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ホラー短編集  作者: 倉木元貴


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最初からいた 第3話

 翌朝、目が覚めたとき——一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。


 見慣れない天井。いや、違う。見慣れているはずなのに、思い出すのに時間がかかる。


「……ああ」


 ゆっくりと起き上がる。

 実家だ。帰ってきたんだった。


 畳の匂い。

 少し軋む床。

 開けっぱなしの障子から入る朝の光。


 全部、知っているはずのものなのに、どこか他人の家みたいだった。


 頭が重い。夢を見ていた気がする。

 でも、内容が思い出せない。

 ただ——数を数えていた気がする。


 一人。

 二人。

 三人。


 ……その先が、曖昧だ。


「……気持ち悪いな」


 小さく呟く。


 そのとき、ふと気づく。

 部屋の隅に昔の写真立てが置いてある。何気なく手に取った。写っているのは——俺たちだ。


 子供の頃に、神社の前で撮った写真。

 楽しそうに、みな笑っている。


 一人。

 二人。

 三人。

 四人。


「……」


 見慣れたはずの顔。


 健太。

 美咲。

 修司。

 ——俺。


 四人。


 それで合っている。なのに、どうしても違和感が消えない。

 写真の中の“俺”を、じっと見る。


「……こんな顔だったか?」


 記憶の中の自分と、微妙にズレている。

 もっと——なんというか。


 違う気がする。うまく言えない。でも、確かに。


「……誰だよ」


 思わず、口に出していた。

 その瞬間。


 ——カタン。


 背後で音がして、反射的に振り向く。

 障子が、わずかに揺れている。


 風か?


 いや、風はない。さっきまで、静かだった。


「……誰かいるのか」


 声をかけるが、返事はない。

 ゆっくりと立ち上がるり、障子に近づく。


 引手に手をかけ、開ける。


 ——誰もいない。


 廊下が、まっすぐ伸びているだけ。

 異様なほどに静かだ。


「……なんだよ」


 自分で自分に言い聞かせる。

 気のせいだ。そうに決まってる。でも、確かに“気配”があった。さっきまで、ここに誰かいたような。


 そのとき。


「亮ー?」


 下から声がした。

 健太だ。


「起きてるかー?」


「……ああ」


 少しほっとしながら答える。


「今行く」


 写真を元の場所に戻す。

 一瞬だけ、視線が止まる。


 四人。


 ……本当に?


 それ以上考えるのをやめて、部屋を出た。


 ♢♢♢


 居間に行くと、三人がすでに集まっていた。


「遅ぇよ」


 健太が言う。


「もう昼近いぞ」


「そんな寝てたか」


「ぐっすりだったな」


 修司が笑う。


「呼んでも起きなかったし」


「……呼ばれた覚えないけど」


「え?」


 三人が同時にこちらを見る。


「呼んだよ」


 美咲が言う。


「さっき」


「二回くらい」


 健太も続ける。


「全然反応なかったけど」


 背筋が、ひやりとする。


「……いや」


 首を振る。


「聞いてない」


「マジで?」


「マジで」


 ほんの一瞬だけ沈黙する。でも、その間がやけに長く感じた。


「まあいいや」


 健太が空気を切るように言う。


「とりあえず飯行こうぜ」


「うん」


 美咲も頷く。

 修司は、何かを確かめるように少しだけこちらを見ていた。でも、すぐに視線を外した。


 ♢♢♢


 村の食堂は、昔と変わっていなかった。


 古い木の扉。

 少し暗い店内。

 油と出汁の混ざった匂い。


 懐かしいはずなのに、やっぱりどこかしっくりこない。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から声がした。


 店主のおばさんだ。


 昔から変わらない。


 ……いや。


 少し老けたか。


 それは当然か。


 四年も経っているんだから。


「あら」


 おばさんがこちらを見る。


 目が、止まる。


「……あんたたち」


 ゆっくりと近づいてくる。


「久しぶりだねぇ」


「お久しぶりです」


 修司が丁寧に頭を下げる。


「元気だった?」


「まあまあ」


 健太が答える。


「そっちは?」


「なんとかね」


 おばさんは笑う。


 でも、その目が——


 俺のところで、止まった。


「……あれ」


 小さく呟く。


「どうかしました?」


 俺が聞くと、おばさんは首をかしげた。


「いや……」


 じっと、俺を見る。


「こんな子、いたっけ?」


 空気が、凍りついた。


「は?」


 思わず声が出る。


「何言ってるんですか」


 健太が笑う。


「こいつ、亮ですよ」


「ほら、一緒に遊んでた」


「……ああ」


 おばさんは、曖昧に頷く。


「そうだっけねぇ」


 でも、その視線はまだ俺に向いたままだ。


「なんか……違う気がして」


 背中に、冷たい汗が流れる。


「いやいや」


 美咲が少し強い口調で言う。


「昔からこのメンバーでしたよ」


「……そうかい」


 おばさんは、ようやく視線を外した。


「歳とるとね、物忘れがひどくて」


 そう言って、奥に引っ込む。


 注文を取りに行っただけだ。


 それだけなのに。


 場の空気は、完全に変わっていた。


「……気にすんな」


 健太が言う。


「ただのボケだろ」


「……ああ」


 頷く。


 でも。


 本当にそうか?


 さっきの目は——


 “思い出せない”目じゃなかった。


 “知らない”目だった。


「……ねえ」


 美咲が小さく言う。


「さっきの」


「ん?」


「気にしすぎだよ」


 俺に向かって言っている。


 はっきりと。


「……別に」


「気にしてる顔してる」


 即答だった。


「してねぇよ」


「してる」


 そのやり取りに、修司が口を挟む。


「まあ、でも」


 少し考えるように言う。


「違和感あるのは、確かかもね」


「は?」


 健太が眉をひそめる。


「何が」


「亮のこと」


 空気が、また冷える。


「ちょっと」


 美咲が低く言う。


「やめなよ」


「いや、責めてるわけじゃなくて」


 修司は落ち着いた声で続ける。


「なんていうか……」


 一瞬、言葉を探す。


「“覚え方”が、他と違う気がする」


 その言葉が、妙に引っかかる。


「覚え方?」


「うん」


 修司は頷く。


「俺たちってさ、昔のこと共有してるでしょ」


「まあな」


 健太が言う。


「でも亮だけ」


 修司は、静かに言った。


「ところどころ抜けてる」


 心臓が、大きく鳴る。


「……そんなこと」


「あるよ」


 少しだけ迷いながら、被せるように美咲が言う。


「昨日の鬼ごっこの話もそうだし」


「……」


「他にも、ちょっとずつ」


 言葉が続かない。でも、それで十分だった。


「……覚えてないだけだろ」


 無理やり言う。


「四年も離れてたんだし」


「それはそうだけど」


 修司が頷く。


「でもさ」


 その目が、まっすぐこちらを見る。


「“忘れてる”っていうより——」


 一瞬、間が空く。


「“最初から知らない”感じなんだよね」


 言葉が、胸に刺さる。


「……なんだよ、それ」


 笑おうとする。

 でも、うまく笑えない。


「冗談きついって」


「冗談じゃないよ」


 修司は静かに言う。

 その声には、感情がなかった。ただ、事実を述べているだけのような。

 そのとき。


「お待たせ」


 おばさんが料理を持ってきた。

 会話が、途切れる。救われたような、追い詰められたような気分だった。

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