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第35話:妹の直感 — 暴かれる「日常」の仮面 —【後編】

セイマは膝の上のコテンをぎゅっと抱きしめる。


もはや、逃げ道はなかった。

因果を断ち切る能力があっても、妹の追求を断ち切ることはできない。


「陽葵……分かった。話すよ。でも、絶対に信じてほしいんだけど、俺も被害者なんだ」


「被害者?」


「そうなんだ。 俺はただ、大学の奨学金をもらって、パン屋でバイトして、たまにプリンを食べてるだけの一般市民。でも、なぜか偶然が重なって、ああやって暴動を避けちゃったり、難解な数式をパンの焼き加減で解いちゃったりして……」


「……待って、パンの焼き加減で何を解いたって?」


「それが問題なんだよ! 俺が何かをすればするほど、あの人たちが『さすがマスター!』とか『これぞ師匠!』って勝手に勘違いを積み上げていくんだ。どこに行ってもついてくるし、挙句の果てには命を狙われるし……俺、本当に平穏に生きたいだけなんだよ」


セイマは半ば泣き言のように、これまでの受難を吐露した。

リナに軟禁されたこと、スカルペルに執刀されかけたこと、怜に真剣で追い回されたこと。


「俺は神でも賢者でもない。ただ、ちょっとだけ運が良くて(悪くて?)、ちょっとだけ避け方が上手なだけの、人間なんだよ」


陽葵は呆然とした顔でセイマを見ていた。


その沈黙を破ったのは、窓から「ガラガラ」と無造作に侵入してきた銀色の閃光だった。


「——誤解ですわ、陽葵さん」


リナが、白衣を翻してリビングの中央に仁王立ちした。


「マスターは謙遜が過ぎます。彼の脳細胞、その一つ一つから放射される因果律操作の波動は、もはや既存の宇宙論では説明不能。彼が『一般人』だと言うのは、太陽が『ただの焚火だ』と言い張るのと同じくらい、暴力的なまでの自己過小評価ですよ!」


「リナ! 入ってくるときはドアを使ってって言ったよね!」


さらに、天井から凄まじい「ドン!」という音が響き、照明が激しく揺れた。


「師匠! ご家族に真実を隠す必要はありません!」


どこからか(おそらく天井裏から)ルッツの声が轟く。


「師匠はこの腐敗し、淀んだ因果の連鎖を断ち切るために天から遣わされた不滅の光! その存在は全人類の宝であり、我ら信奉者の魂の拠り所! 陽葵殿も、選ばれし聖族として、その栄光を享受されるべきだ!」


「ほらぁ! やっぱり全然普通じゃないじゃん!!」


陽葵の絶叫が夜の住宅街に響き渡った。



一時間後。


リナによる「マスターの素晴らしさに関する三時間講演(予定)」を三十分に短縮させ、ルッツを「近所迷惑」という理由で正座させた後。


陽葵はソファに深く沈み込み、頭を抱えていた。


「……分かった。もう分かったわよ。お兄ちゃんが相変わらず、変な人たちに好かれちゃう『特異体質』なのは理解した。大学デビューどころか、世界デビューしちゃったってことね」


「世界デビューって……。これでも悩んでるんだぞ」


「でも、お母さんには絶対内緒だよ。お母さん、天然だから『まあ、便利ねぇ。お掃除に使いましょうか』で済ませちゃうだろうけど、流石にこの状況は胃もたれするでしょ」


「助かるよ、陽葵……」


セイマが心底ホッとして胸を撫で下ろした、その時だった。

陽葵が、膝の上で再び眠り始めたコテンをジッと見つめた。


「ねえ、お兄ちゃん。この子……さっきから気になってたんだけど。たまに、尻尾が三本に見えたりしない?」


「え? いや、ただの太った子狐……に見えるけど?」


「うーん……。さっき私が撫でてたら、この子の周りだけ重力がふわふわしてた気がするんだよね。あと、リナさんがさっき私のスマホを勝手に取り上げて、『マスターの妹君の端末がこの程度の処理速度とは嘆かわしい』とか言って、裏側に謎の結晶体クリスタルを埋め込んでたんだけど……」


陽葵が自分のスマホを見せる。


そこには、元々のメーカーロゴを完全に無視して、「IIP-S type SEIMA」という謎のホログラムが明滅していた。


「……リナ! 何してくれてるの!」


「安心してください。バッテリー持続時間は理論上120年、さらに周囲の5G電波を量子吸収して自然発電しますわ。あ、緊急時にはそこから指向性EMP(電磁パルス)を放って、半径50メートルの電子機器を焼くことも可能です」


「女子高生にEMP持たせないで!!」


陽葵は、もはや怒る気力も失せたのか、妙に高性能になったスマホをいじりながら呟いた。


「……まあ、いいや。便利だし。テスト中にEMP放ったら学校休みになるかな」


「物騒なこと考えないで! 陽葵!」


陽葵の順応速度は、兄に負けず劣らず異常だった。


彼女は「お兄ちゃんが変な人なのは昔からだし」と無理やり自分を納得させたようだが、その瞳の奥には、新たな「好奇心」が芽生えているのをセイマは見逃さなかった。


挿絵(By みてみん)


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