番外5 魔王と吸血鬼の王
夢を見ていた。それはとても幸せな夢だった。
愛する少女と結ばれ、周りからも祝福を受ける。とても幸福な日常。
しかし、これはあくまでも夢でしかない。そんな未来は自ら斬って捨ててしまったのだから。
少女を守ると誓った日に、魔王と成ったあの日に捨て去った未来。
だからこそ―――捨て去った可能性を無意味にしない為にも、今更引き返す事だけは許されない。
それが仙道次郎、魔王アザトホートの定めた運命なのだから。
・・・・・・・・・
其処で魔王アザトホートは目を覚ました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
とある国を滅ぼし、魔王を名乗ってから約一ヶ月半―――アザトホートとマリーは北へと向かっていた。
現在、二人は混世山脈という山を登っている最中だ。
アザトホートは隣ですやすやと眠るマリーを見た。もしも此処で全てを投げ捨てて彼女と結ばれたら、自分にも人並みの幸せが得られるのだろうか?
彼女ならきっと、そんな自分でも受け入れてくれるのだろう。マリーなら、きっと―――
「・・・いや、そんなものは所詮戯言だ」
アザトホートは頭を振り、迷いを消す。マリーを二度と泣かせない為に切り捨てた未来だ。
なのに今更引き返すなど有り得ない。一瞬でも湧いた迷いを忘れる為、アザトホートは二度寝の準備に入った。
そのまま寝息を立てて眠り始める。次の瞬間、マリーは目を開いた。
目を開いて少し悲しげな瞳で彼を見る。
「ジロー、貴方がどれ程の思いで切り捨てた未来であろうと、それでも私は貴方の事が大好きですよ」
そう言い、そのままアザトホートの頬に口づけた。
・・・・・・・・・
翌朝、目を覚ました二人は山を越えるべく再び歩き始めた。山道を只無言で歩くアザトホートにマリーはふと問い掛ける。
「あの、私達は何処に向かっているんですか?」
「うん?ああ、この山脈を越えた所に在るワラキアと言う国だよ」
ワラキア?と、マリーは首を傾げる。若干苦笑しながらアザトホートは説明する。
「ワラキアとは、百年以上前に突然現れたドラキュラと言う名の吸血鬼が興した国だよ。ワラキア公国と名乗っているな」
そう言って唐突にアザトホートは立ち止まった。不審に思ったマリーがその視線の先を見ると、燕尾服を着た血の様に赤い瞳の男が居た。
「出迎え御苦労、とだけ言っておこうか・・・」
「ドラキュラ公がお二方をお待ちしておられます。此処からは私が案内いたしましょう」
男はそう慇懃に言うと、二人の前を歩き道案内を始めた。
アザトホートとマリーは男の後ろを付いていく。男は厳しい山道をさくさくと進んでいく。
アザトホートも難なくそれに付いていく。マリーも危なっかしくはあるが、何とか必死にその後ろを付いて行った。
そうしてようやく山を越えた二人と案内役の男。時刻は夜の九時。空は既に暗い。
その前には大勢の吸血鬼の軍勢が居た。夥しい数の赤い瞳の群れ。
「もしやこれで罠のつもりか?」
「ええ、お二方を全力で試せとドラキュラ公は仰せでしたので」
男はそう言うと、自ら霧に変化しその場を離れた。同時に一斉に襲い来る吸血鬼達。
それをじっと見詰め、アザトホートは只一言―――
「下らんな」
その刹那、一瞬の内に吸血鬼全員が意識を刈り取られ、倒れた。
マリーはそれを只呆然と見ている。アザトホートがした事は実に単純だ。
吸血鬼の軍勢に向けて威圧しただけである。精神系魔術の初歩だ。
「茶番は終わりか?串刺し公?」
「ふっ、まだまだ夜はこれからだろう?」
よく通る声と共に、二人の前にオールバックの金髪に血の様に赤い瞳の男が現れた。
他の吸血鬼より一層華美な衣服を着たその男こそ、吸血鬼の王にして最強の吸血鬼、串刺し公ドラキュラである。
「驚いたぞ、まさか彼のワラキア君主が本当に吸血鬼となって、しかも異世界に来ているとはな」
「その口ぶり、そうか・・・やはり貴様は同郷の者か」
かつて、十五世紀のワラキアと言う国にヴラド三世と言う人間が居た。
龍公と呼ばれた父を持つ事から、彼は龍の子と呼ばれる。
敵国の兵はおろか、自国の貴族や民ですら串刺しの刑に処した事から、オスマンの兵から畏怖の念を込めて串刺し君主と呼ばれた。これが串刺し公の由来である。
「人間ヴラド三世はオスマン帝国との戦いで戦死したとされているが?」
「その通り。そして、戦死した筈の私は気付けば異郷の地で、吸血鬼ドラキュラとして生まれ変わっていたのだよ」
「なるほどね。で?此処に来たということは、俺の目的も知っていると見て良いのか?」
「うむ、当然知っているとも。そして、それに対して私はこう言おう―――我らを従えたくば、私を倒してその力を示せと」
ドラキュラから放たれる覇気に周囲の空間が軋みを上げる。それだけでこの吸血鬼の王の力量は知れるだろう。
しかし、それでもアザトホートは決して退かない。彼の者に退く事は許されない。
なればこそ示そう。己も力の限り、命の限り戦い続けようと。
・・・・・・・・・
ドラキュラとアザトホートの戦いは三日三晩絶えず続いた。吸血鬼であるドラキュラは太陽に弱いのだ。
しかし、彼は魔術と変化能力により濃霧を発生させ、太陽を覆い隠した。
それ故に彼は昼夜問わず戦い続ける事が出来た。
だが、アザトホートも決して負けてはいない。大規模かつ強力な魔術を無詠唱で並列行使して対応してみせたのだ。
濃霧のせいで視界などほとんど利かない中、それでも関係ないとばかりに戦いは続く。
ドラキュラはそもそも変化能力により発生させた霧である為、この濃霧そのものが彼の身体の一部とも言える。
アザトホートは空間魔術の応用で広範囲の空間を探知しているのだ。
こうして一対一の決闘は戦争と同等の大規模な物へと発展していった。
・・・しかし、如何なる戦争であっても終わりという物は存在する。
そして、この戦いにも・・・
「っ!?しまった!!」
ドラキュラの身体を光の鎖が縛る。シャイニングバインド、上級魔法の一つだ。
身体を拘束され、ドラキュラは身動きが取れない。しかも、鎖に浄化の効果もあるらしく縛られた身体が焼け爛れる。
「これで最後だドラキュラ。存外楽しかったよ」
そう言い、天高く掲げていた片腕をドラキュラへと振り下ろした。
瞬間、天から光の柱が降って来た。太陽光収束レーザー。
吸血鬼の弱点である太陽光を極限まで収束して、レーザー砲として放ったのだ。
その照射跡には身体中焼け爛れて倒れているドラキュラの姿があった。
こうしてアザトホートは吸血鬼の王に勝利した。
・・・・・・・・・
その後もアザトホートとマリーの二人は世界中を旅し、その先々で配下を増やしていく。
ある時は森に棲む魔女を、ある時は最果てのゴーレム遣いを、ある時は名も無き殺人鬼を―――
そして最後に彼等は極西にある孤島に小さな国を造る。
それこそが魔王の国、アザトートである。




