蘇る記憶
・・・現在、テラ達はハザマ伯爵の屋敷に来ていた。奥に巨大な絵画の飾られた大広間で、テラ達とハザマ伯爵達は向かい合う様に座っている。
何故、テラ達は此処に来ているのか?それは、昨日にまで話を遡る―――
「転移出来ない?」
「うむ・・・」
テラの言葉に、アトラは頷く。ハザマの都を発つ際に、魔王の許へ一気に転移出来ないかと思ったのだが無理らしい。そうそう上手くいかないらしい。
「どうして転移出来ないのでしょうか・・・?」
「あー。どうも此処から先、魔王の魔力によって特殊な力場が発生している様だ。呵々、件の魔王はかなり人間離れしている様だ・・・」
マナの疑問に、アトラは辟易した様な顔で答えた。どうやら、その魔力による力場によって空間に干渉する魔術や魔法が阻害されるらしい。
「ふむ・・・なら、自分の足で行くしかないか」
「呵々、そうだな。だが、これだけ濃密な力場だ。内側は恐らく異界化しているだろう」
俺の言葉に、アトラは笑いながらそう返す。若干疲れた様な笑みだ。こいつがこんな顔をするなんて相当だなおい。
そう思ったが、テラは黙っていた。テラは空気が読めるのだ。
「しかし・・・その異界化しているとは一体どういう事だ?」
不思議に思い、テラは聞いてみる。他の皆も気になったのか、黙って耳を傾ける。
「呵々、要は内と外では物理法則が全く異なるという事だ」
・・・きょとんっと皆が首を傾げる。よく理解出来なかった様だ。
テラは額に手を当て、眉間に皺を寄せて考え込む。
「・・・つまり、何だ?内と外では別世界という事か?」
「呵々、そんな所だ」
アトラは呵々と笑いながらとりあえずは肯定する。恐らく、細かく説明すると色々とややこしくなるんだろうな。
そう思い、テラは痛む頭を押さえる。
つまり、話を要約するとこういう事だ―――
魔力とは精神エネルギーである。そのエネルギーに満ちた空間内はその魔力の主の精神、心に左右される傾向にある。つまり、空間内を濃密な魔力で満たせばその空間内の法則が歪み、異界と化す。
そして、それは同時にその規模によって術者の実力を測るパラメーターともなる訳だ。
・・・あれこれと話を進めていると、唐突にドアをノックする音が部屋に響いた。誰だ?
「・・・誰だ?」
「ハザマ伯爵の使いで御座います・・・」
ライルがドア越しに誰何すると、すぐに答えが返ってきた。声の調子から、相手は初老の男性だろう事が伺える。
ドアを開くと、やはり其処には初老の男性が立っていた。服装からして執事だろうか?
「あの・・・どちら様でしょうか?」
「これは失礼。わたくし、ハザマ辺境伯の家令を務めさせて頂いていますセバスチャン=マーカーという者です。以後、お見知りおきを」
テラの質問に、男は丁寧な口調で答えた。やはり、執事だったか・・・。
物腰も丁寧で洗練されている。体幹に芯が通っているのかと思う程綺麗な姿勢だ。只者ではない。
恐らく武術もかなり出来るだろう。
「そのセバスチャンさんが何の用ですか?」
「これはこれはマナ王女殿下、わたくしめは只の使いですよ。明日の正午、皆様にはぜひ屋敷にお越し頂きたいと、伯爵はおっしゃっています」
そう言って、セバスチャンは懐から一通の封筒を取り出した。テラは怪訝な顔でそれを受け取る。
「これは・・・」
「招待状でございます。では、わたくしはこれにて失礼いたします」
セバスチャンはそのまま静かに一礼し、去って行った。
―――こうして、現在に話は戻る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
テラ達やハザマ伯爵達の前には豪華な料理の数々が並べられ、大広間の奥には楽師の集団が雅な演奏を奏でていた。
ハザマ伯爵の両隣には妻子と思われる人達が、伯爵の背後にはセバスチャンが、周囲にはメイドや執事達の姿がある。
「さあ、皆遠慮せずに食べてくれ。話はそれからだ」
そう言って、ハザマ伯爵は優雅にフィレ肉を切り分けて食べている。伯爵の妻子も黙々と食べる。
怪訝に思いながら、テラ達も料理を口にする。料理は普通に美味しかった。
雅な楽曲が鳴り響く中、黙々と食事をする一同。やがて、テラは小さく溜息を吐いた。
「伯爵、本日は何用でしょうか?只、食事に誘う事が目的ではありますまい」
テラはあえて丁寧な口調で話し掛ける。その口調にハザマ伯爵は思わず苦笑した。
「別に無理をして丁寧な口調を使う必要はないぞ?普段通りで構わない」
「・・・そうか」
テラが口調を戻したのを見て、ハザマ伯爵は頷く。
「で、俺の目的だったか?実は昨日、神国からマナ王女殿下に渡して欲しいとある物が届いてな。セバスチャン、例の物を!」
伯爵が言うと、セバスチャンは桐箱を取り出し、テラ達に差し出す。
マナが一瞬、テラの方を見た。テラは頷く。マナはゆっくりと桐箱の蓋を開ける。中には―――
「これは!!?」
驚愕の声を上げたのはテラだ。中に入っていたのは、翡翠の勾玉だった。
翡翠の勾玉の首飾りだ。
マナはテラの反応の意味が理解出来ずに、不思議そうな顔をしつつ、首飾りを手に取る。瞬間、大広間を七色の極光が包み込む。
演奏をしていた楽師達も、メイドや執事達も、セバスチャンも、テラ達やハザマ伯爵、その妻子も皆がその極光に目を奪われた。
そして、極光と共にマナの脳裏に過去の記憶が蘇る。
かつて、神域の森の中で名も無き少年と遊んだ日々。とても楽しかった思いと淡い恋慕の情。
しかし、唐突に訪れる別れの時。知らされる自身の能力の事。
―――強い想いがあれば、また再び二人を引き合わせてくれます。信じなさい、再開の時を。
最後にその言葉が頭に響き、極光は収束した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
マナは勾玉を握り締めたまま、黙り込む。他の皆も沈黙したまま、何も言わない。
場を静寂が支配する。やがて―――
はらり。マナがその瞳から、次々と涙を零す。ぎょっとする一同。特に慌てたのはテラだ。
「マ、マナ!!?」
席を立ち、マナの側に駆け寄る。マナはテラの顔を見ると、がばっと抱き付き嗚咽を漏らす。
「うっぐ・・・ひっく、うぅっ・・・」
困惑するテラ。しかし、放っておく事も出来ず、マナを抱き締め、背中を優しく撫でる。
マナは更に強く抱き付き、泣きじゃくる。
「呵々、一体これは何事だ?」
「・・・・・・・・・」
流石のアトラも、口元を引き攣らせて呆然としている。ライルは半口を開き、絶句している。
他の皆も似たり寄ったりだ。
「何か、嫌な物でも見たか?」
「ううん、違うの・・・テラ。とても大切な、大切な記憶を思い出したのです・・・」
マナは思い出した記憶を話し始める。かつて、幼少の頃に異世界へ渡った事、それが自身の保有する異能の力による物である事、渡った世界で当時名も無き少年だったテラと出会った事、そして―――
話し終えたマナは再び泣き出し、テラに縋り付く。
「・・・そうか。やはり、やはりマナがあの時の―――」
テラはそう呟き、はらりと涙を流した。
・・・・・・・・・
翌日―――
テラ、マナ、アトラ、ライルの四人は荷物を纏めて町の門前に居た。見送りにハザマ伯爵とセバスチャンとエリスの三人が来ていた。
「エリス、俺が留守の間は元気にするんだぞ」
「はい。お父さんも元気で帰ってきてね」
ライルとエリスは軽く抱き締め合い、しばしの別れを惜しむ。
「じゃあなテラ、マナ王女殿下、また何れ―――」
「ああ、また何れ・・・」
「はい、何れまた来ます」
テラとマナ、そしてハザマ伯爵は再開を約束し合った。
「テラ様、これを―――」
セバスチャンがテラにある物を差し出す。それは、一振りの短剣だった。柄頭に大きな赤い宝石が埋められており、刀身も淡い緋色に輝いている。マナは不思議そうに短剣を見る。
「緋色の金属?」
「ヒヒイロカネ・・・か」
ぼそりとテラが呟く。
「ヒヒイロカネ?」
「古代の金属だよ。永久不変の金属で、風化に強い。太陽の様に輝く合金だ」
神武天皇以前のウガヤ王朝期に存在した金属で、現在は製造法と共に失われている筈。現存している物でその金属が使用されている器物は、全て神器とされている。
「かつて、伯爵が異世界からこの世界に渡る際に唯一持っていた物で、家宝だそうです。これをしばらくテラ様に預けると、伯爵は仰せになっておられます」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お守り代わりだ。持って行け・・・」
テラがハザマ伯爵の方を見ると、挑発的な笑みで伯爵が言った。テラは溜息を一つ吐く。
「ああ、しばらく借りて行く。じゃあな」
そう言って、テラ達はハザマの都を旅立った。




