見られている
その部屋は、誰も借りない。借りてもすぐ出ていく。
だから、ずっと空室のままだった。
俺がその部屋を選んだのは、ただ家賃が安かったからだ。
「301号室だけ、ちょっと訳ありでね」
不動産屋の男は、妙に曖昧な言い方をした。
「何かあったんですか?」
「まあ……前の住人が長く住まなかった、っていうか」
言葉を濁すのは典型的だ。こういう時は大抵、事故物件だ。
でも、俺は気にしなかった。むしろ好都合だった。貯金も少ないし、仕事も不安定。
多少の“いわく”くらいで、生活費が浮くなら安いものだ。
「決めます」
そう言うと、不動産屋はほんの一瞬だけ、ほっとした顔をした。
それが少しだけ気になったが——その時は深く考えなかった。
301号室は、普通のワンルームだった。
日当たりもいいし、特に古すぎるわけでもない。拍子抜けするくらい、普通。
……一つだけ除けば。
壁に、小さなカメラがついていた。
「なんだこれ」
天井の隅に、黒いドーム型の監視カメラ。
明らかに後付けだ。
管理会社に電話した。
「ああ、それですか。防犯用ですね」
「室内にですか?」
「以前、トラブルがありまして……外せないんですよ」
妙だとは思ったが、まあいいかと納得した。
録画されているなら、むしろ安心だろう。
そう思っていた。
最初の違和感は、三日目の夜だった。
仕事から帰ってきて、シャワーを浴びて、ベッドに横になる。
何気なくスマホをいじっていると、通知が来ていた。
見知らぬアプリ。勝手にインストールされている。
「……何だこれ」
開く。
映像が流れた。
——俺の部屋だった。
上からのアングル。
あの監視カメラの映像だ。
「は?」
時間表示を見る。
“現在”。
リアルタイム映像だった。
俺はベッドの上でスマホを見ている。そのままの姿が、画面に映っている。
「……連動してるのか」
少し驚いたが、便利だと思った。
外出中でも部屋の様子が見れる。そういうシステムなのだろう。
そのまま、アプリを閉じて眠った。
問題は、その翌日だった。
同じアプリを開いた時。そこに映っていたのは——“俺がいない部屋”だった。
おかしい。今、俺は部屋にいる。なのに、映像の中には誰もいない。ベッドも、机も、そのまま。
ただ——カーテンが、揺れている。ゆっくりと。風なんてないのに。
その時、背後で音がした。カーテンが、揺れる音。
俺は、ゆっくりと振り返った。
実際の部屋でも、カーテンが揺れている。
同じ動き。同じタイミング。
つまり——映像は、ズレていない。リアルだ。
じゃあ、なんで俺が映っていない?
その疑問に気づいた瞬間。スマホの画面の中で——何かが、動いた。
ベッドの下。影が、にじむように広がる。
そして、“誰か”が這い出してきた。
人の形。だが、顔がない。黒くのっぺりとした影。それが、ゆっくりと立ち上がる。
そして——カメラを、見た。
いや、違う。画面越しに、“俺”を見た。
目が合った気がした。その瞬間、スマホが震えた。画面に文字が浮かぶ。
【録画:保存されました】
ぞくり、とした。
録画? 何を?
次の瞬間、映像が切り替わった。
再生画面。タイトルが表示される。
【入居3日目】
再生が始まる。
映っているのは——俺だった。
昨日の俺。ベッドでスマホを見ている。
そして、画面の端に、“あれ”が映っていた。俺のすぐ後ろに、立っている。気づいていないのは、俺だけだ。
そいつが、ゆっくりと口を開いた。音はない。でも、唇の動きがはっきり見える。
「ここにいる」
そう言っていた。
次の日、俺は管理会社に怒鳴り込んだ。
「カメラ外してください!」
だが、返ってきたのは奇妙な答えだった。
「カメラ?」
「301号室の天井にあるやつですよ!」
担当者は、首をかしげた。
「……その部屋に、カメラなんて設置してませんよ」
背筋が凍る。
「いや、ありますって!実際に——」
「確認します」
その日のうちに、管理会社の人間が部屋に来た。
そして——
「……どこですか?」
と言った。
天井の隅。そこにあるはずのカメラ。
——なかった。
「ここにあったんです!昨日まで!」
必死に説明する。だが、信じてもらえない。当然だ。証拠がない。俺のスマホを見せた。あのアプリ。
だが——消えていた。
跡形もなく。
その夜。俺は眠れなかった。
電気をつけたまま、ベッドに座る。部屋の隅を、何度も確認する。何もいない。何もない。
……はずなのに。
視線を感じる。ずっと、どこからか。
その時。スマホが、震えた。
通知。
見覚えのないアプリ。また、インストールされている。
震える指で開く。
映像。
——俺の部屋。
上からのアングル。
今度は、ちゃんと俺が映っている。ほっとした、その瞬間。気づいた。
俺の後ろに——“もう一人”、いる。
俺と同じ姿。同じ顔。同じ服。そいつが、俺の肩に手を置いた。
画面の中の“俺”は、気づいていない。
でも。画面の中の“もう一人”は、笑っていた。
そして、ゆっくりと口を動かした。
「交代」
その瞬間。画面の中の俺が、こちらを見た。
いや——違う。
今、見ている“俺”と目が合った。現実の俺と。
次の瞬間。視界が、ぶつりと切れた。
——記録:入居4日目
映像には、一人の男が映っている。
部屋の中で、普通に生活している。食事をし、スマホをいじり、欠伸をする。何もおかしくない。
ただ一つ。時々、天井の隅を見上げて——
こう呟く。
「ちゃんと撮れてるよな?」
その映像の再生回数は、増え続けている。
誰が見ているのかは、わからない。
ただ、新しい記録が、今も増えている。
【入居5日目】
【入居6日目】
【入居7日目】
そして。
【入居0日目】
その映像には——まだ誰もいない部屋が、映っている。
だが、画面の奥。クローゼットの隙間に。何かが、いる。
次の入居者を、待っている。
おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします




