精神迷宮<ラビリントス>
それは僕の幼少の頃の記憶、神域の森での話。
神域の森の中、楽しそうに駆け回る少年と少女が居た。少年はもちろん幼い頃の僕だ。
少女の名前は覚えていない。けど、何時の間にか側に居て、彼女と遊んだ日々はとても楽しかったのを覚えている。
恐らく、僕はこの少女の事が好きだったのだろう。少女の事が好きだった。とても愛おしかった。
けれど、別れは突然にやってきた。
ある日、少女は突然居なくなった。何処に行ったのかも、そもそも少女が何処の人間だったのかも分からない。
三日三晩泣き続けた。本当に好きだったのに、愛していた筈なのに。
あれから何年、何十年、何百年と経ち、僕は気付いた。もうあの少女はこの世界の何処にも居ないという事を。
だから僕は少女の記憶を心の奥底に封印した。その想いすら無かった事にして。
こうして少年だった僕の初恋は終わった。
・・・・・・・・・
と、其処でテラは目を覚ました。
「懐かしい夢を見た気がする」
そう呟き、起き上がると目の前には真っ白い空間が広がっていた。テラは首を傾げる。
「何処だ、此処は?」
記憶を手繰り寄せ、先程までの行動を思い出す。確か、あの時・・・。
ナナシの森の中に入ってから一時間程経過した。テラ、マナ、ドラコの三人の前には後頭部に二本の角の生えた巨大な熊、ドラゴンベアーの死体があった。
ドラゴンベアーは龍の角を生やした熊である。龍の角を生やしているといってもその強さは下位龍の中でも最下位程の力しかない。
それでも通常の熊よりもかなり強いのは間違いなく、かなりの危険度を誇る。
その死体が一つ。見事に首を切り落とされている。
これをやったのはドラコだ。
ドラゴンベアーが現れた瞬間、その首を剣で刎ねたのだ。あまりの呆気なさにテラとマナはしばし放心するのだった。
異変が起きたのはその後だった。甘い匂いのする濃霧が突如視界を覆った。
その匂いを嗅いだ瞬間、テラは急速に意識が遠退いていく感覚に陥った。
(しまった、罠か)
そう思った時にはもう遅かった。テラはその場で意識を失い、倒れた。
・・・そして現在に至る。
「・・・・・・・・・本当に何処だよ、此処」
真っ白い空間にテラの声が虚しく響く。何故此処に居るのか、それは分かる。
恐らく、森の中で意識を失った後此処に連れて来られたのだろう。
問題は此処が何処なのかだ。と、考えを巡らせていると不意に空間内に声が響いた。
「此処は精神迷宮<ラビリントス>、お前の精神を閉じ込める為だけに創った精神世界さ」
聞き覚えのある声に、テラは眉を顰める。
「ネロ・・・か」
「その通り。久しぶりだね、神の子ミズホ。それともテラと呼んだ方が良いかね?」
クツクツと声を噛み殺して笑うネロ。その声にテラは目を鋭く細める。
「・・・・・・・・・」
「おや?何か言いたそうな顔をしてるね」
気に食わない。恐らく、ネロは今勝利を確信しているのだろう。
それが気に食わない。ならどうすれば良い?
どうすれば此処から脱出出来る?此処は精神世界、精神を閉じ込める為の牢獄。
精神のみを閉じ込める為の世界。なら―――
「イメージ」
「何?」
訝しむ様な声を出すネロを無視して、テラは更に続ける。
「魔術とはイメージを顕現させる技術の事らしい」
「何・・・を・・・」
「此処は精神世界、ならばイメージさえ出来ればどうとでもなるだろう?」
「っ!?」
そう、ここは精神世界。精神活動を主とする世界である。
例え、精神を縛る牢獄であったとしても、それを上回る意思の力があれば脱出する事も可能だ。
「させるか!!」
ネロの声と共に空間内を埋め尽くす程の魔物達が出現する。出現と同時に、魔物達は唸り声を上げてテラに襲い掛かる。
しかし、その前にテラが言霊を紡ぐ。
『砕けろ』
たった一言。たった一言、言葉を発しただけでテラを縛りつけていた精神世界は乾いた音と共に無残にも砕け散った。
・・・・・・・・・
其処でテラは目を覚ました。
「・・・・・・・・・」
どうやら此処はナナシの森の中らしい。自分が倒れた場所からさほど移動しているとは思えない。
上体を起こし周囲を確認していると、茂みの中からマナが出て来た。
「っ!?よかった・・・、目を覚ました・・・」
マナはその目から涙を溢れさせる。どうやらかなり心配をかけたらしい。
「ごめん、心配をかけた」
滂沱の涙を流し、嗚咽を漏らすマナにテラは頭を下げる。
次の瞬間、マナはテラの胸元に飛び付き、わんわんと泣き出す。テラは苦笑しながらマナの頭を撫でるのだった。
・・・・・・・・・
一方、ナナシの森の奥深く。迷いの城の最奥で、黒魔術師のネロは苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
「まさか、あの空間を脱出されるとは・・・」
ネロの目の前には粉々に砕けた水晶玉の残骸があった。
「それにしても、あの時のあの力、本当に魔術だったのか?」
あの時、精神世界が破壊された時に感じたあの力は魔術とはまた違う異質な力のように思えた。
それよりももっと上位の途轍もない力のように・・・。
「・・・・・・・・・あの力は一体」
ネロは椅子に深く腰掛け、考え込むのだった。




