緊急招集
※8/9に大きく改変しております。前と違う部分は多々あるかと思います。ご了承ください。
そんな静かで平和な夜に、事件は突然起こった。
「緊急招集だ。吸血鬼テロの可能性がある。一条、花巻、班員を集めろ。会議室にて15分後にミーティングを開始する」
のんびりとしていたフロアに鏑木の指示が飛び、一気に緊張感が走る。
時刻はすでに20時を過ぎていた。
このフロアにいるのは、残業好きの物好きか当直担当の一部だけだ。
課長の指示を聞いた一条と、三班の班長、花巻美月は携帯にて班員に招集をかけた。
何かあったときは班員に一気にコールがかかるような設定になっているため、二人とも難しい操作はせずとも3タップで招集連絡が終わった。
(こんなときに、緊急招集なんてな…)
一条は全員が集まるより前に、会議室に向かう。
会議室では、テーブルの上にはすでに地図や図面が広がっていて、周りでは事務処理の担当たちが、焦りつつもきびきびと動いている。
鏑木は、そんな中で大きなホワイトボードの前で現状の把握と情報整理をしていた。
その表情はいつもよりもどこか固く、眉間の皺はしばらくとれないだろうと思うくらい深く刻まれている。
「二班合同ですか、デカいですね」
「あぁ。爆弾を使った立てこもりだ。吸血鬼のな」
「爆弾ですか、珍しいですね」
「よりにもよって爆弾とはな。これじゃ無理に強行突破もできん」
(強行突破?)
一条はめずらしく急いている鏑木に違和感を感じる。
確かに爆弾を使った立てこもりは大きな事件ではあるが、今はどちらかというと、落ち着いて対策を立てなければならないときなのだが。
そんなことを考える一条を察して、鏑木は先に答えを伝えた。
「客の中には法務大臣がおられる。秘書が言うには、愛人同伴でな」
「……なるほど、これだけの人員を集める理由がわかりました」
現法務大臣の成合隆は、現政権の中でも反吸血鬼派として名が知られている。
しかも、大臣としては珍しいくらいにはっきりと己の立場を示している。
要は、ヒト寄りの考え方に偏っているのだ。
標的として、これ以上に良い人間はいないだろう。
そして、よりにもよって愛人と一緒にいるところをテロにあってしまった。
ご家族はもちろん、政界にも広く知れ渡ることになるだろう。
ふと、鏑木の視線が一条の周囲を見渡すようにうつされた。
「そういえば、朝比奈はどうした」
一条はわかりやすく、ぎくりと体を強張らせる。
朝比奈を帰らせたのは、一条の判断だ。
別に班員を帰宅させるのに鏑木の許可はいらないのだが、こんなことが起きてしまった後だとその判断自体も、何となく気まずかった。
一条だって、まさかこんな時間にこんな大きな事件が発生するとは思わなかったのだ。
「すみません、今日は用事があるようだったので私の判断で帰らせました。…呼び戻しましたが、もう少しかかるかと」
「朝比奈には悪いが、こちらも総力戦だ。これが終わったら特別休暇でもなんでもくれてやる」
特殊犯罪捜査課に限らず、警察組織は緊急時に呼び出されることも多々ある。
よりによって、この日でなくともいいだろうと、心の底から思うのだが、こればっかりは仕方がない。
最初の招集で戻るように指令を出した中には、当然彼の名前も入っていた。
朝比奈にはかわいそうだが、食事を中断し、切り上げてきてもらうほかないだろう。
一条は笑顔で出かけて行った朝比奈の顔を思い浮かべ、苦々しい気持ちになった。
「遅れました」
カツカツと低いヒールを鳴らしながら、3班の班長である花巻が合流する。
黒いスーツをきっちりと着こなし、ショートカットで目尻は猫のように釣り上がった、いかにも強い女の彼女は、鬼狩り歴5年目の38歳だ。
歴は短いがその優秀さを買われ、今年から班長として活動している。
実際は時間より早いのだが、すでに一条と鏑木が話していたことに対して遅れた、という意味なのだろう。
「よし、揃ったな。では、現時点での情報を伝える」
気づけば、他の皆も会議室に集結しており、15分よりも前にミーティングが始まった。
会議室に集まったのは、全部で12名。
1班は朝比奈以外の5名と、3班が6名、そして鏑木の計12名だ。
大きな白いホワイトボードを囲むように、半円状に並び、その中心に鏑木が立つ。
「本日、一九ニ五に警視庁に人質爆破テロの緊急入電が入った。場所は赤坂のフレンチレストラン“レヴェイユ”、電話はかろうじて逃げ出してきた従業員からだそうだ。犯人の人数はまだ不明だが、客は9名、店員は6名が人質、その中に法務大臣とそのご友人、2名が含まれている」
さすがに隊員の前で愛人とは言えなかったのだろう。
鏑木は友人とぼかした表現で皆に伝えた。
(保護対象は全部で15名か)
想像していた人数よりも、人質となった客はそこまで多くはない。
平日の夜という時間帯が幸いしたのだろう。
そうなると、一番厄介なのは法務大臣とその愛人の存在だ。
そう考えながら一条は、スラスラと読み上げた鏑木の情報の中で、ふと聞き覚えのある言葉を耳にした。
「赤坂のレヴェイユ……?」
「なんだ、知っているのか?」
脳内で繰り返したつもりが、声に出てしまっていたらしい。
鏑木が情報伝達を中断し、一条に問いかける。
「あ、いえ…前に同窓会の会場として候補に出たことがある施設だと思いまして」
大学の同期がよく使う同窓会の会場リストを見せてもらったことがあるが、たしかこの名前が入っていた気がする。
一条は来店したことはないが、ここは有名なフレンチシェフが立ち上げた、所謂“いいお店”だったはずだ。
そういえば、朝比奈が予約をとったレストランも、赤坂といっていなかっただろうか?
フレンチかどうかは聞いていないが、誕生日ということであれば選択する可能性は高い。
なんとなく、嫌な予感がする。
(いや、でも赤坂にそういうレストランは何店舗もあるだろう。そんなはずはない…)
ざわつく心を押さえつけながら、自分のこの予感がどうか杞憂であってくれと一条は願い、鏑木に続きを促した。
「続けるぞ。その後、一九五五に犯人から直接入電。要求は“現在収監中の吸血鬼を全員無罪とし、解放すること”“現金1億円と逃走用の車両の手配”だ。タイムリミットはニ三○○、残り3時間ほどしかない」
残り3時間と聞き、皆の顔が一斉に険しくなる。
腕を組んだ花巻が、眉間に皺を寄せたまま、首を傾げた。
「全員の解放、ですか。かなり実現性の低い要求ですね」
「あぁ。目的がいまいちよくわからん。二つ目はまあわかるとして、一つ目の要求はなんなんだ?3時間で飲める条件でないことは、向こうもわかっているだろう。その上で提示する理由がわからん。犯人に何のメリットがある?」
たしかにその通りだ。
仲間の解放、という意味では、テロ行為や人質事件の条件として出されることが多いが、吸血鬼全員の解放となると規模が大きすぎる。
人数だけで見ても、吸血鬼の収監人数は全国で約500人だ。
3時間で許可も降りなければ、解放自体もできるわけがない。
皆が黙り込み、考えてはいるが、現段階では情報が少なすぎる。
ここで時間をかけるわけにはいかないと、一条は目的についての推察を一度取りやめた。
「他に目的がある、と考えるのが妥当でしょう。ですが、要求に応える前に人質を救出してしまえば、それで終わりです。まずは人質の救出を考えましょう」
「そうだな。そちらは情報が集まってからにしよう。今は人質救出の任務が最優先事項だ」
鏑木も一条の意見には賛成のようで、人質をとり立てこもっているレストランの建物図を机に広げた。
みながホワイトボードの前から机の周りへと移動する。
「店の入り口はシャッターが下ろされ、中は目視では確認できていない。が、サーモグラフィーで場所と人数、おおまかな状況は特定できるだろう。また、警備会社にリアルタイムで送信される防犯カメラ映像では、覆面が少なくとも二人は確認できた。カメラはすぐに壊されたがな」
「…難しいですね」
一条は腕を組んで考える。
何にせよ、サーモグラフィー以外の方法でも、中の状況は確認せねばならない。
死傷者が出ているのか、どこに何人の人質がいるのかなどが詳しくわからなければ、突入すらできないからだ。
鏑木は机の上の資料から目を上げ、班員を見回した。
「すでにSATに出動命令は出ているが、本件は吸血鬼犯罪のため、我々が動くことになった」
鏑木の言葉に、花巻は顔を顰める。
「SATですか…上層部は制圧があくまで目的ということですね」
花巻の言外に言いたいことは、一条にも伝わった。
人質・立てこもりには刑事部捜査一課に所属する通称SITが動くことが多いが、今回は警備部所属のSATが呼ばれている。
SITとSATの大きな違いは、犯人との交渉の余地があるかどうかだ。
SITは誘拐・人質・立てこもりなどを専門とし、犯人との交渉や情報収集、証拠捜査などを行う事件解決を目的としている。
対してSATはテロ・銃器など殺傷能力の高い事件を対象にしており、武装して突入・即時制圧が目的としている。
テロの可能性あり、と鏑木は最初に言っていたが、現段階では犯人が組織に所属しているのかどうかもわからないはずだ。
だが、すでにSATに出動命令が出ていると言う。
(上の連中、犯人を説得ーいや、生け捕りにするつもりがないな)
人質(厳密にいえば成合大臣一人)を守ることができれば、犯人の殺害も厭わないということだ。
(それだけ成合大臣の影響力がデカいってことか)
上層部の裏の思惑には含むところがあるが、一番優先すべきは人質の安全だ。
このような事件を起こしている以上、制圧も致し方あるまい。
あとは、自分たち特殊犯罪捜査課にどのような役割が回ってくるか、だ。
一条は口元に手を当て、思考を続けながら鏑木に視線を移す。
「指揮はどちらが?」
「うちだ。体面上は私が立つが、実際の指揮権は一条、お前が取れ」
「了解」
SATは確かに制圧のプロだが、それはあくまで対ヒトに対してであり、吸血鬼を相手にするとなると話は大きく変わってくる。
通常のヒトに対する制圧とは、難易度が格段に上がるし対処の方法も全く異なるのだ。
対吸血鬼犯罪のプロである特殊犯罪捜査課に話が来るのは至極当然のことだった。
「花巻、他3班は基本的にバックアップに回れ。それと、今回は吸血鬼の二人も出動させる。桜はいいが、大和はマスクを装着させろ。出動前のメンテナンスも済ませるように」
「わかりました」
バックアップに回った花巻も、反対意見なく頷いた。
3班の吸血鬼である、冴島大和だけが、文句を言いたげな表情ではあったが、「…へいへい」と小さく呟いた。




