恋の結末
地底城サタナエル―――
その最奥の玉座に魔王、アザトホートは坐していた。
魔王はその手に持った水晶玉を覗き込んで嗤っている。水晶玉には大鷲の死体とテラ、マナ、アトラの姿が映っていた。
「ふむ、やはり大鷲程度では相手にもならなかったか」
「ですな、相手は彼の魔法遣い、たかが大きいだけの鳥では相手になりますまい」
魔王の言葉に返事をしたのは、白髪を後ろに束ねた燕尾服に片眼鏡を着用した老紳士だった。
「ふむ、カルデラか・・・」
カルデラと呼ばれた老紳士は慇懃に頭を下げる。物腰こそ丁寧だが、その瞳には暗い野心の光が灯っていた。
それだけでこの男の危険度が解るだろう。
それでも魔王がこの男を側に置いている理由、それは単純にこの男が有能だからだ。
アザトホートとカルデラ―――
この二人は云わば利用し合う関係と言えよう。
「また悪巧みか?」
「いえいえ、偶には魔王陛下の役に立とうと思いまして・・・」
「ほう?」
にやりと黒い笑みを浮かべるカルデラに、アザトホートは目を鋭く細める。この男が忠誠心を発露するなど、それこそ天地がひっくり返ろうと有り得ない。何か企んでいるのは確実だろう。
数秒後―――アザトホートはふんっと鼻を鳴らし、鋭い眼差しでカルデラを見下す。
「良いだろう。好きにしろ」
カルデラは慇懃に頭を下げると、黒い笑みを残し去って行った。カルデラが完全に居なくなった事を確認した後、アザトホートは溜息を一つ吐き、虚空に向かって話し掛けた。
「来ていたか、ドラキュラ公」
「・・・何処にも下らぬ輩は居るものだな、魔王よ」
虚空から声が聞こえてくる。アザトホートは皮肉げな笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「あれでも、かなり優秀な奴なんだよ」
「ふんっ、貴様がそう言うならそうなのだろう。だが気を付けろ、あの様な輩は信用するには余りに危険すぎる」
その言葉と共にドラキュラの気配が消えた。自らの領地に帰ったのだろう。
アザトホートは"何を今更"と、静かに嗤う。
「そのくらい充分理解しているさ・・・」
そう言って、再び水晶玉を覗き込んだ。
・・・・・・・・・
一方、魔道の山頂上―――
大鷲の肉と骨を解体しているアトラに、テラが話し掛ける。
「それより良いのか?安易に僕達の味方になるなんて言って」
「良いんだよ、その方が面白い」
そう言ってアトラは呵々と笑う。本当に楽しそうに笑っている。
「・・・・・・・・・」
テラは呆れて言葉も出ない。何というか―――若干戦闘狂が入っている気がする。
少し溜息を吐きたくなる。
それを察したのか、アトラは呵々と笑いながらテラの背中をばんばんと叩く。
「まあそんな顔をするなよ。取り敢えず今日はウチに泊まって行くか?」
「は、はあっ・・・」
テラは少し引いている。そんなテラをアトラは半ば強引に神殿の中に招き入れた。
マナも慌ててそれに付いて行った。
その日の晩、テラはアトラに散々酒を飲まされ最後は泥酔した。マナは林檎ジュースを飲んでいたので酔ってはいない。
「で、結局の所どうなんだ?」
「な、何ですか?」
いきなりアトラに問われ、マナはびくっと肩を震わす。その反応にアトラはにやにやする。
「テラの事だよ。好きなんだろ?」
「っ!?」
マナは顔を真っ赤に染めて目を見開く。更にアトラは嫌らしく笑う。
その笑みに気付いて、マナは更に顔を赤くする。
「呵々、中々可愛らしい事だ」
「ううっ・・・」
ついにマナは俯いてしまう。その目から若干涙が滲んでいる。
流石にやりすぎたと、アトラは少しだけ反省した。少しだけ。
「・・・まあ、それはともかくテラの事が好きなんだろう?」
「は、はい・・・」
マナは真っ赤な顔のまま、か細い声で言う。そしてついに耐え切れなくなり、だっと神殿から飛び出して行った。
アトラは呆れた様に溜息を吐く。
「追わなくていいのか?」
「・・・・・・・・・」
声を掛けられ、テラはむくりと起き上がる。その顔は不機嫌そうだ。
「呵々、機嫌が悪そうだな」
「当然だ・・・」
そう言ってテラは神殿を出て行った。・・・その場に残されるアトラ。
アトラはにやにやと笑っている。
「何ともまあ、面白い二人だ」
ぐびりと酒を呷り、アトラは呵々と笑った。
・・・・・・・・・
夜の魔道の山は独特な不気味さがある。肌寒い乾いた風が吹き、亡者の呻き声にも似た物音が聞こえてくる。
そんな夜道をマナはとぼとぼと歩いていた。
夜風に当たった事で幾分か落ち着いたマナは周囲をきょろきょろと見回す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
マナの心に急激な心細さが湧いてくる。ついにはその場で蹲ってしまった。
「テラ・・・・・・・・・」
どうしようもない寂しさと不安に、思わずテラの名を呟く。その時―――
『クケケケケケケケッ!!』
突如、地面から無数の死霊の群れが湧き出してくる。その数は千や二千では利かない。
幾万もの死霊の群れがマナを取り囲んでいる。
マナはすぐに身構え剣を構えるが、その身体は小刻みに震えている。
これではまともに剣を振るう事も出来ないだろう。死霊達の嘲笑う声が響き渡る。
あまりの恐ろしさに、マナは身を竦める。その反応に、死霊達は更に嘲笑する。
『ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ―――』
「おいっ」
淡白な声と共に、死霊達を重苦しい殺気が襲う。ぴしいっ。
一斉に死霊達が固まる。
其処には能面の様に無表情なテラが立っていた。
死霊達は動かない。否、動けない。
そんな死霊の群れに、テラは一言だけ呟く様に言う。
「消えろ」
たった一言だけだった。それだけで、死霊の群れが悲鳴すら残さずに消え去った。
マナはその光景を呆然と見ていた。そんなマナにテラは優しく微笑み、手を差し伸べる。
それだけでマナはその目から涙を滲ませる。
「テラ、テラっ・・・、うああっ」
テラの手を取り、地面に座り込んだまま、マナは耐え切れずに泣き出した。
テラは苦笑しつつマナを抱き締め、その背中を撫でる。マナもテラに縋り付く様に抱き付き、わんわんと泣きじゃくる。
一時間後、テラはすっかり泣き止んだマナと共に地面に座り、満天の星空を眺めていた。
マナはテラの肩に頭を乗せ、安堵の表情を浮かべている。
「ねえ、テラ」
「うん?」
「私、テラの事が大好きですよ」
「うん、僕もだよ」
テラはマナの肩に手を回し、抱き寄せる。マナもそんなテラに寄り掛かった。
「テラが死ねない為に苦しんできたのは理解しています。そんなテラと私が同じ時間を共有出来ない事も知っています。けど、それでも私は貴方と共に在り続けたい。貴方と共に生き続けたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「駄目ですか?」
マナはテラの瞳をじっと見詰める。その目は真剣そのものだ。
逆にテラの目は苦悩に満ちている。
「僕は―――」
「・・・・・・・・・」
「僕、は・・・」
其処から先の言葉は出て来なかった。テラはついにマナから目を逸らす。
「・・・・・・・・・テラ」
ふわり。
マナはテラの頭を自身の胸に抱き寄せた。思わずテラは目を見開く。
マナは優しげに微笑み、言った。
「大丈夫ですよ。どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、私はテラと共に在り続けます」
「っ!?」
その言葉だけで揺らいでしまう。だが、それでも―――
「私はテラと一緒に居たいです。居させて下さい」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・本当に。
本当に良いのだろうか?
マナの想いにテラの揺らぎが決定的になる。
「・・・本当に良いのか?」
「はい、構いません」
「今まで以上に苦しい思いをするかもしれないぞ?」
「それでも私はテラと一緒に居たいです」
「・・・・・・・・・」
テラはマナの腕を振り解き、マナと視線を合わせる。マナもそんなテラの瞳を真っ直ぐに見返す。
見詰め合う二人。しばらくして、先に口を開いたのはテラだった。
「・・・・・・・・・ありがとう、マナ」
テラは憑き物が落ちた様に薄っすらと微笑んで言った。
「僕と結婚して下さい」
その言葉にマナは目を見開き、そして涙を滲ませた。
そして花が咲く様な笑顔で答えた。
「はい」




