番外8二人の過去<前編>
それは、まだマナが幼かった頃の話。とある少年との初恋の物語。
王城の中庭で遊んでいたマナは、中庭の隅で不思議なモノを見付けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それは簡潔に言えば、裂け目だった。只の裂け目では無い。空間の裂け目だ。
きょとんっとしてその裂け目を覗き込んでいるマナだったが、この裂け目を生み出したのは他でもないマナ自身だ。
まだ幼かったマナには自覚出来ていないが、マナには異能が宿っていた。
それも、只の異能では無い。数ある異能の中でも、かなり強力な力がマナには宿っていたのだ。
其の異能の名は<時空間跳躍者>という。時間と空間を超越し、何時でも何処でも行ける異能力。
天に輝く星々よりも膨大な全ての世界を把握し、自由に行き来出来るのである。
しかし、まだ幼いマナにはこの異能は理解出来ず、そして理解するには異能が強力すぎる。只、目の前に不思議な裂け目が出来た。そうとしか理解出来ていないだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そっと裂け目に手を伸ばすマナ。裂け目に触れ、そのまま手を突っ込む。
・・・しばらく、裂け目に手を突っ込んだまま呆然としていたマナだったが、突然誰かが裂け目の向こうからマナの手を握った。
「っ!!?」
ぐいっとマナは引っ張られるがまま、裂け目に呑み込まれた。
・・・・・・・・・
神代、葦原中つ国―――
神域と呼ばれる森の中に、一人の少年が無邪気に遊んでいた。少年に名前は無い。それどころか、自身の親すら知らない。物心付いた頃から、少年は神域の森に住んでいた。
けど、寂しいと思った事は無かった。少年の周りには、常に神々が居たから。少年は神々によって守られていた。
多少の不便はあった。少年は神域から出る事を許されていなかった。外の世界には興味があった、しかし家族の様に自分を育ててくれた神々を悲しませたくなかった。
だから、少年は神域から出た事は一度も無かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
そんな少年の目の前に、謎の裂け目があった。空間が縦に、大きく裂けていた。
少年は不思議そうに、その裂け目を見ている。それはもう、じーっと見詰めている。
・・・すると、その裂け目から突然、にょっと手が出てきた。
「わわっ!?」
驚いた少年は、そのまま尻もちをついた。目をぱちくりとさせる少年。
ゆっくりと立ち上がり、その手をじっと見た少年は―――
「えいっ!」
その手を握った。
びくっと硬直する手。その手を通して、裂け目の向こうの人物が驚いたのが分かった。
「・・・・・・・・・」
少年は何となく、本当に何となく、その手を思いっ切り引っ張った。
「~~~!!」
「?」
裂け目から出てきたのは、見た事の無いひらひらとした衣を着た少女だった。薄い桜色の髪に透ける様な白い肌、澄んだ青い瞳をしている。
少年は一瞬、きょとんっとした後に小首を傾げて問い掛ける。
「えーっと、誰かな?」
少女はしばらく呆然としていたが、やがて正気に戻ると周りをきょろきょろと見回し、少年を指差して何かを叫んだ。
「~~~~~~~~~!!?」
「???」
何かを叫んでいるのだが、少年には理解出来なかった。尚も叫び続ける少女。少年は困り果てる。
その時―――
「あらあら、何か騒がしいと思って来てみたら・・・」
暖かで眩い光と共に、桜に日輪をあしらった着物を着た女性が現れた。長い黒髪に黒い瞳、太陽を想わせる優しげな微笑みを浮かべた和風美人だ。
「天照様・・・」
「ふふっ、私の事はお義母さんって呼んでくれても良いのですよ?」
「・・・お天照さん」
「・・・・・・・・・ぐすんっ」
義理の息子に素直に母と呼んでもらえず、はらりと涙を流す天照。どうやら本気で傷ついた様だ。
太陽神、若干の親馬鹿である。何故こうなった?
それを呆然と見ていた少女だったが、はっと正気に戻り何かを訴える。
「~~~~~~~~~!!」
だが、相変わらず何を言っているのか分からない。少年は首を傾げる。
天照は自身の顎に手を当て、少し考える仕種をすると、そっと少女の頭に手を置いた。少女はびくっと身体を震わせる。
「大丈夫、何も怖くないから・・・」
天照は少女に優しく声を掛ける。同時に天照の手に温かな光が宿った。その光はゆっくりと、少女の身体に浸透していく。
「・・・んっ」
少女は思わず心地良さそうな声を上げた。天照はそんな彼女に、優しく微笑み掛ける。
「もう大丈夫、何か話してみて?」
「あ、はいっ・・・ありがとうございます?」
今度は理解出来た。少年は驚き、目を丸くする。天照の方を見ると、にこにこと微笑んでいた。
少年はあえてそれを無視する。一転、天照は絶望に満ちた表情をした。しょんぼりと項垂れ、地面に文字を書く天照。地面には『岩戸に籠もりたい』と書かれている。
太陽神、もはや只の引き籠りである。
そんな二人の遣り取りを側で見ていた少女だったが、何かを思い出したのか、急に慌て出した。
「あ、あのっ・・・此処は何処ですか!?」
「・・・???」
少年はきょとんっと首を傾げる。言っている意味が分からなかった。
しかし、天照は何かを察した様だ。真剣な顔で、少女に問い掛ける。
「もしかして貴女、異世界から迷い込んだの?」
「・・・?」
少女はこてんっと小首を傾げる。分かっていないらしい。対照的に、少年は何かに気付いたのか、目を見開いて愕然とした顔をする。
「・・・もしかして、さっきの空間の裂け目って―――」
「ああっ・・・」
なるほどと、天照は納得する。つまり、少女は異世界から迷い込んだのだ。
天照は苦笑して、頬を掻く。
「しょうがないか・・・私が貴女をお家に帰してあげる」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、もちろんよ」
少女の顔が嬉しそうに輝く。一方、少年は不機嫌そうに唸る。
「むうっ・・・」
「あら?どうしたの?」
不機嫌そうな少年を天照は不思議そうに見詰める。少年は不機嫌そうな声で、ぼそりと呟く。
「せっかく友達が出来たと思ったのに・・・」
「えっ!?」
これに驚いたのは、少女だ。少女はこれでも王族の身である。それ故に、友達なんて存在はこれまで一人として居なかった。
もちろん、こうやって真っ直ぐに友達になりたいと口にする者など居なかった。
「友達に、なってくれないの?」
「えっ・・・あの、その・・・は、はいっ・・・友達に、なりたいです・・・」
少女は顔を真っ赤に染めて、小さく頷いた。




