表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホラー短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/75

最初からいた 第1話

 駅を降りた瞬間、空気が違った。


 懐かしい、というより——重い。


 湿気を含んだ風が、肌にまとわりつく。

 都会で慣れた乾いた空気とは違う、粘りつくような匂い。

 土と、草と、どこか鉄のような。


「……こんな匂いだったか?」


 思わず独り言が漏れる。


 ホームには、俺以外に誰もいない。

 電車はすでに去り、音も消えていた。


 静かすぎる。


 田舎だから、で済ませるには——妙に。


 駅舎を出ると、小さなロータリーがある。

 昔はもっと広く感じたはずなのに、今はやけに狭い。


 それだけ自分が大きくなった、ということなんだろうが。


 視界の端で、何かが動いた気がした。

 反射的に振り向く。


 ——誰もいない。


「……気のせいか」


 そう呟いたとき。


「亮?」


 背後から声がした。今度は、はっきりと。

 振り向くと、そこに立っていたのは——


「健太」


「おー、やっと来たか」


 健太が手を上げる。


 少し日に焼けて、昔よりも体つきがしっかりしている。

 でも、笑い方は変わっていない。


「久しぶりだな」


「何年ぶりだよ」


「……四年、くらいか」


「そんなもんか」


 健太は肩をすくめる。


「もっと経ってる気がするけどな」


「それはお前が老けたからだろ」


「うるせぇ」


 軽口が自然に出る。

 それだけで、少しだけ緊張が解けた。やっぱり、ここは地元なんだと思う。


「他は?」


 俺は周りを見回す。


「もう来てるのか?」


「来てる来てる」


 健太が親指で後ろを指す。


「ほら」


 視線を向けると、駅舎の影から二人が出てきた。


「遅いよ、亮」


 先に声をかけてきたのは、美咲だった。

 肩までの髪を揺らして、少し不満そうな顔をしている。


「ごめんって、電車がさ」


「言い訳」


 ぴしゃりと言い切る。

 でも、口元は少し笑っている。


「相変わらずだな」


「そっちこそ」


 美咲は腕を組んで、じっと俺を見る。


「なんか変わった?」


「どうだろうな」


「背は伸びたかも」


「それは昔から言ってる」


 そのやり取りに、もう一人がくすっと笑った。


「変わってないね、ほんと」


「修司」


 俺はその名前を呼ぶ。

 修司は、昔と同じように穏やかな表情で頷いた。


「久しぶり、亮」


「ああ」


 四人。


 自然と、その形ができあがる。

 昔と同じ並び。同じ距離感。同じ空気。


 ——同じ、人数。


 そのはずなのに。

 なぜか、一瞬だけ違和感があった。


 今、ここにいるのは——四人?


「どうした?」


 健太が顔を覗き込む。


「いや……」


 首を振る。


「なんでもない」


 考えすぎだ。

 四人だ。昔から、ずっと。


「行こうぜ」


 健太が歩き出す。


「とりあえず村の方戻ろう」


「そうだね」


 修司も頷く。

 美咲は何も言わずに、少し前を歩き始めた。俺は、その後ろについていく。

 見慣れたはずの道。でも、どこか違って見える。


 道が、こんなに狭かったか?

 木は、こんなに多かったか?

 空は、こんなに低かったか?


「なあ」


 俺は前を歩く三人に声をかけた。


「この道ってさ」


「ん?」


「こんな感じだったっけ」


「何が」


 健太が振り返る。


「もっと……広くなかったか?」


 一瞬、三人が顔を見合わせた。


 ほんのわずか。

 それだけだったけど。


「気のせいじゃない?」


 美咲があっさりと言う。


「昔は子供だったんだから」


「……そうか」


 確かに、それはそうだ。

 でも、さっきの一瞬の“間”が、引っかかった。


「亮さ」


 修司がふと口を開く。


「覚えてる?」


「何を」


「ここで鬼ごっこしたの」


 その言葉に、足が止まりかける。

 鬼ごっこ。


「ああ……」


 曖昧に頷く。


「やってたな」


「よくやってたよね」


 美咲も言う。


「日が暮れるまで」


「お前、すぐ捕まってたよな」


 健太が笑う。


「足遅ぇから」


「うるせぇ」


 反射的に返す。

 そのやり取りも、懐かしい。

 でも。


「ねえ」


 美咲が、ふと立ち止まる。


「この話、覚えてる?」


「どれだよ」


「鬼ごっこ、やっちゃいけないってやつ」


 空気が、わずかに変わる。風が止まった気がした。


「……ああ」


 健太が言う。


「あったな、そんなの」


「何それ」


 俺は聞き返す。

 知らない。そんな話。


 三人が、同時にこちらを見る。

 その視線に、妙な重さを感じた。


「え?」


 美咲が眉をひそめる。


「覚えてないの?」


「いや……」


 頭の中を探る。でも、出てこない。


「鬼ごっこするとさ」


 修司が、ゆっくりと言う。


「鬼の子供が混ざるって話」


 背中に、冷たいものが走る。


「……何それ」


「知らないの?」


 健太が言う。


「めっちゃ有名だったじゃん、この村で」


「いや……」


 本当に、覚えていない。そんな話。


「変なの」


 美咲が小さく呟く。


「亮が一番ビビってたのに」


「は?」


 思わず声が出る。


「俺が?」


「そうだよ」


 即答だった。


「一回、泣いて帰ったじゃん」


「そんなこと——」


 言いかけて、止まる。

 断言できない。記憶が、曖昧だ。

 あったかもしれないし、なかったかもしれない。


「……覚えてない」


 正直に言うしかなかった。


 また、三人が顔を見合わせる。

 今度は、さっきより長い。


「……まあいいか」


 健太が肩をすくめる。


「昔の話だしな」


「そうだね」


 修司も頷く。

 美咲だけが、何かを確かめるように、少しだけこちらを見ていた。でも、すぐに視線を外した。


「行こ」


 何事もなかったように、歩き出す。

 俺も後を追う。

 足取りが、さっきより重い。頭の中で、さっきの言葉が繰り返される。


 ——鬼の子供が混ざる。

 ——一人増える。

 ——誰かわからない。


 そんな馬鹿げた話なのに、どうしてか引っかかる。


 ふと、思う。

 今、ここにいるのは——四人。

 ……本当に?

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ