番外2 閉ざされた世界
閉ざされた世界に抗う二人の物語。
嘗て、魔王と呼ばれた存在が居た。
その者は、正に絶対悪と呼ぶに相応しい暴虐の限りを尽くし、世界の脅威として君臨していた。
人々は彼の者の影に怯え、それでも必死に生きていた。そんなある日、人類の希望とも呼べる存在が現れた。
勇者である。
勇者はその名に相応しい勇気を奮い、仲間を率い、その身に宿した強力無比な力で魔物や魔族達と戦い、ついに魔王の許に辿り着いた。
正に死闘と呼べる戦いだった。周辺一帯の地形を大きく変える程の戦いの末、勇者とその仲間達はついに魔王を打倒する。
「無念だ。世界は我と言う楔を失ったことで、大きく変わるだろう。だが、それは決して良い方向に行くとは限らんのだぞ・・・」
魔王の最後の言葉だった。
その後、勇者達は人々に大きく讃えられた。そして、人々は誓う。魔王の居なくなった世界をより良い平和な世界にしようと。
後の理想郷宣言である。
それから幾星霜の時が流れ、とある国で一人の男が召喚された。
その男はジローと名乗り、詰襟の軍服にマントという姿であった。
黒い長髪を後ろに束ね、すらりと引き締まった身体をし、その黒い瞳は人を怯ませる程の鋭さがあった。
ジローを召喚したのは、宮廷魔術師の男だった。魔術実験の際に偶発的に召喚してしまったのだ。
ジローはそのまま国の軍部に入る事となった。
ジローは優秀だった。魔術を極め、魔法の領域に踏み込み、その深淵にまで手を届かせた。
剣術の腕もかなりの物で、軍部でジローに敵う者は居なかった。
たった一ヶ月でジローは軍部の将の一角にまで上り詰めたのだ。
そんなある日の事。
ジローは町の大通りを歩いていた。
町は活気に溢れ、人は笑顔に満ちている。とても平和な町だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし、ジローは不満だった。
この国は理想郷の名を掲げていた。
理性による統治を謳い、平等な法の下にある国。しかし、それは表の顔である。
この国の裏、というよりも真の顔は徹底した管理社会である。
偏った教育。徹底した管理体制。異端者の粛清・・・。人々は互いが互いを監視し合うこの世界に疑問を抱く事すらしない。
此処は正しく閉ざされた世界なのだ。
その世界で人々は仮初めの幸せを享受しているのである。
陰鬱な気持ちで町を歩くジロー。
その目に一人の少女が映った。
マリンブルーの髪と同色の瞳。病的なまでに白い肌。小柄な身体に簡易な衣服。
ジローは何故かその少女から目が離せなかった。
だからだろうか?気付いたら少女に話し掛けていた。
「つまらなそうな顔をしているな・・・」
「誰?」
少女は若干怯えの交じった目でジローを見ている。
ジローは軽く苦笑した。
「ああ、怯える必要は無い。俺の名はジローと言う。只のしがない軍人だ」
「・・・私の名前はマリー、です」
「で、なんで君はそんなにつまらなそうな顔をしているのかな?」
優しく尋ねると、マリーはぽつりぽつりと話し始めた。
どうやらマリーはこの国をつまらないと感じていた様だ。
常に誰かに監視されている様な閉塞感。最低限の事しか教えてくれない学校。
何気ない疑問を聞いただけで異端扱いされるそうだ。
それを聞いたジローは苦々しい気分になった。
だからだろう。ジローは思わずこう言った。
「よし、後は俺に任せろ!何とかしてみよう!」
マリーの頭を撫で、にっこりと笑ってみせる。
一瞬呆然とした顔をしたマリーだったが、言葉の意味を理解すると花が咲く様な笑顔を見せた。
しかし、現実はもっと残酷だった。
その日の夜。
「誰だ!お前達は!?」
「やめてっ!イヤアっ!!」
いきなり家に入ってきた軍服姿の男達がマリーの両親を殺してしまった。
訳が分からず呆然とするマリーを男達が取り囲む。
「へへへっ、殺す前にちょっとぐらいヤっちまっても構わねえよな」
「ひっ!?」
男の言葉の意味を理解し、軽く悲鳴を上げるマリー。
何が理想郷だ。こんな物、只の地獄ではないか。
男の手がマリーへとのびる。その時。
バガンッ!!!
家のドアが吹っ飛び、一人の男が入ってくる。ジローだ。
ジローは殺されたマリーの両親を見、続いてマリーの方を見る。
状況を把握したジローは男達、暗部を睨み付ける。
「殺す」
一瞬だった。一瞬で暗部の男達は皆殺しにされた。
だが、ジローの怒りはまだ治まらない。
「滅びろ!こんな国!!!」
眩い光が閉ざされた世界を呑み込んだ。
光が収まると、其処は更地になっていた。
ようやく怒りを鎮めたジロー。
「すまない・・・」
申し訳なさそうな顔でマリーに謝る。一方、マリーはショックが強かったのか、放心している。
ぽつりとマリーは呟いた。
「どうしてこんな事に・・・」
「・・・・・・・・・」
ジローは黙り込む。
マリーの目から涙が零れる。
「私はどうしたら良かったの?」
「マリー・・・」
涙が滂沱と溢れ出す。
そんなマリーの姿にジローは胸がズキンと痛む。
「もう嫌だ!私、死にたい!!」
「マリー!!」
ジローは力強くマリーを抱き締め、その唇を奪った。マリーは大きく目を見開く。
数秒程度の口づけだったが、二人にとっては永遠に近い時間だっただろう。
ジローがようやく離れる。マリーは頬を朱に染め、ぼんやりとジローを見詰める。
「宣言しよう。俺は魔王になる」
「ジロー?」
「まずは志を共にする同胞を集めよう。次に我らの国を作ろう。そうして知らしめよう、俺こそが世界の脅威であると」
ジローはそう宣言した後、マリーを真っ直ぐに見詰めて言った。
「約束しよう。もうマリーを泣かせないと。マリーが笑っていられる世界を作ると」
「っ!?」
ジローは笑っていた。とても優しい笑顔だった。
思わずマリーは涙を溢れさせる。
「どうして?どうしてジローはこんなにも私に優しいのですか?」
「君が大好きだから。愛しているから」
初めて見かけた時から好きだった。そう、ジローはマリーに心を奪われていたのだ。
ジローとマリーは再び口づけをする。
その後、ジローは己の名を改め、アザトホートと名乗り、世界に宣言するのだった。
これが魔王アザトホートの始まりである。
魔王とは世界に対する楔です。




