最初からいた 第12話
心臓が、うるさい。ドクドクと耳の奥で鳴り続け、思考をかき乱す。胸の内側から叩かれているようで、落ち着く気配がない。呼吸が浅くなる。視界の端が揺れる。それでも、はっきりしていることが一つある。
——それ、誰がやるんだ?
視線が自然と動く。健太。美咲。修司。そして——自分。四人。いや。“そう思っているだけ”。もしかしたら、この中に、すでに“違うもの”が混ざっている。そう考えた瞬間、背中に冷たいものが走る。皮膚がざわつく。
「……証拠がいる」
健太が言う。眉間に皺を寄せながら。
「誰が増えたのか。わからないままじゃ、無理だ」
正しい。あまりにも正しい。だからこそ、怖い。
「……でも」
美咲が言う。視線が泳いでいる。
「さっきの影……ズレてたやつがいたよね。それを——」
「当てにならない」
修司が遮る。きっぱりと。
「もう増えてる。今の数自体が信用できない」
その言葉で、希望が消える。指標がなくなる。何も信じられない。
沈黙。風の音だけが通り過ぎる。でもその風すら、どこか遠い。自分だけ、少し違う場所にいるような感覚。現実感が薄い。手の感覚も鈍い。指先を握る。ちゃんと動く。でも——“自分のものじゃない”気がする。ふと、そんな考えがよぎる。慌てて打ち消す。違う。そんなはずない。自分は——自分だ。
「……一つ、方法がある」
修司が言う。ゆっくりと。言葉を選ぶように。
「記憶を辿る」
「……記憶?」
健太が眉をひそめる。
「最初に、この村に来たとき。人数。順番。会話。全部、思い出す」
頭が少しだけクリアになる。確かに。“増えた”なら、どこかに違和感があるはず。最初からじゃない限り。
「……やるしかないか」
健太が言う。渋々と。でも拒否はしない。それしかないから。
目を閉じる。ゆっくりと記憶を辿る。バス。古びた車内。揺れる窓。曇った空。隣に座っていたのは——……誰だ? 一瞬、思考が止まる。いや、いる。ちゃんといる。思い出せるはずだ。焦るな。順番に。一つずつ。
——健太。これははっきりしている。ずっと騒いでいた。声も仕草も鮮明だ。
——美咲。少し静かで、でも笑うと柔らかい。神社の前で怯えていた顔も浮かぶ。
——修司。冷静で、状況を整理する役。今も変わらない。
そして……もう一人。
自分……?
思考が止まる。“自分”って。どういう順番だ? 最初から、いた? 途中で合流した? ……いや。そんなはずない。最初から——
「……なあ」
健太の声で現実に引き戻される。
「思い出せたか?」
「……ああ」
修司が答える。
「だいたいは」
「……お前は?」
視線がこちらに向く。心臓が跳ねる。答えないと。でも、何を?
「……うん」
口が勝手に動く。
「大丈夫」
嘘だ。全然、大丈夫じゃない。でも言えない。言った瞬間、“何かが決まる”。
「……じゃあ確認する」
修司が言う。全員の顔を順番に見る。
「最初、バスに乗ってたのは四人。俺、健太、美咲——」
そこで、わずかに間が空く。
「……お前」
こちらを見る。その視線に違和感がある。ほんの少しだけ。“確信がない”。そんな目。
「……そうだよな?」
確認するような言い方。その一言で胸の奥がざわつく。
「……うん」
頷く。自然に。でも、どこかで思っている。
——本当に?
そのとき。
——ふっ。
記憶が、一瞬だけ飛ぶ。ほんの一瞬。でも確実に。“空白”があった。
「……っ」
息を飲む。今のは何だ? 思い出そうとしていた部分が抜け落ちた。まるで——最初から存在しなかったみたいに。
「……どうした?」
美咲が覗き込む。その顔が少し遠く感じる。焦点が合わない。
「……いや。なんでもない」
また嘘をつく。でも、もう自分でもわからない。何が本当で、何が嘘なのか。
ふと、思う。
もし。“増えたのが自分だったら”。
その考えが頭に浮かんだ瞬間、全身の血が冷たくなる。否定したい。でも根拠がない。“最初からいた証拠”が、どこにもない。思い出せない。決定的な記憶が。
「……決めるぞ」
修司の声が現実に引き戻す。低く、迷いのない声。
「誰か一人を、切る」
空気が凍る。その言葉は、もう比喩じゃない。現実だ。
「……ちょっと待ってよ!」
美咲が叫ぶ。
「そんなの……!」
「時間がない」
修司が遮る。
「増え続ける。今、止めないと終わる」
正論。冷酷なほどに正しい。
視線が交差する。疑い。恐怖。そして——計算。誰を選ぶか。誰を“外すか”。その思考が全員の中に生まれている。わかる。見える。空気で。
その中で。一番強く感じる視線。
——こちらに向いている。
修司。健太。美咲。三人とも。ほんのわずかに。でも確実に。“疑っている”。
理由はわかる。自分でも、疑っているから。
喉が乾く。声が出ない。何か言わないと。でも何を言えばいい? “自分は本物だ”と証明する方法なんて——ない。
風が吹く。冷たい。影が揺れる。数は——もう、見ない。見たら終わる気がする。
「……最後に聞く」
修司が言う。静かに。でも逃げ場はない。
「お前、本当に——」
一拍。心臓の音だけが響く。
「最初から、いたか?」
答えが、出ない。口が動かない。頭の中が真っ白になる。記憶が掴めない。どこにも——“確信”がない。
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