最初からいた 第4話
食事の味は、ほとんど覚えていない。何を食べたのかも曖昧だ。ただ、会話だけが頭に残っている。
修司の言葉。
——“最初から知らない感じ”。
それが、ずっと引っかかっていた。
♢♢♢
店を出たあと、しばらく誰も話さなかった。昼の光は明るいはずなのに、妙に白っぽくて現実感が薄い。
足音だけが、やけに大きく響く。
「……なあ」
最初に口を開いたのは、健太だった。
「行くか」
「どこに」
美咲が聞く。
「長老のとこ」
その言葉に、空気が変わる。
「……長老って」
俺が聞く。
「誰だよ」
三人が、またこちらを見る。
その視線には、今までとは違うものがあった。
戸惑い。そして、ほんの少しの——警戒。
「マジで言ってる?」
健太が言う。
「……知らない」
正直に答える。
「昔からいたろ」
美咲が言う。
「村のこと全部知ってる人」
「お前、めっちゃ怖がってたじゃん」
健太が笑う。
でも、その笑いは少し引きつっている。
「……そうなのか」
頭の中を探る。でも、やっぱり出てこない。
“長老”なんて人物の記憶は。
「……行けば思い出すかもね」
修司が言う。
「とりあえず、聞くだけ聞こう」
「だな」
健太も頷く。
「昨日の話もあるし」
「鬼ごっこのやつ?」
俺が聞くと、三人は無言で頷いた。
♢♢♢
長老の家は、村の外れにあった。
他の家よりも古く、周囲だけ時間が止まっているように見える。門の前に立ったとき、妙な圧迫感を感じた。
「……ここ?」
「ああ」
健太が答える。
「変わってねぇな」
「入るよ」
修司が先に門を開けると、きい、と軋んだ音が響く。
庭には手入れのされていない木々が生い茂っていた。風もないのに、枝がわずかに揺れている。
気のせいか?
いや——見ていると、確かに動いている。
「……なんか嫌な感じだな」
思わず呟く。
「昔からだよ」
美咲が小さく言う。
「ここだけ、空気が違うの」
玄関の前に立つ。
修司がノックする。
——コン、コン。
返事はない。もう一度。
——コン、コン。
「……いないのか?」
健太が言いかけた、そのとき。
「……いる」
内側から、低い声がした。
全員の背筋が、同時に伸びる。
「入れ」
短い一言。
修司が、ゆっくりと戸を開けた。
♢♢♢
中は暗かった。昼間なのに、ほとんど光が入っていない。古い畳の匂いと、どこか湿った空気。
そして——
「……来たか」
奥に、老人が座っていた。
細い体に深く刻まれた皺。目だけが、異様に鋭い。
「久しぶりだな」
その視線が、一人ずつをなぞる。
健太。
美咲。
修司。
そして——俺のところで、止まった。
「……」
何も言わない。見透かすように、ただ見ている。
心臓が、強く鳴る。
「……あの」
修司が口を開く。
「少し、聞きたいことがあって」
「わかっている」
長老は遮るように言った。
「鬼ごっこの話だろう」
その一言で、空気が張り詰める。
「……はい」
修司が頷く。
「昨日、久しぶりにその話をして」
「気になって」
美咲が続ける。
「本当なのかって」
「本当だ」
即答だった。迷いは、一切ない。
その言葉に、全員が黙る。
「この村ではな」
長老は、ゆっくりと言葉を続ける。
「鬼ごっこをしてはならない」
静かな声。でも、重い。
「鬼が混ざるからだ」
「……それって」
健太が言う。
「本当に“増える”んですか」
「増える」
また、即答。
「一人な」
俺の喉が、ひくりと動く。
「そして」
長老は続ける。
「誰が増えたのかは、わからない」
昨日聞いた話と、同じ。でも、ここで聞くと、重みが違う。
「……なんでわからないんですか」
俺は、思わず聞いていた。
長老の目が、こちらを向く。
「なぜなら」
ゆっくりと。
「最初からいたことになるからだ」
背中に、冷たい汗が流れる。
「記憶も、記録も、すべてな」
完全に一致する。俺の違和感と。
「……じゃあ」
修司が言う。
「元に戻す方法はあるんですか」
その質問に長老は、考えるように初めて少しだけ目を細めた。
いや——迷うように。
「……ある」
その一言に、全員が息を呑む。
「本当ですか!」
健太が身を乗り出す。
「教えてください」
長老は、すぐには答えなかった。代わりに、ゆっくりとこちらを見る。
全員を、順番に。
そして、最後に——俺を。
「……今、何人いる」
唐突な質問だった。
「え?」
健太が戸惑う。
「四人ですけど」
「そうか」
長老は、小さく頷く。
「ならば」
少しだけ、口元が動く。
「一人、多いな」
空気が、凍りついた。
「……は?」
健太が声を上げる。
「何言って——」
「今日は帰れ」
長老は、遮るように言った。
「明日、また来い」
「いや、今——」
「明日だ」
強い口調だった。
それ以上、言わせない圧がある。
「……」
誰も反論できなかった。ただ、その場に立ち尽くす。
「帰れ」
もう一度。今度は、さらに低い声で、修司がゆっくりと頷いた。
「……わかりました」
「行こう」
美咲が小さく言う。
健太は納得していない顔だったが、それでも何も言わずに立ち上がった。
俺も、無言でそれに続く。
♢♢♢
外に出た瞬間、空気が一気に軽くなった。まるで、水の中から顔を出したみたいに。
「……なんだよ、あれ」
健太が吐き捨てる。
「一人多いって」
「冗談じゃないよね」
美咲も不安そうに言う。
「でも」
修司が静かに言った。
「“ある”って言ってた」
その一言で、全員が黙る。
「方法」
修司が続ける。
「元に戻す方法」
はっきりと、確かにそう言った。
「……明日だな」
健太が言う。
「あのジジイ、もったいぶりやがって」
「でも」
美咲が不安そうに空を見上げる。
「なんか……嫌な感じ」
俺も、同じだった。胸の奥が、ざわついている。理由はわからない。でも——このままでは、終わらない気がする。
そんな予感だけが、はっきりとあった。
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