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ホラー短編集  作者: 倉木元貴


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隣にいるもの 第1話

 最初に気づいたのは、どうでもいい違和感だった。


「なあ、この教室ってさ」


 昼休み。

 弁当を食いながら、俺――健太は言った。


「席、こんな多かったっけ?」


「は?」


 向かいに座ってる大輝が顔をしかめる。


「何言ってんだよ、いつも通りだろ」


「いや……」


 教室を見渡す。

 整然と机が並んでいる。


 でも――


「一個、多くね?」


「気のせい」


 即答された。


「お前、最近変な動画見すぎなんじゃね?」


 笑われる。

 まあ、そうかもしれない。自分でも確信はない。

 ただなんとなく、“収まりが悪い”感じがするだけだ。


「……だよな」


 それで終わるはずだった。

 普通なら。


 ♢♢♢


 違和感が、形になったのはその日の放課後だった。

 掃除当番で、教室に残っていたとき。ほうきを動かしながら、ふと黒板の前を見る。

 机が、並んでいる。

 数を数える。

 一列、六。

 それが五列。


「……三十?」


 うちのクラスは二十九人だ。

 先生を入れても、三十にはならない。


「……いや、先生の机は別だし……」


 じゃあ、この一つは何だ?

 誰も使っていない机。


 いや――使われていない“はずの”机。


 ゆっくりと近づく。席は一番後ろの窓側。日が差し込んで、影が長く伸びている。

 机の中は、空だ。教科書も、筆箱もない。


 だが――椅子が、少しだけ引かれている。


「……誰か、座ってた?」


 思わず呟く。

 その時。


 ――ギ……


 椅子が、わずかに動いた。


「っ!?」


 反射的に後ずさる。

 今、誰も触ってない。風もない。なのに、“座り直したみたいに”動いた。


「……おい……」


 喉が乾く。

 目を離せない。そのまま、じっと見ていると。


 ――ギィ……


 もう一度、椅子が動いた。ゆっくりと。

 何かが、そこにいるみたいに。


「……誰か……いるのか……?」


 声が震える。

 返事はない。

 だが確実に、“空じゃない”。


 その時だった。背後から声がした。


「何してんの?」


「うわっ!?」


 振り向く。

 大輝が立っていた。


「ビビりすぎだろ」


「……いや……」


 後ろの席を指差す。


「なあ、あそこ……」


「ん?」


 大輝が見る。


「……何もなくね?」


「いや、今……」


 もう一度見る。

 椅子は、元の位置に戻っていた。

 机も、ただの空席だ。


「……ほら、やっぱ気のせいじゃん」


「……」


 納得できない。

 でも、証明できない。


「帰るぞ」


「ああ……」


 教室を出る。

 その時、背中に視線を感じた。

 振り返っても、誰もいない教室。夕焼けに染まった机の列。


 そして――あの席。


 そこだけ、少し影が濃い気がした。


 ♢♢♢


 次の日の朝。教室に入る。

 いつも通りの風景。いつも通りの席。

 だが。


「……あれ?」


 誰かが言った。


「この席、誰だっけ?」


 全員の視線が、後ろの窓側に集まる。

 あの席だ。


「……誰も座ってなくね?」


「いや、最初から空いてたろ」


「そうだっけ?」


 ざわつく。

 でも、すぐに収まる。


「まあいいか」


 誰も深く考えない。だが、俺だけは違った。

 知っている。昨日、あの椅子は動いた。確実に。


 そしてその時、チャイムが鳴る直前。


 ――ギィ……


 小さな音がした。あの席から。

 全員が前を向いている。気づいているのは、俺だけ。

 ゆっくりと、後ろを見る。


 椅子が――誰かが座っているみたいに、沈んでいた。


「……っ」


 息が止まる。

 その瞬間、視線が合った気がした。

 何も見えないのに。確実に、“そこにいる何か”と。


 そして、頭の中に声が響いた。


 ――「やっと見た」


 背筋が凍る。


「……な……」


 声が出ない。

 その“何か”は、ゆっくりと。俺の方へ、体を向けた。

 椅子が、きしむ。

 そして――「隣、空いてるよ」


 その瞬間。俺の席の隣の椅子が、音を立てて引かれた。


 ――「隣、空いてるよ」


 その声が、頭の中で反響する。俺は動けなかった。

 隣の椅子。

 誰も触っていないのに、ゆっくりと引かれている。

 ギィ……と、乾いた音を立てながら。


「……やめろ」


 小さく呟く。

 だが、止まらない。完全に、俺の方を向いた。“誰か”が、そこに座ろうとしている。


「健太?」


 前の席のやつが振り向く。


「どうした?」


「……いや……」


 言えない。言ったところで、信じられない。

 その時。


 ――ストン


 音がした。軽い音。

 でも、はっきりとした“着席”の音。

 隣の椅子が、わずかに沈む。


「……っ」


 横を見る。何もいない。

 なのに。確実に、座っている。


「……来たね」


 すぐ隣で声がした。

 耳元じゃない。もっと近い。頭の中でもない。“そこにいる誰か”の声。


「……なんなんだよ……」


 喉が震える。


「昨日から……」


「昨日?」


 声が、少し楽しそうに変わる。


「もっと前からだよ」


 ぞっとする。


「ただ、君が見てなかっただけ」


 理解したくない。

 だが、理解してしまう。

 こいつは、ずっとここにいた。


 その時、ガラッと教室の扉が開く。

 先生が入ってくる。


「席つけー」


 いつもの声。

 いつもの風景。


 なのに、隣には“いる”。


 授業が始まる。

 黒板にチョークの音。

 ノートを取る音。

 誰かの咳払い。


 その全部の中に――もう一つの気配が混ざっている。


「……ねえ」


 また、声。


「君、名前なんだっけ」


「……は?」


 思わず小さく声が漏れる。


「健太だよ」


 反射的に答えてしまう。

 その瞬間、隣で何かが動いた。


「へえ」


 嬉しそうな声。


「健太か」


 その音が、やけに近い。


「じゃあ、覚えた」


 嫌な予感が走る。


「……何を」


 聞いてしまう。

 すると。少しだけ間があって――こう言った――「君の場所」


「……っ!」


 心臓が跳ねる。


「なあ、健太」


 今度は、前から声が飛ぶ。


「この問題わかる?」


 現実の声。友達の声。


「あ、ああ……」


 普通に振る舞いなんとか答える。

 だが、隣から視線を感じる。ずっと。じっと。見られている。

 授業中なのに、ずっと。


♢♢♢


 昼休み。

 俺はすぐに大輝のところに行った。


「なあ」


「ん?」


「後ろの席さ……」


「またそれかよ」


 呆れた顔。


「昨日も言ってただろ」


「違う、そうじゃなくて」


 慎重に言葉を選ぶ。


「……誰か座ってる感じ、しないか?」


「は?」


 大輝が眉をひそめる。


「しねえよ」


「でもさ、椅子動いて――」


「お前さ」


 少しだけ、声が低くなる。


「変なこと言うのやめろよ」


「……え?」


「なんか、気持ち悪い」


 その一言が、妙に重く響いた。


「……悪い」


 それ以上、何も言えなかった。

 言えば言うほど、自分がおかしくなる。そう思った。

 だが。


「……あれ?」


 別のやつが言った。


「この席、誰のだっけ」


 まただ。

 全員の視線が、あの席に向く。


「だから空席だろ」


「いや、なんか違くね?」


「昨日もこんな話したよな」


 ざわつく。

 だが。


「……まあいいか」


 結局、誰も気にしない。それで終わる。


 終わるはずなのに――


「ねえ」


 すぐ隣で、声。


「みんな、気づきそうだね」


 息が止まる。


「でも、遅い」


 くすり、と笑う気配。


「もう、君が先だから」


「……何がだよ……」


 震えながら聞く。

 すると、そいつは、あっさりと言った。


 ――「一番近いから」


 次の瞬間。

 俺の机が、わずかに引かれた。


「……え?」


 見下ろす。

 ほんの数センチ、机の位置がズレている。

 でも、確実に。そして。椅子が、もう一度鳴る。


 ――ギィ……


 隣じゃない。

 俺の椅子だ。


「……っ!」


 立ち上がる。

 ガタン、と音が響く。


「おい、どうした?」


 周りが見る。


「……いや……なんでも……」


 言葉が震える。

 その時、耳元ではっきりと声がした。


 ――「次、そこね」


 理解する。遅すぎるくらいに。

 あの席は、“空いてる”んじゃない。


 “空けられている”。


 順番に、ひとつずつ埋めるために。

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