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ホラー短編集  作者: 倉木元貴


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鐘の音がする 第1話

 その寺には、鐘がない。

 いや、正確には――鳴らない鐘がある。



「だからさ、それを鳴らすと“来る”らしいんだよ」


 言い出したのは、亮だった。

 夏の終わり。夜のコンビニ前。

 ぬるい風が、肌にまとわりつくように流れていく。

 湿ったアスファルトの匂いが、やけに鼻についた。


「またそれかよ」


 俺――祐樹はため息をついた。

 亮のこういう話は慣れているはずなのに、今日は妙に胸がざわつく。


「お前、そういうの好きだな」


「好きっていうか、気になるだろ普通」


 亮はスマホを突き出してくる。

 画面に浮かぶのは、暗い山の中にぽつんと建つ古びた寺。

 屋根は崩れ、門は傾き、草が飲み込むように絡みついている。


 そして、その奥に――

 ぼんやりと、巨大な鐘が見えた。


「廃寺?」


「そう。昔、住職が一人で死んでから放置されてるらしい」


「よくある話じゃん」


「でもさ」


 亮が声を潜める。

 その一瞬、コンビニの明かりが風に揺れ、影が伸びた。


「その住職、“供養を途中でやめた”らしい」


 俺は眉をひそめる。


「途中でやめるってなんだよ」


「わかんね。でも、それ以来“変な音”がするようになって」


 画面をスクロールする。

 掲示板の書き込みが、青白い光の中で不気味に浮かぶ。


『夜中に鐘の音がする』

『でも近づくと、鳴ってない』

『鐘の中に何かいる』


「最後のやつ、完全に作り話だろ」


「どうかな」


 亮は笑った。

 その笑いが、いつもより少しだけ乾いて聞こえた。


「行ってみるか?」


 嫌な予感しかしない。

 胸の奥が、じわりと冷えていく。

 だが、断りきれない空気があった。


 結局、俺たちは三人で行くことになった。

 亮と、俺と――そして、直人。


 ♢♢♢


 寺は、想像以上に“生きていなかった”。


 山道を抜けた瞬間、空気が変わった。

 湿った土の匂いが急に薄れ、代わりに何もない匂いが広がる。

 ぽっかりと空いた空間に、寺が沈んでいた。


 月明かりに照らされた建物の輪郭だけが、まるで切り抜かれた影のように浮かぶ。

 虫の声も、風の音もない。

 世界が、ここだけ止まっているみたいだった。


「……なんか、嫌だな」


 直人が呟く。

 普段は強がりのくせに、声が震えていた。


「来たんだから、ちょっと見るだけ見て帰ろうぜ」


 亮はためらいもなく門をくぐる。

 その背中が、月光に照らされて妙に細く見えた。


 仕方なく、俺たちも続く。

 足を踏み入れた瞬間――肺に入る空気が重く沈んだ。

 湿り気が喉にまとわりつき、息が浅くなる。


「……なあ、帰らないか?」


 俺は小声で言う。

 自分でも驚くほど弱い声だった。


「まだ何もしてねえだろ」


 亮は笑いながら本堂へ向かう。

 その笑いが、空気に吸い込まれていく。


 軋む床。崩れかけた柱。

 どこもかしこも朽ち果てているのに――


 鐘だけが、異様に綺麗だった。


 本堂の奥。天井から吊るされた大きな鐘。

 月光を受けて、鈍く光っている。

 埃一つついていない。


 まるで、今も誰かが使っているみたいに。


「……綺麗すぎないか?」


 直人が言う。


「確かに」


 俺も頷く。

 ここだけ、時間が止まっている。

 いや――ここだけ、時間が動いているのかもしれない。


「なあ、鳴らしてみようぜ」


 亮が言った。


「やめろって」


 即座に止める。

 胸がざわつく。

 背中に冷たい汗が流れる。


「こういうのは触らないのが鉄則だろ」


「一回だけだって」


「ダメだ」


「ビビってんの?」


 その一言に、喉の奥が熱くなる。

 だが、怒りより先に恐怖が勝った。


「そういう問題じゃ――」


 言い終わる前に。

 亮は、鐘に手をかけた。


「おい!」


 伸ばした手は、空を切った。


 ――ゴン


 鈍い音が、響いた。

 耳ではなく、骨に直接響く音。

 体の奥が震える。


 その瞬間。


 空気が、また変わった。

 さっきまでの“静止”が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 何かが、目を覚ましたように。


「……今の……」


 直人が震える。


「鳴った、よな……?」


「……ああ」


 だが、俺は気づいていた。


 確かに音はした。

 なのに――


 鐘は、揺れていない。


「……え?」


 もう一度見る。

 やはり、微動だにしていない。


「じゃあ……今の音……」


 その時だった。


 ――ゴン


 また、音がした。

 今度は、真後ろから。


 ゆっくりと振り返る。


 そこには――何もない。


 だが、床に丸い影があった。

 鐘と同じ形の影。


 でも、位置がおかしい。

 鐘は前にあるのに。

 影は、後ろにある。


「……なあ」


 声が震える。


「これ……何の影だ?」


 誰も答えない。


 影が、わずかに揺れた。

 まるで――中に何かがいるみたいに。


 そして、ゆっくりと膨らんだ。


「……っ、離れろ!!」


 叫んだ瞬間。

 影の中から、手が出てきた。


 真っ黒な手。

 指が異様に長く、関節が逆に曲がっている。

 床を掴むたび、影が波打つ。


「うわああああ!!」


 直人が叫ぶ。

 後ずさる。


 だが、影は増えていく。

 床に、壁に、天井に。

 無数の“鐘の影”。


 そのすべてが、膨らみ始める。


「……鳴らしたな」


 低い声が、どこからか響いた。


 本堂の奥。

 仏壇の前に、誰かが立っていた。


 僧衣を着た、やせ細った男。

 顔は闇に沈み、見えない。

 だが、確実にこちらを見ている。


「供養が……終わっていない」


 一歩、近づく。

 その足音が、やけに重い。


「鳴らしてはいけないものを……鳴らした」


 影の中から、さらに手が伸びる。

 床を這い、俺たちの足元へ迫る。


「やめろ……来るな……」


 後退る。

 だが、足が震えて動かない。


「ならば」


 男が静かに言う。


「代わりに、供養するしかない」


 その言葉の意味を理解した瞬間。

 背筋が、氷のように冷えた。


「供養って……まさか……」


 男は、ゆっくりと頷いた。


「お前たちが、中に入るんだ」


 次の瞬間。

 影が一斉に、俺たちに飛びかかった。

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