最初からいた 第2話
村に入ると、空気がさらに重くなった。
舗装されていない道。
古い家々。
どこか傾いた塀。
記憶にある景色のはずなのに、微妙に違う。
いや、違うんじゃない。——合わない。
そんな感覚だった。
「とりあえず、どこ行く?」
健太が振り返る。
「飯でも食うか?」
「いいね、私お腹空いた」
美咲が即答する。
「修司は?」
「どっちでも」
「亮は?」
三人の視線が集まる。
一瞬、言葉が出なかった。
「……ああ、俺も」
遅れて答える。
たったそれだけなのに、妙に息苦しい。
「じゃあ決まりな」
健太が歩き出す。
その後ろを、三人が続く。俺は、一歩遅れて歩き出した。
——四人。
頭ではわかっている。やっぱり、四人だ。でも、なぜか数えたくなる。
一人。
二人。
三人。
……四人。
合っている。なのに、数えたあとに、妙な“余り”が残る。
数えきれていない何か。
「……なあ」
思わず声をかける。
「ん?」
健太が振り向く。
「さっきの話なんだけどさ」
「鬼ごっこのやつ?」
「そう」
喉が乾く。
「それって……具体的にどうなるんだ?」
三人が、また足を止めた。
今度は、はっきりと。
風が、吹かない。音が、消える。
「どうなるって」
健太が言う。
「言っただろ」
修司が続ける。
「鬼の子供が混ざる」
美咲が、最後に言った。
「一人、増えるの」
その言葉が、やけに重く響く。
「……増えたら、どうなる」
自分でも、なぜそんなことを聞くのかわからない。
でも、聞かずにはいられなかった。
「どうもならないよ」
健太が軽く言う。
「普通に一緒にいるだけ」
「でも」
修司が続ける。
「誰が増えたのか、わからない」
背筋が、ぞくりとする。
「だってさ」
美咲が言う。
「最初からいたことになるから」
その説明は、妙に納得できた。
だからこそ、気持ちが悪い。
「……じゃあ」
口が勝手に動く。
「元に戻すには?」
一瞬。ほんの一瞬だけ。三人の表情が、固まった。
「……さあな」
健太が目を逸らす。
「そんな話、聞いたことない」
「私も」
美咲もすぐに続く。
「ただの噂だし」
「そうだね」
修司も、柔らかく笑う。
でも、その笑顔が、少しだけ引きつって見えた。
「……そうか」
それ以上は聞けなかった。聞いてはいけない気がした。
空気が、明らかに変わっていたから。
「ほら、行こうぜ」
健太が無理やり明るく言う。
「腹減ったし」
「うん」
美咲も頷く。
修司は何も言わずに歩き出した。
会話が途切れる。さっきまでの軽さが消えていた。
俺は、その後ろを歩きながら考える。
——一人増える。
——誰かわからない。
——最初からいたことになる。
頭の中で、言葉が繰り返される。
そして、気づく。さっきからずっと。
俺は——
“最初から”の記憶を、ちゃんと辿れていない。
「……なあ」
誰にも聞こえない声で、小さく呟く。
俺たち、最初から——四人だったか?
そのとき、前を歩いていた美咲が、ふと振り返った。
「どうしたの?」
「……いや」
とっさに首を振る。
「なんでもない」
美咲はじっと俺を見たあと、ゆっくりと前を向いた。その横顔に、わずかな違和感を感じる。見慣れているはずなのに、どこか違う。何が違うのかは、わからない。でも、確かに“何か”がずれている。
そのときだった。
——カチ。
どこかで、小さな音がした。
足元を見るが、石を踏んだだけだった。
それだけなのに、その音をきっかけに、妙な感覚が広がる。
まるで——何かのスイッチが入ったみたいに。
視界が、わずかに歪む。一瞬だけ。本当に一瞬だけ。
前を歩く三人が——四人に見えた。
「……え?」
瞬きをする。もう一度見る。
三人だ。
間違いない。
健太。
美咲。
修司。
三人。
「……なんだよ、今の」
誰にも聞こえない声で呟く。
心臓が早い。呼吸が浅い。
今のは、見間違いだ。
疲れてるだけだ。そう、自分に言い聞かせる。
でも、どうしても、頭から離れない。
——四人に見えた。
その感覚が、妙にリアルだったから。
「亮?」
健太が振り返る。
「どうした、遅れてるぞ」
「……ああ」
慌てて歩幅を上げて三人に追いつく。
並んで同じ速さで歩く。同じ距離。同じ空気。
同じ——人数。
……四人。
今度は、数えなかった。数えるのが、怖かった。
♢♢♢
その日の夕方。
俺たちは、昔よく集まっていた神社に向かった。
特に理由はない。ただ、なんとなくだ。
自然と足が向いた。石段を上る。一段一段が、やけに重い。
境内に出ると、風が吹いた。昼間よりも冷たい風。木々がざわめく。
「懐かしいな」
健太が言う。
「ここでさ」
修司が続ける。
「最後に鬼ごっこしたの、覚えてる?」
俺は、答えられなかった。
覚えていない。でも、胸の奥がざわつく。
「やめろって言われたやつね」
美咲が小さく笑う。
「でもやった」
「で、なんも起きなかった」
健太が言う。
「ただの迷信だろ」
「……そうだね」
修司が頷く。
その声が、ほんの少しだけ低かった。
風が、強くなる。
ざわざわと木が揺れる。
その音の中に——何かが混ざっている気がした。
子供の笑い声。
「……今、聞こえたか?」
思わず言う。
「何が?」
健太が怪訝な顔をする。
「いや……」
言いかけて、やめる。
気のせいだ。そうに決まってる。
「そろそろ帰るか」
美咲が言う。
「暗くなるし」
「だな」
健太も頷く。
修司は、しばらく社殿の方を見ていたが、やがてゆっくりとこちらに向き直った。
俺たちは、来た道を引き返す。石段を下りる。一段、また一段。
その途中で、ふと振り返った。神社。暗くなりかけた境内。誰もいないはずの場所。なのに——いた。社殿の前に、小さな影。
子供が、じっとこちらを見ている。
「……っ」
瞬きすると消えた。何もいない。
「……どうした?」
修司の声がする。
「いや……なんでもない」
視線を外す。
見間違いだ。そうに決まってる。でも確かに、いた。
そして、あれは——四人じゃなかった。
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