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ホラー短編集  作者: 倉木元貴


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鐘の音がする 最終話

 ――ゴン


 音が、内側で鳴る。

 体の境界が曖昧になる。腕が、自分のものじゃないみたいに遠い。


「……やめろ……」


 声が出ているのかもわからない。

 だが、確実に理解できた。


 俺は、もう半分“向こう側”にいる。


 視界の端で、何かが揺れる。


 顔。

 無数の顔。

 その中に――亮がいる。


「……祐樹」


 呼ばれる。反射的に見る。

 亮が、そこにいた。

 いや、“いるように見える”。


 顔は同じだ。だが、何かが違う。動きが、遅い。

 言葉が、わずかにズレている。


「来いよ」


 亮が笑う。


「楽になる」


 その言葉に、背筋が冷える。


「……お前……亮じゃないだろ」


 絞り出すように言う。


 すると、亮の顔がぐにゃりと歪んだ。

 口が裂ける。その奥から、別の顔が覗く。

 さらに、その奥にも。何重にも重なった“顔”。


「違わないよ」


 重なった声。


「混ざっただけ」


 ぞっとする。


「ここはね」


 ゆっくりと、近づいてくる。


「忘れたものと、残ったものが、混ざる場所」


 ――ゴン


 音が鳴る。

 そのたびに、記憶が揺れる。


「やめろ……来るな……」


「ねえ」


 亮の顔が、すぐ目の前まで来る。


「まだ覚えてる?」


 問いかけ。


 何を、と聞く前に――


 映像が流れ込んでくる。


 ――夜道

 ――笑い声

 ――「もう一人いた」

 ――名前が思い出せない


「……あ……」


 頭が痛い。


「思い出すなって言っただろ?」


 亮の声が、優しくなる。


「思い出すほど、削れる」


 その瞬間。自分の“輪郭”が薄くなるのを感じた。

 体が、透けていく。


「……っ!」


 慌てて、意識を逸らす。

 何も考えないようにする。


 すると――少しだけ、戻る。


「……なるほどな……」


 かすれた声で呟く。


「思い出さなきゃ……消えない……」


「でも」


 亮が笑う。


「それじゃ、ずっとここだよ」


 その通りだ。

 思い出さなければ、ここから出られない。

 だが、思い出せば――消える。


「……ふざけんな……」


 歯を食いしばる。

 どっちも地獄だ。


 その時。


 ――ゴン


 今までよりも、大きな音が鳴った。


 空間が、歪む。

 遠くに、“外”が見えた。


 崩れた本堂。月明かり。


「……出口……?」


 思わず手を伸ばす。

 だが。その前に、“誰か”が立っていた。

 あの僧だ。


「まだ、終わっていない」


 低い声。


「供養は、均等でなければならない」


「均等……?」


「中にいるものと、外に出るもの」


 ゆっくりとこちらを見る。


「釣り合いが必要だ」


 嫌な予感がする。


「つまり……」


 喉が乾く。


「誰かが出るなら……」


 僧は、静かに頷いた。


「誰かが、より深く沈む」


 理解する。

 これは“交代制”だ。

 誰か一人が出るためには、誰か一人が、完全に消える必要がある。


「……直人……」


 呟く。鐘の中を見る。

 直人は、もうほとんど形を保っていない。顔すら曖昧だ。


「まだ足りない」


 僧が言う。


「一人分では、足りない」


 つまり。

 もう一人、必要だ。


「……祐樹」


 亮の声。


「お前、出たいだろ?」


 ゆっくりと、手を伸ばしてくる。


「俺が、代わるよ」


「……は?」


 一瞬、思考が止まる。


「何言って――」


「俺、もう半分消えてるし」


 笑う。

 だが、その笑顔は歪んでいる。


「ここで全部消えれば、お前は出られる」


 心臓が強く鳴る。


「その代わり」


 亮が続ける。


「ちゃんと覚えててくれよ」


「……え?」


「俺のこと」


 その言葉に、胸が締め付けられる。


「忘れたら」


 亮の顔が、静かに歪む。


「意味、なくなるから」


 頭の中で、何かが軋む。

 覚えていれば、外に出られる。


 だが――覚えている限り、ここは終わらない。


「……祐樹」


 もう一度、呼ばれる。


「選べ」


 僧の声が重なる。


「忘れるか」


 亮の顔が、崩れていく。


「覚えるか」


 鐘が、大きく揺れる。


 ――ゴン


 音が、全てをかき消す。

 視界が白くなる。その中で。


 俺は――

 ――ゴン


 音が、すべてを塗りつぶす。

 白くなった視界の中で、俺は立っていた。いや、“立っているつもり”だった。

 足の感覚がない。体の境界も曖昧だ。

 それでも、目の前には――亮がいた。

 崩れかけた顔。重なった声。

 

 それでも、確かに亮だった。


「……祐樹」


 呼ばれる。


「決めろ」


 その言葉に、心臓が強く打つ。


 覚えるか。

 忘れるか。

 どっちも終わりだ。


 だが――


「……覚える」


 自分でも驚くほど、はっきりと言った。


「お前のこと、忘れない」


 一瞬、静寂が訪れる。

 亮の顔が、わずかに揺れる。


「……そうか」


 小さく笑った。

 今までで一番、自然な笑い方だった。


「じゃあ、いい」


 ゆっくりと、手を伸ばしてくる。


「行けよ」


 その手を、掴む。

 冷たい。だが、確かに“亮”の感触だった。


「……悪いな」


「いいって」


 軽く肩をすくめる仕草。

 いつもの、あいつだ。

 次の瞬間。


 ――ズブッ


 亮の体が、完全に鐘の中へ沈んだ。

 同時に、何かが押し出される。


 俺の体が、外へ引っ張られる。


「……っ!」


 視界が歪む。暗闇が、ひび割れる。光が差し込む。


 ――ゴン


 最後に、音が鳴った。


 ♢♢♢


 気づいたとき。

 俺は、本堂の床に倒れていた。


「……は……」


 息を吸う。空気が、重い。

 だが、確かに“現実”の空気だ。

 手をつく。床の感触がある。

 冷たく、硬い。


「……戻った……?」


 ゆっくりと起き上がる。

 周囲を見る。


 廃寺。

 崩れた柱。

 壊れた仏壇。


 そして――鐘。


 静かに、吊るされている。

 何もなかったかのように。


「……亮……?」


 呼ぶ。返事はない。

 直人もいない。静寂だけがある。


「……っ」


 歯を食いしばる。

 覚えている。全部。亮のことも。直人のことも。あの中のことも。


 忘れていない。


「……帰るか……」


 ふらつきながら、立ち上がる。

 一歩。また一歩。

 本堂の外へ向かう。その時。


 ――ゴン


 足が止まる。振り返る。

 鐘は、揺れていない。


 それでも、音は確かに聞こえた。


「……気のせいだ……」


 そう呟く。

 だが、胸の奥がざわつく。嫌な予感が消えない。

 それでも、外へ出る。


 門をくぐる。山道に出る。空気が、軽くなる。虫の声が戻る。風が吹く。


「……はは……」


 乾いた笑いが漏れる。


「助かった……のか……?」


 答えはない。

 だが、歩ける。帰れる。


 それだけで、十分なはずだった。


 ♢♢♢


 翌日の学校。

 教室はいつもの風景だった。


「……よ」


 声をかけられ、振り向く。クラスメイトだ。


「昨日どうした?連絡つかなかったぞ」


「ああ……ちょっとな」


 曖昧に笑う。


「そういえばさ」


 そいつが言う。


「お前、最近“誰とつるんでたっけ”?」


「……は?」


「なんか、いつも三人くらいいたよな?」


 心臓が、止まりそうになる。


「……三人?」


「いや、違うか?二人だっけ?」


 頭が揺れる。

 違う。 違う。


「……亮と……直人……」


 名前を口にする。

 その瞬間。教室が、静まり返った。


「……誰?」


 その一言で。

 全身の血が、冷えた。


「いや……何言って……」


 周りを見る。

 誰も、反応しない。

 知らない顔だ。


「そんなやつ、いたか?」


 笑いながら言われる。

 冗談じゃない。


 確かにいた。昨日まで、一緒に――


「……っ」


 頭を押さえる。

 記憶が、揺れる。薄くなっていく。


「……忘れるな……」


 呟く。

 必死に、しがみつく。


 亮の顔。

 声。

 笑い方。

 全部。


「……忘れない……」


 その時。


 ――ゴン


 教室の中で、音がした。

 誰も反応しない。

 俺だけが、顔を上げる。


 音は――


 自分の胸の中から鳴っていた。


「……は……?」


 心臓に手を当てる。

 鼓動とは違う。もっと、重い。

 ゆっくりとした、打撃音。


 ――ゴン


 理解する。遅すぎるくらいに。

 俺は、外に出た。


 確かに。でも――


 “一部は、まだ中にある”。


「……あ……ああ……」


 視界が歪む。

 教室の床に、影が落ちる。丸い影。鐘と同じ形。


「……やめろ……」


 後ずさる。だが、逃げられない。

 影が、ゆっくりと膨らむ。中で、何かが動く。


 そして。聞こえた。


 かすかな声。重なった声。


 でも、その中に、確かに、あいつの声が混ざっていた。


 ――「覚えてるな?」


 涙が、勝手にこぼれる。


「……ああ……」


 答える。

 震えながら。


「忘れてない……」


 その瞬間。影が、大きく揺れた。

 まるで、満足したみたいに。


 ――ゴン


 音が鳴る。そして、静かに収まった。


 だが、消えない。影は、そこにある。

 胸の中の音も、止まらない。


 これからも。ずっと。鳴り続ける。忘れない限り。


 そして――忘れたとき、本当に終わる。

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