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第34話:妹の直感 — 暴かれる「日常」の仮面 —【前編】

かつて実家で、これほどまでの「密度」を感じたことがあっただろうか。


セイマは、使い古されたソファの窪みに深く身体を沈め、膝の上で丸まっている黄色い毛玉——神獣ことコテンを撫で続けていた。


台所からは、母・優が鼻歌混じりに食器を洗う、穏やかな生活音が聞こえてくる。

だが、その背後で展開されている光景は、控えめに言っても「カオス」だった。


「マスター。この洗濯機の回転周期、極めて非効率です」


庭の離れへと続く廊下で、銀髪を翻したリナが、最新鋭のホログラムPCを宙に浮かせていた。


「ドラムの回転振動を量子レベルで同調シンクロさせれば、汚れと一緒に衣服にこびりついた『負の残留因果』も一括でデフラグ洗浄できます。今、私の特製洗浄液——『アツィルト・ウォーター』を注入していますので、数秒後にはこの家そのものが時空の洗浄拠点となります」


「リナ……。それ、ただの洗濯機だから。時空とか洗わなくていいから。あと、その液体、青白く光ってるけど環境に大丈夫なの?」


セイマの虚しいツッコミは、リナのタイピング音にかき消された⋯⋯。


さらに、頭上からは不穏な振動が伝わってくる。


屋根の上では、ルッツが微動だにせず「あぐら」をかき、住宅街に向けて凄まじい「覇気」を垂れ流していた。


「……師匠の生家、一見して平穏なれど、その実、地脈の淀みが微かに。案ずるな師匠! このルッツ・ベルナー、屋根の上にて月光を吸い、四方の邪気、すべてを拳で粉砕して御覧に入れますぞ!」


「ルッツ……。通報されるから。あと、屋根瓦がミシミシ言ってるから。お願いだから降りてきて⋯⋯」


セイマは額を押さえた。

隠れ里から戻れば、少しは元の「平凡?な大学生」に戻れると信じていた。


だが、現実は残酷だ。

信奉者たちはセイマの「実家」という概念すらも、聖域として、あるいは要塞として改造し始めている。


そんな混沌を、冷ややかな視線で観察している存在がいた。


「……ねえ、お兄ちゃん」


氷のような声が、背後からセイマの後頭部を刺した。


そこには、腕を組み、仁王立ちになった高校生の妹・陽葵ひまりが立っていた。彼女の藍色の瞳には、一切の慈悲がなく、ただ「獲物を追い詰める検察官」のような鋭い輝きが宿っている。



「あ、陽葵。なんだよ、改まって……」


「改まるも何もないでしょ。いい加減、隠し事なしで全部話してよ。お兄ちゃん、今どんな生活送ってるの!」


陽葵がソファの正面、古びたコーヒーテーブルを挟んでどっしりと腰を下ろした。その瞬間、リビングの空気が「家族の団欒」から「取り調べ室」へと変質する。


「隠し事って……。言っただろ、大学の友達と、その、ちょっとお世話になった人を連れてきただけで……」


「嘘ばっかり!」


陽葵がテーブルを叩いた。

コテンが「きゅん?」と驚いて顔を上げる。


「友達? あのリナって人、さっきお母さんに『この液体に触れてはいけません、分子構造が書き換わります』とか言って台所の天ぷら油を光らせてたんだよ? お友達の範疇を超えてるでしょ、完全にマッドサイエンティストじゃん!」


「それは……その、海外の最先端の研究室にいる子だから、ちょっと常識が……」


「じゃああのガチムチの軍人さんは!? 『師匠の家が負の因果に包まれている』って、さっきから屋根の上で瓦を割りそうな勢いで素振りしてるんだけど! お兄ちゃん、いつから格闘技の師範代になったの? 部活してないって言ってなかったっけ!?」


「……そう、護身術的な特訓の一環で……」


セイマの言い訳は、もはや子供の泥遊び以下だった。


陽葵は溜息をつき、ポケットからスマホを取り出すと、液晶画面をセイマの鼻先に突きつけた。


「見てよこれ。今、SNSで世界トレンドに入ってるやつ。『#IceSage』、アイス・セージ。暴徒三十人を全員無傷で無力化したっていう伝説の東洋人。これ、どう見てもお兄ちゃんだよね? 画質は荒いけど、この本を大事そうに抱えて立ち去ろうとしてる後ろ姿、妹の私が見間違えるわけないでしょ」


セイマは絶望した。


マイルズ・キャラウェイという情報のプロが、どれほど周到にモザイクをかけ、脚色したとしても、血の繋がった妹の「直感」という名の超感覚には通用しなかったのだ。


「……お兄ちゃん。一体、外で何をしてきたの? あの人たちは何? 宗教? それとも、本当にお兄ちゃん、世界を救う『選ばれし者』とかになっちゃったの?」


陽葵の声が、少しだけ震えていた。


それは怒りよりも、大好きな優しい兄が、自分の手の届かない遠い世界へ行ってしまったのではないかという、根源的な不安の表れだった。

お読みいただき、ありがとうございます!


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