょっと相談があるんだけど」


陽葵は、オムライスを完食して魂が浄化されているリナに、ノートを差し出した。


「学校の自由研究でさ、『電池の仕組み』について書かなきゃいけないんだよね。でも、市販の乾電池で豆電球光らせるだけじゃ、インスタ映えもしないし成績も微妙かなって」


「やめとけ陽葵。絶対、ロクなことにならない」


ソファでコテンを撫でていたセイマが、嫌な予感(というか確信に近い因果の糸)を感じて口を挟んだ。


「お前、リナに『電池』なんて頼んだら、この街の電力が全部吸い込まれるか、逆に太陽がもう一つ増えるぞ」


しかし、マスターの妹という最強のカードを提示されたリナが、これを聞き逃すはずがなかった。リナの瞳に、科学者としての(そして狂信者としての)炎が宿る。


義妹マスターのいもうとの学術的探求を助けるのは、私の義務です。陽葵さん、『電池』ですね? リチウムイオンや鉛蓄電池といった、非効率な化学反応によるエネルギー蓄積など、石器時代の遺物です。真のエネルギー革命を、その教育機関に見せつけてあげましょう」


リナは立ち上がると、キッチンのゴミ箱から空き缶を拾い、アルミホイルと、そこらに転がっていたコテンの抜け毛を一本、さらには優の天ぷら粉を少々拝借した。


「リナ、それ、何を作ってるの? 材料が家庭的すぎて逆に怖いんだけど……」


セイマの悲鳴を余所に、リナの手の中で銀色の火花が散る。


「完成しました。陽葵さん、これを提出なさい。…… 一見するとただの空き缶ですが、内部には多次元宇宙から零れ落ちる微細な量子振動を、コテンの毛を触媒にして増幅・変換する『疑似永久機関・プロトタイプ』です。……あ、一応学校用ですので、出力は太陽光発電所の10万分の1程度に抑えておきました」


「10万分の1でも多すぎる!」


陽葵は「わーい、ありがとう!」と、その不気味な鈍色に光る空き缶をカバンに詰め込んだ。

お読みいただき、ありがとうございます!


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