ダイヴ
マナはテラの心の中で何を思うか?
テラの部屋にマナ、アルフレッド、ライラの三人が居た。
三人の目の前には未だに目を覚まさないテラの姿が。
ライラはまずテラの瞳を覗き込み、次に脈を計った後、その額に手を置いた。
「・・・・・・・・・ふむ、なるほどね。こいつは重傷だ」
そう言って、ライラは溜息を吐いた。マナはそんなライラを不安そうに見詰める。
ライラは思わず苦笑した。
「大丈夫だよ。それよりも、準備は良いね?」
「は、はい!!」
マナは緊張した声で答える。手順は既に説明されていた。
マナはその通りにテラの両手を握り締める。そして、意識をテラの心の中へと向ける。
魔術とはイメージだ。イメージ次第で、様々な形に姿を変える。
後は魔術が上手く発動する為にライラが少し背を押してやるだけだ。
そんな中、アルフレッドは苦々しい顔で二人を見る。
アルフレッドは知っていた。マナがテラを深く愛している事を。
テラを救う為ならば容易く自身の命を賭けるという事を。
マナには自分を大切にしてほしい。けれど、それと同じくらいにテラの事も心配なのだ。
既にテラはアルフレッド達にとって家族も同然なのだから。
・・・・・・・・・
沈む。沈む。意識が沈んでいく。
心の奥深くへと・・・。
そして視界が開けると、其処は森の中だった。
「此処がテラの心の中?」
森には神聖な空気が漂っており、一目で聖地の類であると分かった。思わず息を呑むマナ。
そんなマナに声を掛ける者が居た。
「マナ」
其処には笑みを模った蒼白の仮面を被った白髪に朱い瞳の少年が居た。しかし、仮面は罅が入っており、少年の身体はうっすらと透けている。
「テラ?いえ、貴方は誰?」
「僕はてら、テラの心を守る為に生み出された人格だよ」
てらの声は掠れていて弱々しい。明らかに満身創痍といった感じだ。
しかし、それでもてらは弱った身体に鞭を打つ様に、森のある方向を指差して言った。
「向こうにテラは居る。気を付けろ、今、テラは魔物に憑かれている」
「っ!?」
テラが魔物に憑かれている。そう聞いたマナはてらの指差した方向に、急ぎ駆け出した。
マナが走って行くのを見届けたてらは静かに光の粒子となって消えて行った。
一方、マナは走り続ける。テラの居る方に、只只管に走り続ける。
痛い―――
「っ!?」
マナの頭に、直接響く様に声が聞こえた。テラの思念だ。
マナは思わず足を止める。そんなマナの脳内に、怒涛の様に思念の嵐が押し寄せる。
痛い。苦しい。辛い。悲しい。やめてっ。僕を殺さないで。そんな目で僕を見ないで。
「うっ、うあっ」
思わず苦悶の声が漏れる。余りに辛く、苦しい過去の記憶にマナの心まで砕けそうになる。
誰もがテラの事を化物と呼んだ。退治と称してあらゆる方法で殺そうとした。時にはテラの不死性を狙って人体実験の被検体にしてきた者も居た。テラの事を理解してくれた者も少なからず居たが、皆異端者として酷い目にあった。殺された者も居たし、そうでなくとも石を投げられ、憎しみの視線に晒された末に、寿命で死んで行った。
痛い。痛い。痛い。痛い。心が軋む。
「あっ、ああっ。やめ、やめてっ・・・」
マナの顔は悲痛に歪み、その目からは涙が零れていた。
思念の嵐に呑みこまれ、心が砕けそうになる中、マナは確かに聞いた。
愛してる―――
「・・・えっ?」
今、確かにマナは聞いた。苦痛の思念の中に紛れた温かな想いを。
マナ、君を愛してる―――
「あっ・・・」
それはマナがテラに抱いている想いと同じ物だった。
初めて人を好きになった。本気で恋をした。遥か永い時を生きてきて初めての想いだった。
だから本気で守りたいと思った。側に居たいと思った。
マナ、君を愛してる―――
「・・・・・・・・・」
それだけで―――
その想いだけで、マナは満たされた気がした。
もう、何も怖くはない。これで前へ進める。
マナは思念の嵐を気にする事なく、前へと進んだ。
すると、森は開けて目の前にテラが居た。テラは膝を抱え、俯いて座り込んでいた。
そんなテラの周りを一匹の魔物が取り囲んでいる。血の様に赤い瞳の一つ目を持つ黒い靄の魔物。
『ああっ、良い。実に良い心の闇だ』
魔物は嬉しそうにテラの周囲をぐるぐると回っている。
「テラ」
マナはテラに優しく話し掛ける。テラの肩がぴくりと動く。
同時に魔物もぴたりと止まった。
『何者だ?小娘』
「・・・・・・・・・」
マナはそれに答える事なくテラに近付く。
『ヌウッ。ならば小娘、貴様の心も喰ろうてくれるわっ!』
魔物はマナに襲い掛かり、纏わり付いてくる。気持ちの悪いどす黒い悪意がマナを襲う。
しかし、マナは怯む事なく一言。
「消えて」
『ヌッ、ぐああっ!!』
この魔物は感情を喰らう化物である。絶望などの負の感情を喰らい、それを糧とする。
しかし、逆に希望などの正の感情を苦手とし、それを弱点とする。
魔物は消滅し、この場にはテラとマナの二人だけとなる。
マナはテラの背後からそっと抱き締める。
「っ!?」
テラの身体がびくりと震える。
そんなテラにマナは優しく語り掛ける。
「大丈夫だよ、テラ。私はテラの事が大好きだよ。私だけじゃない。兄さんも、お父様も、お母様も皆、テラの事が大好きだよ」
テラを優しく抱き締めながら、マナは話し続ける。
「だからね、テラ。もう帰ろう。皆待ってるよ」
テラの目から涙が一筋。
そうしてテラはついに目を覚ました。
「おはよう、テラ」
目を覚ましたテラに、優しく微笑み掛けるマナ。
アルフレッドとライラもほっと安心した顔をしている。
しばらくぼーっとしていたテラだったが、マナの顔を認識した、その瞬間。
マナに抱き付いた。
「っ!?テ、テラ?」
突然の事にマナは困惑する。アルフレッドは呆然としており、ライラは目を丸くして驚いていた。
「ぐすっ、うぐっ、ひっぐ・・・」
マナの胸元で子供の様に泣くテラ。今までそんな風に泣く事すら出来なかったのだろう。
それを感じ取ったマナは優しく微笑んでテラを抱き締めた。
そうしてテラはしばらくの間、マナに抱かれて泣き続けるのだった。
その後、テラが目を覚ましたと知ったスカーレットとマリアの二人が部屋に来た事で、更に事態は悪化したのだった。
傍から見れば抱き合う形になっていたテラとマナの二人の姿に、王と王妃の二人は見事に勘違いをして、結婚式の段取りまで話し合う始末であった。
・・・・・・・・・
その日の夜、八時半頃。王と王妃の勘違いを何とか正したテラとマナの二人は共にベッドの縁に座って話をしていた。
テラは盛大に溜息を吐く。
「つ、疲れた・・・」
「ごめんなさい、私のお父様とお母様が・・・」
「いや、良いよ、別に」
申し訳なさそうに謝るマナと心底疲れた様子のテラ。
ちなみにスカーレットは去り際に『もし結婚するなら何時でも言ってくれ』と、とてもにこやかに言っていた。
それを思い出したのだろう。マナはほんのりと頬を朱に染めている。
それを横目に見ながら、テラはある決意をする。
「ありがとう」
「・・・え?」
突然の感謝の言葉に、マナは思わずテラの方を向く。
テラは気恥ずかしそうに頬を掻き、そしてマナに静かな笑みを向けた。
「僕を助けてくれてありがとう。もし君さえ良ければ、これからもずっと僕の側に居て欲しい」
「っ!?」
その言葉の意味を理解したマナは息を呑む。
テラは更に言葉を続ける。
「マナ、君の事が好きだ、愛してる」
その真っ直ぐな言葉はマナの心を打つ。マナの目から涙が溢れて来る。
そして満面の笑みを浮かべ、マナは返事をする。
「はい、私もテラの事が大好きです」
そうして二人は静かに口づけを交わすのだった。
次回は日常回です。




