最初からいた 第6話
「……一人、多いって」
美咲の声が、かすれて揺れた。喉の奥で言葉がほどけていくような、不安のにじむ声だった。
「そんなわけ——」
「ある」
修司が、はっきりと言った。
その一言が、部屋の空気を一段冷たくする。
全員が息を呑む。
吸い込んだ空気が、胸の奥で重く沈む。
「今、数えよう」
冷静すぎる声だった。
その冷静さが、逆に恐怖を煽る。
「ちゃんと、順番に」
「……お、おう」
健太が頷く。
だが、その目は落ち着いていない。瞳が揺れ、焦点が定まらない。
「じゃあ……俺からいく」
健太が指を立てる。
その指先が、わずかに震えていた。
「一人」
自分を指す。
「二人」
修司。
「三人」
美咲。
そして——一瞬、止まる。
ゆっくりと、こちらを見る。
「……四人」
俺。
本来なら、そこで終わる。終わる“はず”の数だった。なのに、全員の視線が、同時に“同じ方向”へ吸い寄せられる。
俺の、横。
「……え」
何もない。
はずだ。
でも。“いる”。
そうとしか思えない空気。
空間の歪み。
視界の端で、何かが揺れた気がした。
“そこに立っている”という確信だけが、理由もなく胸に刺さる。
「……誰」
美咲が、震える声で言う。
「誰が……いるの?」
答えはない。
でも、確かにそこに“存在”がある。
見えないのに、気配だけが濃い。
その濃さが、逆に輪郭を想像させる。
「……ふざけんなよ」
健太が後ずさる。
畳がわずかに軋む。
「見えねぇのに、数だけ合うってどういうことだよ」
「……落ち着け」
修司が言う。
だが、その声もわずかに揺れている。
落ち着こうとしているのが、逆にわかる。
「これは……たぶん」
言葉を選ぶ。
慎重に、慎重に。
「“認識”の問題だ」
「は?」
「見えてないだけで、いる」
その説明は、妙に納得できてしまった。
だからこそ、怖い。
“見えない存在”が、最も恐ろしい。
「じゃあよ」
健太が言う。
「それって、誰なんだよ」
答えられるはずがない。
誰も、言葉を持っていない。
「……決めるしかない」
修司が、ぽつりと言った。
「誰が“余分”か」
「は?」
美咲が顔を上げる。
その目が、恐怖で濡れている。
「何言ってるの」
「このままだと」
修司は続ける。
「ずっと四人+一人のままだ」
「長老の紙」
ポケットから取り出す。
紙が、湿った空気の中で重く感じる。
『四人で確認しろ』
「つまり」
修司の目が、鋭くなる。
「四人に“戻せ”ってことだ」
その意味が、ゆっくりと染み込んでくる。
理解したくないのに、理解してしまう。
「……戻すって」
健太が言う。
「どうやって」
「排除する」
静かな声。
だが、はっきりとした言葉。
その静けさが、逆に残酷だった。
空気が、凍る。
「……冗談だろ」
俺が言う。
「冗談じゃない」
修司は即答した。
迷いがない。
「だって、そうしないと解決しない」
「誰か一人を“いなかったこと”にする」
背筋が、冷たくなる。
その言葉が、現実味を帯びて迫ってくる。
「……そんなの」
美咲が首を振る。
「できるわけないじゃん」
「じゃあこのままでいいの?」
修司が言う。
「見えない“誰か”が増え続けるかもしれない」
「それでもいい?」
言葉に詰まる。
否定できない。
“増える”という可能性が、妙にリアルだった。
「……待てよ」
健太が口を挟む。
「でも、それってさ」
ゆっくりと、周りを見る。
「“俺たちの中にいる”って前提だろ」
「もしかしたら」
声が、低くなる。
「最初から混ざってたやつがいるんじゃねぇの?」
その一言で、空気が完全に変わる。
視線。
疑い。
全員が、全員を見る。
「……やめてよ」
美咲が言う。
「そんなの——」
「じゃあ証明しろよ」
健太が被せる。
「お前が“元からいる”って」
「え……?」
「俺もそうだ」
健太は続ける。
「修司も、たぶんそう」
「でも」
ゆっくりと、俺を見る。
「亮、お前さ」
心臓が、止まりそうになる。
「昨日から、変じゃね?」
「……は?」
「長老知らなかったり」
「記憶抜けてたり」
「さっきの店でも」
言葉が、突き刺さる。逃げ場がない。
「……それは」
言い返そうとする。でも、言葉が出ない。喉が固まったように動かない。
「ほらな」
健太が言う。
「やっぱり——」
「やめろ」
低い声で言ったのは、修司だった。
健太が口を止める。
「決めつけるな」
修司は静かに言う。
「証拠がない」
「でもよ——」
「だからこそ」
修司は続ける。
「ちゃんと“確認”する必要がある」
紙を見せる。
『四人で確認しろ』
「方法があるはずだ」
「長老は、それを伝えようとしてた」
確かに。
だから、この紙を残した。
「……じゃあ」
美咲が言う。
「どうするの」
修司は少し考えてから、言った。
「一度、整理しよう」
「それぞれの“記憶”を」
「共通してる部分と、ズレてる部分」
「そこにヒントがあるかもしれない」
「……なるほどな」
健太が頷く。
「で?」
「場所を変えよう」
修司が言う。
「ここじゃ落ち着かない」
確かに、この家は異様すぎる。空気そのものが、何かを孕んでいる。
「神社に戻ろう」
その言葉に、全員が頷いた。
♢♢♢
長老の家を出るとき。ふと、振り返る。
開いたままの戸。暗い中。誰もいないはずなのに——誰かが、立っている気がした。数えられない“何か”が。
「……行くぞ」
健太の声で、我に返る。
前を向き、歩き出す。
でも、そのときはっきりと感じた。
さっきまでより——“増えている”。
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