最初からいた 第5話
その夜。俺は、また夢を見た。
暗い場所で誰かがいる。一人じゃない。二人でもない。三人、四人……五人。
その“数”だけが、妙に浮き上がって見えた。暗闇の中で、人数だけが光っているような、そんな不自然さ。
「あれ?」
夢の中で声が出る。自分の声なのに、どこか遠くから聞こえるような、距離のある響き。
子供の声が、暗闇の奥で笑った。笑い声なのに、どこか湿っている。
——増えたね。
その瞬間、胸が跳ね、目が覚めた。心臓が暴れ、汗が皮膚に張り付いている。
寝ていたはずなのに、まるで走ってきた後みたいに息が荒い。
「……はあ……はあ……」
呼吸を整える。暗い。静か。
いつもの部屋のはずなのに、どこか“違う”。
空気の温度が、ほんの少しだけ低い気がする。
その“少し”が、やけに気になった。
何もない。
……本当に?
ふと思う。今、この部屋にいるのは——俺、一人。
その当たり前が、急に頼りなくなる。
“確認しないと信じられない”という感覚が、背中を冷やす。
……本当に?
ゆっくりと視線を部屋の隅へ。
暗闇は形を持たないはずなのに、そこに“輪郭”がある気がした。
目を凝らすほど、逆に見えなくなる。
でも、確かに“いる”。
じっと、こちらを見ている。
「……やめろ」
自分に言い聞かせるように呟く。声が震えているのがわかった。
そのとき。
——コツ。
すぐ後ろ。耳のすぐ近く。
皮膚の表面が、音より先に反応した。
振り向いても誰もいない。
でも、確かに“いた”。
そこにあった気配が、まだ背中に貼り付いている。
♢♢♢
翌朝。目を開けた瞬間、昨日の言葉が蘇る。
——一人、多いな。
あれが、喉の奥に刺さったまま抜けない。
思い出すたび、刺さる角度が変わって痛みが増す。
「……夢じゃないよな」
曇り空。重たい色。
まるで空そのものが、何かを隠しているようだった。
光が弱いだけで、世界がこんなにも不安に見えるのかと驚く。
時計は八時前。
約束していないのに、全員が同じ場所に向かうだろうとわかる。
“行かなきゃいけない”という気持ちが、胸の奥で重く沈んでいる。
長老のところへ——もう一度。
顔を洗いながら考える。
四人……一人多い。じゃあ——誰が?
考えれば考えるほど、頭の中の人数がぐらつく。
昨日の記憶が、ところどころ薄くなっている気がする。
「……バカらしい」
否定する声が弱い。
もし本当にそうなら、“増えた一人”は今も俺たちの中にいる。
その想像だけで、背筋が冷たくなる。
「……やめろ」
考えを切る。
切ったはずなのに、胸の奥でざわつきが残る。
“考えるな”と言われるほど、頭が勝手にそっちへ向かう。
♢♢♢
神社の前。三人ともすでに来ていた。
全員、顔色が悪い。眠れていない。
目の下の影が、まるで“何かに触れた証拠”みたいに見える。
「おはよう」
美咲の声が、妙に軽く響く。
その軽さが、逆に不自然だった。
「……おはよう」
健太と修司が頷く。その動きすら重い。
誰も言わないけれど、全員が“何かを見た顔”をしている。
「……行くか」
修司の言葉に、誰も逆らわない。
逆らう理由も、勇気もなかった。
♢♢♢
長老の家へ向かう道。昨日よりも静かだ。
いや——昨日も、こんなに静かだったか?
“思い出せない”という事実が、じわじわと怖い。
「……なあ」
健太が言う。
「こんなに静かだったっけ」
「……どうだろ」
美咲が曖昧に答える。
「覚えてない」
その言葉が、空気をひやりとさせた。
まただ。
“覚えていない”が増えていく。
まるで、誰かが少しずつ記憶を削っているみたいに。
「……まあいい」
健太が無理に話を切る。
「もうすぐだろ」
前方に古い家が見える。
だが——
「あれ」
修司が立ち止まる。
「なんか……」
門が開いていた。昨日は閉まっていたはずだ。
風で揺れる音が、やけに大きく聞こえる。
その揺れが、まるで“誰かが通った直後”のように見えた。
「……おい」
健太が低く言う。
「これ、さ」
「……行こう」
修司が先に進む。
止める理由は、誰にもなかった。
止めたところで、何も変わらない気がした。
♢♢♢
庭に入る。昨日と同じ景色のはずなのに、空気が濁っている。重い。
玄関の戸も、わずかに開いていた。
その隙間から漏れる暗さが、まるで中から外へ滲み出しているようだった。
「……入るぞ」
修司の声に返事はない。
だが全員がついていく。
戸を開ける。
——ギィ。
その音が、家の奥まで沈んでいくように響いた。
「……長老」
呼びかけても返事はない。
昨日よりも暗い。湿気が肌にまとわりつく。
空気が“動いていない”感じがした。
「……っ!」
美咲が息を呑む。
奥の部屋。昨日、長老が座っていた場所。
そこに——倒れている。
「……おい」
健太の声が震える。
「……嘘だろ」
近づくたび、現実が形を持って迫ってくる。
長老の体。動かない。
開いたままの目が、天井を見ている。
その目が、“何かを見たまま”止まっているように見えた。
首は、不自然な角度に折れていた。
その角度が、どう見ても“自分で倒れた”ものではなかった。
「……死んでる」
修司が静かに言う。
その静けさが、逆に恐ろしい。
誰も声を上げない。
声を出したら、何かが動き出しそうで。
「……は?」
頭が追いつかない。
「なんで」
昨日まで生きていた。話していた。
なのに。
「……誰か、やったのか」
健太の呟きが、部屋の空気をさらに重くする。
誰かが殺した。
この中の——
「……違う」
美咲が首を振る。
「そんなの、ありえない」
「でもよ」
健太が言い返す。
「ここ、他に誰もいねぇだろ」
「鍵も開いてたし」
「じゃあ、誰が——」
「やめて」
美咲の声が、ひび割れたように響く。
そのとき。
「……待って」
修司が低く言った。
全員が止まる。
「これ」
長老の手。指が何かを掴んでいる。
その指先が、まだ力を入れているように見えた。
「……紙?」
震える手で取り出す。小さく折りたたまれた紙。
開く。
震えた字。
『四人で確認しろ』
「……は?」
意味が、すぐには形にならない。
頭の中で言葉がばらばらに散っていく。
「四人って……」
健太が言う。
「俺たちのことか?」
「たぶん」
修司が頷く。
「でも、“確認”って何を」
そのとき。
胸の奥で、何かが“ずれた”。
世界の輪郭が、ほんの少しだけ歪んだ気がした。
「……なあ」
俺は、ゆっくりと言った。
「今」
三人が、こちらを見る。
「……俺たち」
喉が乾く。
「何人いる?」
沈黙。
その沈黙が、答えより先に恐怖を連れてくる。
健太が、ゆっくりと周りを見る。
俺。美咲。修司。そして——
「……四人だろ」
そう言いながら、健太の顔がわずかに歪む。
理解したくない何かが、表情に滲む。
「……え?」
美咲が声を漏らす。
「ちょっと待って」
修司も周りを見る。
「……今」
空気が、音を失う。
「……一人、多くないか?」
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