最初からいた 第11話
——五つ。地面に落ちた影が揺れている。曇り空の下、光は弱いはずなのに、それでも影だけは妙に濃く、くっきりと浮かび上がっていた。ひび割れた土の上に黒が染み込むように広がり、風が吹くたびに影の輪郭がわずかに歪む。その歪みが、生きているみたいに見えた。胸の奥がざわつく。皮膚の表面がひりつく。
「……五つ……」
健太が呟く。声が乾いている。喉がうまく動いていない。
「……俺ら、四人だよな?」
誰も答えない。答えた瞬間、それが“確定”してしまう気がした。空気が重い。湿っている。さっきまで乾いていたはずの土の匂いが、妙に生臭く感じる。世界がゆっくりと濁っていく。
「……影って」
美咲が言う。目を逸らさずに地面を見つめたまま。
「嘘つかないよね」
その言葉に、全員の意識が引き寄せられる。影。光が作るもの。“存在しているもの”にしか、できない。
「……つまり」
健太が言う。
「本当に、五人いるってことかよ」
その瞬間。
——ぐにゃり。
影の一つが、わずかに遅れて動いた。ほんの一瞬。でも、確かに。
「……今」
美咲の声が震える。
「ズレた……」
「……ああ」
修司も見ている。眉間に深い皺が寄っている。
「完全に一致してない」
つまり——“同じように見せている何か”。
修司がゆっくりと足を動かす。一歩。影も動く。五つとも。だが、一つだけ、ほんのわずかに遅れる。遅れて、ついてくる。
「……これだ」
修司が言う。低く、確信を含んだ声。
「“ズレてる影”が、余分なやつだ」
心臓が強く跳ねる。見つけた。ついに。“増えたやつ”。
「……どれ」
健太が聞く。全員の視線が地面に集中する。呼吸が揃う。ゆっくりと影を追う。一歩。二歩。そして——見つける。微妙に遅れる影。輪郭がほんの少しだけぼやけている。地面との“馴染み方”が違う。
「あれだ……」
美咲が指さす。指先が震えている。でも、その方向ははっきりしている。全員が頷く。——あれが、“五人目”。
そのとき。
——ぴたり。
風が止まる。空気が急に重くなる。さっきまで揺れていた影が、すべて静止する。まるで、何かに“気づかれた”みたいに。
「……まずい」
修司が呟く。
「見つけたのが、バレた」
その言葉と同時に——ズレていた影が、ゆっくりとこちらを向いた。影なのに。“顔”があるみたいに。視線を感じる。ぞっとする。背中が冷たくなる。
「……なあ」
健太がかすれた声で言う。
「影って……こっち向くもんだっけ……?」
答えは、誰も持っていない。
——スッ。
影が伸びる。地面の上を滑るように。こちらへ。一歩も動いていないのに、距離が縮まる。
「……離れろ!」
修司が叫ぶ。全員が反射的に後ろへ下がる。でも影はついてくる。距離が縮まる。影と足が重なりそうになる。
「……触るな!」
修司の声が鋭くなる。
「接触はまずい!」
理由はわからない。でも、本能的に理解する。——触れたら終わる。
後退る。一歩。二歩。足元の土が崩れる。視界が揺れる。でも影は確実に追ってくる。地面を這うように。逃げ場を塞ぐように。
「……っ」
そのとき、ふと気づく。自分の影。その動きが——ほんの一瞬、遅れた。
「……え」
息が止まる。今のは気のせい? もう一度足を動かす。影がついてくる。普通に見える。でも、ほんのわずかに遅れている気がする。
「……どうした」
修司が聞く。その視線がこちらに向く。全員の視線が集まる。逃げられない。隠せない。
「……いや」
喉が乾く。
「なんでもない」
嘘だ。でも言えない。言った瞬間、“決まる”。
——ぴたり。
影の動きが止まる。すべての影が、同時に。風も止まる。音が消える。世界が凍る。
そして。
影が——増えた。
「……は?」
健太の声が漏れる。地面。そこに影が——六つ。
「……なんで」
美咲が後ずさる。
「さっき、五つだったのに……」
修司の顔が青ざめる。
「……違う」
低く言う。
「増えたんじゃない」
一拍。間を置いて。
「“見えるようになった”だけだ」
その言葉が静かに落ちる。
理解が追いつかない。でも、一つだけはっきりしている。最初から、“もっといた”。ただ、認識していなかっただけ。
「……ねえ」
美咲が震えながら言う。
「もし……最初から、混ざってたら……」
その先は言わない。でも、わかる。——誰が“本物”なのか。
風が戻る。今度は冷たい。骨の中まで入り込むような冷たさ。影がまた揺れる。六つ。いや——よく見ると、七つある気がした。風が刺すように冷たい。肌に触れるたびに、自分の輪郭が削れていくような感覚があった。
地面には影がある。六つ。——いや。見ようとすると数が揺れる。視線を逸らした瞬間に増えている気がする。もう、正確な数なんて意味がない。
「……どうする」
健太が言う。声が低い。押し殺しているのがわかる。
「このままじゃ、全員やられる」
“全員”。その言葉が妙に引っかかる。本当に“全員”なのか? その中に、“余分な誰か”は含まれているのか?
「……排除するしかない」
修司が言った。静かに。でも、はっきりと。その一言で空気が変わる。冷たいだけじゃない。張り詰めた、尖ったものに変わる。
「……排除って」
美咲の声が震える。
「どういう意味……?」
わかっている。でも聞かずにはいられない。確認しないと、現実として受け入れてしまいそうで。
「そのままの意味だ」
修司は目を逸らさない。
「“増えたやつ”を消す」
簡単に言う。簡単すぎるほどに。その言葉の重さが逆に現実味を失わせる。でも、それしかないという空気がある。
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