嘘と真と夢と現
「────でね、お龍さん、殺せ殺せって刺青の男に刃物突き付けたんですよ! 本当に怖かったぁ! 顔なんて能面みたいに笑ってるし……」
「そんなん言うたらお更ちゃんかて! あんな色仕掛けで迫ってはったのに、いきなり飛び上がってご開帳で一蹴り……」
「ああ、その言い方やめて! 龍馬さんには言わないで!! 恥ずかしすぎる……」
「あの時、周りの男たちは皆、女郎がえらい事しとるわ〜言うてポカンと口開けてはったんやでぇ。私は反対に見惚れてしもうたけど」
雲の上を歩いているような、ふわふわした心地がとても気持ちいい。今宵は最上だ。
もし、この世界に天国があるならば、きっと笑顔の絶えない毎日が送れるのだろう。
「ほうかぇ、ほうかぇ~。ぼっこうな事しゆうおまんらぁは、似た者同士ぜぇよ~!」
ベロベロに酔った女二人の両肩を左右に抱いた龍馬も、大口を開けて笑っていた。もれなく三人とも、見事に泥酔状態だ。
「そういえばぁ、お更ちゃん幾つなぁん? 許嫁か恋仲のお人はいはるのん?」
「18歳です。許嫁や恋仲なんて、そんな人いませんよぉ……」
「そうなんやぁ……今が旬やのに勿体無いわぁ。これまで一度もいてたこと、あらへんの?」
「いや、えっと……実は少し前はいたんですけど……別れちゃいました」
一瞬で天国から現実に引き戻されてしまった。更紗の全身を巡っていた熱い血流がスーッと冷えていく。
「それに、今は……それどころじゃないので……」
乱れそうになる息を整えれば、微笑んできた龍馬が空の盃へ酒を注いだ。あっという間に更紗を雲の上へと連れ戻してくれる。
「お更よぉ~色恋から離れゆうんは、まっこともっちきない!! 十八は年増じゃき、ワシがしょうえい男を紹介しちゃる!」
「え、龍馬さん? 私のこと……まさかの年増扱いですか?」
「そうぜよ! やき、二十一のお龍は大年増ぜぇよ〜!」
「龍馬さん、酷いわぁ! うちだって好きで独り身でいる訳やあらへんのに」
その反応は三者三様だ。豪快に笑う男の横で唇を尖らせた女が手酌する。更紗は、推し夫婦の惚気を見ている気分。それは影を潜ませた心に小さな光を当ててくれる。
「二十歳前後で年増や大年増って……女性に厳しいなぁ」
価値観の違いがとても面白かった。再び盃へ手を伸ばした刹那、番頭の声と共にゆっくりと襖が開けられた。
「更紗、迎えに来たぜ。それにしても……一階は料亭だが二階は遊郭、見事な赤張りか」
「面白ぇもんだよなぁ、ぱっつぁん。面構えは地味だが、中身は吉原の大文字楼にも引けを取らねぇ。これでこそ旨い酒が飲めるってもんよ。俺も仲間に入れてくれ」
興味深げに部屋を見渡す永倉の横を通り過ぎた原田は、三人の傍で歩みを止めると遠慮なくその場に座り込む。
男の背後に映りこむのは、板廊下で誰かと話し込んでいる近藤の姿だ。知る顔がいくつも現れたことで更紗に笑顔の花が咲いた。
「皆さん……来てくれたんですかぁ」
「ぱっつぁんがあの角屋でタダ酒飲ませてくれるっつうんで、ついて来ちまった。お前が遊郭に居るとは、大坂の夜を思い出し……」
「ません! もう、このお酒あげるんで、一気に飲んで全部忘れちゃって下さぁい!」
「おいおい、呂律回ってねぇぞ。だいぶ酔いが回ってんじゃねぇか」
更紗の肩に腕をかけた原田は、受け取った盃を飲み干した。更紗は銚子を手に取ろうとするも、身体が言うことを聞かない。ふわりと宙に浮く無重力の感覚────。
「うちの者が随分世話になったようで。ご迷惑はお掛けしませんでしたか?」
「此方こそ、お龍がお更に命を助けてもろうたがじゃ。けんど……ちっくと飲ませ過ぎてしまってすみやぁせん」
「申し遅れました、私は壬生浪士組局長の近藤勇と申します。貴殿は何方の藩の御仁ですかな?」
歩んで来る近藤の物腰はとても柔らかい。しかし、目の奥が笑っていないように見えた。ぐるぐると気持ち悪さが襲ってくる。女の背筋を悪寒が走った。
(どうしよう……新撰組と坂本龍馬が出会っちゃった……)
坂本龍馬に出会えて浮かれている場合じゃなかった。自分の行動が呼び水となって、新撰組と坂本龍馬を引き合わせてしまったのなら、その罪はかなり重い。
史実で見れば、敵対する二人であるはず。ぼんやりとしてきた思考を奮い立たせ、龍馬の顔を見れば、屈託のない笑顔を浮かべていた。
「壬生浪士組の局長さんやったか! 上座から失礼しちゅう。ワシは才谷屋の才谷梅太郎と申します。土佐のしがない商人やか」
「……そうでしたか。才谷屋さんは土佐の何方の……」
「いやぁ、ワシも飲み過ぎやか目がまう……お龍、厠へ連れてってくれんかのう?」
「才谷さん、お気をしっかり。そないなら、うちらはこれで失礼します。お部屋は好きにしはって構へんどす。お更ちゃん、またねぇ」
「あ、はい……才谷さん、お龍さん、とても楽しかったです。ありがとうございました……」
小柄な女の肩を借りて千鳥足で進む龍馬だが、龍がふらつけば反射的に支える。その言葉に多少の嘘が織り交ぜられているのは明白だ。
更紗は冷や汗を感じながら、二人を見送った。不意に立ち止まった龍馬が振り返る。ピリつく部屋の空気を物ともせず、また歯を見せて笑った。
「お更! おまんにぴったりのしょうえい男がおる。今度、文を出すから会うぜよ。昔の恋の傷はさら恋で癒やす。恋せよ乙女じゃ!」
「もう……変なことは言わないで下さい……早く行って……」
酔いに気づいた時には遅かった。更紗は声のするほうへ定まらない視線を向ける。冷たい眼差しが、通り過ぎる龍馬と龍を品定めしていた。
「……近藤さんよ、あの男をどう見る」
「まぁ、土佐出身である事は真だろうが、他は信憑性に欠けるなぁ。商人にも見えんが武士にも見えんしなぁ……歳はどう思った?」
「ナリは汚ねぇのに脇差しの誂えは悪かねぇ。どうにも町を脅かす土佐勤王が匂ってな」
「仮にそうであれば、更紗を可愛がってはくれんだろう。不逞浪士と決まった訳ではない。そんな目くじらを立てんでもいいじゃないか」
苦笑いの近藤が諭しても、仏頂面は変わらない。眉根を寄せた土方は、部屋の作りを値踏むように目線を上げた。
「……天井だけが黒とは。京人の腹の内にいるみてぇだな」
自分を見下ろす双眸があまりに冷たい。更紗は温かった心がみるみる凍りつくのを感じた。
「あの野郎から何を聞かれた」
「……名前と年齢くらいです……」
「しょうえい男、っつうのは何だ」
「それは……分からないです……」
「随分と素性をさらけ出したみてぇじゃねぇか。初対面の輩に男を都合して貰うとは、いい根性なもんだな」
「……過去の恋愛を聞かれたから答えただけで……紹介してって……頼んでません……」
ずっと心の奥底で渦を巻いていた本心が、鋭い刃となって口から零れていく。
「そもそも……私はこの世界に留まりたいなんて……思ってないし……」
江戸時代に生まれた人間にかける言葉としては最低だろう。それでも、元の世界に戻らなければいけないという思いは、日に日に強くなっていた。
水道も電気もガスもお風呂もスマホもない屯所での生活は、不便という名の四角い箱の中で繰り広げられる、途方もない毎日の繰り返し。
唯一、見上げる空はいつも近くにあった。ガサツな男たちとの暮らしにも慣れてきた。代わりに令和の記憶が薄らいでゆく。これはきっと、マズいことだと更紗は感じていた。
「ならば、今すぐ出て行きゃあいい」
吐き捨てられた言葉は味気のないもので、彼らとの間に埋めようのない隔たりがあることを意識させてくれる。
「……歳が苛立っていた理由は更紗か。成る程なぁ、合点がいったよ」
見捨てられるのは自業自得。自分が心を開かなければ、相手も快くその手を差し伸べてはくれない。無礼な態度に怒るのは土方だけではなく────。
「近藤さんはご承知の性分ゆえ、俺が釘を打っておく。お前の言い分は、隊の厚意を蔑ろにするもんだ。誰も好き好んで異人の血を引く女を……」
「まぁまぁ、ぱっつぁん! そんなカリカリすんなって。更紗もつい悪態ついちまっただけで、本心から俺たちと一緒に居たかねぇと思った訳じゃねぇよなァ?」
永倉の批判は尤もだった。受けた恩を仇で返すような暴言を吐いてしまった。
何て失礼なことを言ってしまったのか。一気に罪悪感で涙目になる視界には、困惑した顔つきの近藤と心配そうな原田が映り込んだ。
「……心にもないことを言ってしまって……申し訳ありませんでした」
「構わんよ、悪酔いしたんだろう。我々は梅の間にいるから、気が向いたらおいでなさい」
近藤の声は何も変わらず、穏やかだった。更紗は襖が閉まるその瞬間まで、今にも泣き出しそうな顔を上げることができなかった。
これまでの喧騒が嘘のように室内は静寂に包まれる。ぽつぽつと格子窓を打つ雨の音が規則的に響いていく。
(……私、最低だ。何であんなこと……)
宵闇に降り注ぐ長雨は、人前で出せなかった自分の心模様と同じ。
宴の後の寂しさはいつものこと。輪から離れて一人になると孤独が襲ってくる。皆、別の時代を生きる人間だ。価値観は相容れないし、必ず別れはやってくる。何も期待してはいけない。
(……目が回って……気持ち悪い……)
ゴロンと畳に倒れた虚ろな瞳に映るのは、食べ残された料理と空の盃が乗る膳を照らす、行灯の妖しき光であった。
揺れる赤き灯火が、目に映る世界に光と陰を与えてくる。その闇に吸い込まれるように意識が遠のいていき────
美術室で絵を描く、かつて愛した男の姿が、更紗の心を捉えて離さない。
学校では赤の他人でも、遠くへ出かけた時は手を繋いでくれた。笑うとできる目尻の皺も、悩みながら向き合うことを決めてくれた真剣な表情も、心の奥底に閉じ込めたはずなのに。
出会った頃のように子ども扱いされたくないと、精いっぱい背伸びして彼を抱き締めてみれば、煙草を吸う手を止め、優しいキスをしてくれる。
久々に煙草の苦い香りが口内に広がる。懐かしさに自然と涙が滲んでいた。
「……せ、んせ──」
一生会うことが叶わないのなら、夢の中でくらい愛しい姿に縋り付いていたい。
指先に触れる肌は温かった。けれど、なぜか自分の肌から急速に熱が奪われていく。
ヒヤッとした冷たさに目蓋を持ち上げると、濡れる睫毛越しに見えるのは夢のような現実の世界で。
「……消え……ちゃった」
忘れたくて忘れたくない記憶の片隅には、キラキラとした想い出が透明な瓶に詰まったキャンディのように、いつでも褪せることなくそこにあった。
ただし、自分で見つけられるとは限らない。気づいた時には心の中から消えている。
うまく解き放てなかった熱情がぽろぽろと目尻から伝い、落ちていた。それを拾い上げる骨ばった指が自分の頬を撫でていて。
「おめえは……ひと泣きしねぇと気が済まねぇのか」
仄暗い闇の中で、鼓膜を揺さぶるのは、会いたかった男の声ではない。
けれども、自分を突き放した低い声は、不意にさりげない優しさを見せてくれる。
「……何で……ここにいるんですか?」
「そりゃあ、おめえさんがぶっ倒れてるからだろうに」
「……ぶっ倒れて……ましたか」
「酒に溺れた人間が行き着く先はあの世だ。ま、それがおめえの望みか」
知らないうちに地獄の手前まで来てしまったようだ。気まずい空気が辺りを漂えば、途端に冷たい感触が首回りを包んでいることに気づく。
更紗はそろりと手を動かして首元を触ってみた。着物と襦袢の合わせは緩められ、素肌に濡れた手拭いが当てられていた。
「起きたなら水を飲め」
背中に腕を差し込まれ、ゆっくりと座らされる。不安定な姿勢で見下ろした更紗は、ふわふわした心地で、思ったままに呟いた。
「……わぁ、肩が……出てる」
「着物の襟元を濡らす訳にはいかねぇだろう」
「……確かに。ありがとうございます……」
さっきよりも身体が楽に感じるのは、締め付けが弱くなったからだろう。着付けた紐も緩めてくれていたが、履いている袴紐も解いてくれていた。
「俺は遊ぶつもりで来たんだが、おめえにまた邪魔されたな」
差し出された深めの器を受け取った更紗は、土方を見つめる。行灯に照らされた端正な顔は心底呆れていた。もう、謝罪の言葉しか浮かばなかった。
「……また、ご迷惑をおかけして……本当に申し訳ありません……」
大失態────、この男に迷惑かけっぱなしだ。他人として見捨ててほしかった。更紗は頭を冷やすためにも、並々注がれた器を口につけ、ゴクゴクと流し込む。
零れた水滴が喉から鎖骨を伝い、晒しを濡らした。冷たい手拭いのおかげで赤く上気していた肌は透明感を取り戻していた。
一気飲みした女は吐息を漏らす。寝乱れた髪の隙間から白いうなじが覗いている。
空の器を返そうと横を見れば、漆黒の双眸の中に自分の姿が映っていた。距離が近い。少し下がろうと腰を浮かせば、解かれた袴が落ちてきて行く手を阻む。
「こんな締めつけりゃ苦しいだろう。解くか」
明かりに照らされた男の影が女の影へ溶け込む。土方が慣れた手つきで晒しの端を掴んでいた。向けられる表情も声色も、昼間とはまるで違って────。
「え……大丈夫です。酔いもさめて元気ですし……」
「それはそれで、解く理由にはなるんだがな」
「え……何でそうなる……?」
「此処にいて、それを聞くか」
視線を伏せた色男はゆらりと身を屈める。咄嗟に動いた更紗の首筋に、その鼻先が触れた。
「俺も男だからな」
「待って待って……変な空気にしないで……」
「誰かと勘違いして、先に手を出してきたのはおめえだろう」
「えっと……勘違い、とは……?」
「男を布団に引き摺り込むのは、人肌恋しい女の常套手段じゃねぇか」
手のひらで身体を押し返すが、晒しに指を差し込まれる。独特の開放感を味わうものの、代わりに切迫されるのは、ばくばくと鳴り響く胸の内。
慌てて払いのけるが、自分を見つめる眼差しが何を考えているのか理解できない。ただ、ピンチなのは分かる。そういう対象に入るとは、夢にも思わなかった。
「……な……何なんですか……」
「別に生娘でもねぇだろう」
「キムスメ?」
「男を知ってる体だろうに」
「あの……今それを言う必要ないですよね……? ていうか、私なんて、どうでもいいじゃないですか……」
「面倒くせぇのには手を出したかねぇんでな」
「そ、それだったら……私はかなり面倒くさいですよ。前の恋人は、私のせいで仕事辞めちゃったし……絶対やめたほうが……」
頭に熱が集まってきたのか、ぐるぐると目が回りだす。その場にまた倒れ込んだ更紗を見た土方は、雨音が響き始めた部屋に溜め息を落とした。
「もういい、寝ろ。時間になったら起こしてやる」
再び訪れた暗黒の世界の匂いは、自分の知るかつての恋人の煙草とは違う、もっと香りに気品のある心落ち着く匂いだった。
煙のように浮く心地はまだ抜けない。それでも、天上へ行かないようにすっぽり包み込んでくれる不思議な感覚は、とても気持ち良かった。
とくん、とくんと穏やかな心音が全身に響いてくる。確かに刻まれていた一定のリズムが消え、遥か遠くからくぐもった誰かの声が聞こえる。
────起きろ
けれど、まだこの安らぎは手放したくない。急いで手を伸ばして引き寄せると、文武館で習った締め技をかけるように腕を絡ませた次の瞬間。
重力を失ったように身体の方向が曖昧になる。全身に冷気が触れ、抗う間もなく手枷を受けるような重みを感じた。
「……寒い」
「このクソ餓鬼が……首を絞めやがったな」
ぐっと持ち上げられたあごの下に甘い痛みを感じたかと思えば、膨らみを滑る感触に思わずびくり、と身体が跳ねる。熱を帯びた甘い痺れが残っていた。
そのまま下へと這う異質な手触りに、女はどうにか夢の世界から地上へ生還した。
「……土方……さん?」
「時間だ、帰るぞ」
「……まだ暗いですよ?」
「女を抱こうが何しようが、俺ァ朝になる前には屯所に帰んだよ」
「そんなの……私には関係ないです。鐘が七つ鳴る前には……起きますから」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、早く支度しろ」
二度寝しようとした更紗を無理やり立たせた土方は、落ちた袴を持ち上げ、紐を指先に絡めていた。
「合わせを詰めろ」
「まだ寝たいのに……」
どう見ても格子窓の外に見える景色は真っ暗闇。朝など一生来ないように思えてしまう。
更紗はぶつぶつと文句を言いつつ、はだけた胸元へ目をやれば、ずり落ちた晒しから覗く胸の谷間に違和感を覚え────。
「……え、ちょっと……何これ……」
解かれた袴を土方の手から奪い取る。慌てて行灯の傍へ駆け寄ると、妖艶な赤い光をより濃くしたような痣が、ポツンとその膨らみに刻まれていた。
「……キスマーク? 何でついてんの……どういうこと?」
爪で掻いても取れないそれは、何度かは見覚えのあるそれと同じもの、のようだ。
身に覚えのない赤い痕に肌が粟立つが、カチャリと鳴らした脇差しを腰に差し込む男が背後からこちらを見据えていることに気づき────。
「……土方さん……私に何かしましたか……?」
「おめえが針の一つでも身に仕込んでりゃ、今此処で始末してやるんだがな」
「……土方さん……私が何かしましたか……?」
「育てりゃあ……面白ぇように化けるか。しょうがねぇから連れて帰ってやる」
月も雲隠れした草木も眠る丑三つ時。下手に道の端を歩けば奈落の底へ落ちてしまいそうな壬生村の畦道を、一組の男女が歩いていた。
「……し……信じらんない……何でこんなことするんですか!」
「自業自得の名の下に、おめえさんのその胸に聞いてみたらどうだ」
「それとこれとは別! 勝手に私の体、触んないで下さい……!!」
「悦ぶ女は数多と見たが、怒る女は初めてか」
長雨が続いているとはいえ、夜中は寒く感じる季節。酔いからさめた更紗の頭から、人には見えない湯気が立ち上っていた。
「この……女好きの変態っ……!」
ぬかるみが現れるたびに妖しく跳ねる二つの和傘と手持ち提灯が、シトシトと宵を濡らす静寂な時間を、知ってか知らずか乱していた。




