最初からいた 第7話
神社に戻ったとき、空気はさらに重く沈んでいた。曇り空は変わらないのに、さっきより暗く、時間が進んでいるはずなのに逆に後ろへ沈んでいくような、世界そのものが少しずつ色を失っていくような感覚があった。
「……ここならいいか」
修司が言う。拝殿の前。昨日と同じ場所のはずなのに、もう“同じ”とは思えなかった。空気の密度が違う。音が吸い込まれていく。
「……で」
健太が腕を組む。
「どうやって確認すんだよ」
「記憶を出し合う。同じ出来事を同じように覚えてるか。ズレてるやつがいれば、そこが怪しい」
「……なるほどな」
健太が頷く。
「じゃあ、簡単なとこからいくか」
「いいね」
美咲も同意する。わずかに緊張が緩むが、それは嵐の前の静けさにすぎなかった。
♢♢♢
「小学校のときの話。運動会」
修司が言う。
「あー、あったな」
健太が笑う。
「リレーで転んだやつ」
「それ、健太でしょ」
美咲が即座に突っ込む。
「違うって、修司だろ」
「いや、俺じゃない」
「え?」
一瞬、空気が止まる。風も音も、全部。
「……どっちだよ」
「俺じゃない。転んだのは——」
修司は一瞬こちらを見て、
「亮だろ」
と言った。心臓が跳ね、胸の奥で嫌な熱が広がる。
「……は?」
「違う。俺じゃない」
「いや、亮だったって」
健太が言う。
「ほら、膝擦りむいて泣いてたじゃん」
「泣いてない。そもそも転んでない」
「……は?」
健太の顔が変わる。疑いの色が濃くなる。
「いやいや、覚えてるって」
「俺も」
美咲が言う。
「保健室行ったよね」
「行ってない。そんな記憶、ない」
空気が張り詰め、肌に刺さる。
「……じゃあ」
修司が言う。
「転んだの、誰だと思ってる?」
「……知らない。そんなの、記憶にない」
その瞬間、三人の表情がわずかに歪んだ。
“決定的にズレた”という確信が、全員に伝わった。
♢♢♢
「……やっぱり」
健太が呟く。
「お前、おかしいって」
「は?」
「だってよ。三人一致してるのに、お前だけ違うんだぞ?」
「それは——」
言葉が詰まる。喉が固まる。
「記憶違いかもしれないだろ」
「三人が同じ間違いするか?」
返せない。胸の奥が冷たくなる。
「……次いこう」
修司が言う。冷静だ。冷静すぎて、逆に怖い。
「中学のとき。文化祭。お化け屋敷やったよね」
「あー」
美咲が頷く。
「楽しかった」
「……覚えてるか?」
修司がこちらを見る。
「もちろん」
即答する。これは覚えている。はっきりと。
「じゃあ、最後どうなった?」
「……え?」
「終わり方」
一瞬考え、答える。
「……途中で中止になった」
三人の表情が止まる。まるで時間が止まったみたいに。
「……は?」
健太が言う。
「最後までやっただろ」
「優勝したじゃん」
「え?」
頭が真っ白になる。
世界が一瞬、揺れた気がした。
「いや、途中で停電して、客帰って——」
「そんなことなかった」
美咲が言う。
「最後まで大成功だったよ。写真もあるし」
「……嘘だろ」
思わず漏れる。
でも、その瞬間、理解した。
——どっちかが間違ってるんじゃない。
——どっちかが“違う世界”を覚えている。
「……違う」
小さく呟く。
「……何が?」
修司が聞く。
「記憶が違うんじゃない。“出来事”が違う」
自分でも何を言っているのかわからない。
でも、それしか説明がつかない。
「……は?」
健太が眉をひそめる。
「何言ってんだ」
「だって、俺の中では中止になってるんだ。はっきり覚えてる。停電して、真っ暗になって……怖かった」
そこまで言って気づく。
三人の視線。
完全に“異物を見る目”。
♢♢♢
「……決まりだな」
健太が低く言う。
「何が」
「お前だよ。余分なのは」
空気が凍りつく。
「……やめて」
美咲が言うが、その声は弱い。
「まだわかんないじゃん」
「いや、わかるだろ。全部ズレてんの、こいつだけだぞ」
「でも——」
「じゃあ逆に聞く」
健太が詰める。
「俺ら三人が“偽物”だと思うか?」
言葉が出ない。
喉が閉じる。
「……だろ?」
健太は一歩近づく。足音がやけに重い。
「じゃあ答え出てんじゃねぇか」
足が自然と下がる。逃げ場がない。
「……違う。俺は……俺は、本物だ」
その言葉は、自分でも驚くほど弱かった。
「証明できるか?」
修司が静かに言う。
「……え」
「“自分が本物だ”って。証明できる?」
何も言えない。
そんなもの、誰にもできない。
♢♢♢
沈黙。重い沈黙。
そのとき。
——カサ。
足元で音がした。全員が同時に下を見る。落ち葉がわずかに動いていた。風はない。なのに、まるで誰かが踏んだみたいに。
「……いる」
美咲が震える声で言う。
「まだ……いる」
見えない“何か”。
それが、すぐ近くにいる。
「……なあ」
健太が言う。
「これさ」
ゆっくりと笑う。引きつった笑み。目だけが笑っていない。
「もしかして」
その目が俺を捉える。
「もう一人じゃねぇんじゃね?」
その言葉が空気を裂く。背筋が凍る。
「……増えてる?」
美咲が呟く。
「……ありえる」
修司が答える。
「さっき、亮も言ってた。“増えている気がする”って」
現実になろうとしている。
「……じゃあ」
健太が言う。
「急がないとまずくね?」
その視線は完全に俺に向いていた。
「とりあえず一人減らそうぜ」
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