愉快な訳ありのチーム
「あっ、一条さん!!」
課長室から一条が出てきたところをめざとく見つけ寄ってきたのは、課長室でも話題になった吸血鬼ーー水無深 桜だ。
一条はこの吸血鬼のことが苦手だった。
一条がどんなに冷たく接しても、懲りずにずっとついてくる。
一条が遠ざけるほど、彼女はどんどん近づいてこようとするのだ。
「……なんだ」
「課長になにか言われましたか、?」
「別に」
嘘だ。
吸血鬼を、お前を使えと言われた。
そして、嫌だと断った。
「そうですか」
安心したようにホッとする水無深に、なぜか無性にイラつく。
「なんでそんなこと訊くんだ」
「あ、いえ!その、私の処遇について、課長とまた言い争いをしたのかな、と…」
全くその通りだ。
何なんだ、こいつは。
吸血鬼としての能力だけではなく、エスパー能力まであるのか。
「お前には関係ない。お前を使うかどうかは、俺が決める」
「はい、もちろんです!私の手綱は一条さんが持っていてください」
「……チッ…」
一条は、本当にこの吸血鬼が苦手だ。
こんな嫌味の一つも通じないところも含めて。
「お前、今日はメンテナンスの日だろう。さっさと行け」
「はい!それでは行ってきます」
笑顔で頷いた桜は、パタパタと軽い足音をたてながら特捜課のフロアから出て行った。
「はぁ…」
吸血鬼は嫌いだ。
奴らは、人間から搾取して生きるように遺伝子レベルでプログラミングされている。
全員が悪いやつだとは思っていない。
それでも、一条にとって奴らは狩るべき敵だ。
だから、水無深 桜のことも嫌いだ。
それなのに、一条がどんなに冷たくしても奴は懐いてくる。
まるで飼い主の周りをちょこまかと動き回る子犬のように。
いっそのこと、向こうも敵意を出してくれればよかったのだが、気のせいか、奴の距離感は日に日に近づいている気がする。
「やれやれ。あんなに懐いて尻尾振ってるワンちゃんを無碍にあしらうなんて、さすがうちの班長さんは“鬼の鬼狩り”と呼ばれるだけあるね」
「うるさい黙れ余計なお世話だ」
いつのまにか背後に立っていた一条の同僚ーー朝比奈 優は、呆れ笑いをしながら、一条の肩にポンっと手を置く。
彼は一条の同期で、同じく一班の副班長、つまり一条の補佐役だ。
さわやかな茶髪の髪に、優しげな目元、童顔な顔立ちは、とてもじゃないが一条とは同じ歳には見えない。
ただし、怒らせると1番怖いのはこの男だ。これは間違いない。
面倒なことになる前に逃げようとした一条だったが。
「なになに〜?なんでそんな怒ってんの?キョウちゃん」
タイミング悪く、向こう側からこちらへ向かってくる班員3人に捕まってしまう。
ケラケラと笑いながら近づく男と、無表情な高身長の男、そして小動物のような女の子が、一条と朝比奈の方へと近づいてきた。
「あんま怒ると眉間の皺、ずーっと取れなくなっちゃうよ?」
そう言いながら、自分の眉間をトントンと軽く指で小突く。
そんな軽い調子で話すのは、瀬戸 翼25歳だ。
任務時には“ヨク”と呼ばれ、主に近接戦闘が得意な鬼狩りだ。
身長175cm、少し癖っ毛な金髪にぱっちりとした目が印象的な、特殊犯罪捜査課第一班の特攻隊員、といったところか。
明るくお調子者な性格で、人懐っこい。
しかし勤務態度や人間関係に問題があり、県警のあらゆる課をたらい回しにされていたところを、鏑木課長がスカウトしたらしい。
この班は、そんな“訳あり”が多くいる。
「……………。」
たとえば、その隣で若干下を向き、黙り続ける長身の彼ー久住 雪は、元は警視庁公安部の協力者で天才ハッカーだったが、運動能力も高かったため、鏑木にスカウトされた。
身長が高いわりには気配を消すのが上手く、無駄な動きがない。
教えられたことは大抵なんでもそつなくこなす、優秀な班員だ。
実際、この班に配属されてから覚えた中〜長距離射撃も、すでに十分使えるまでに成長している。
ただし、口数が少なく意思疎通が極度に苦手だったため、その能力を存分に発揮できる場所がなかったらしい。
任務時には“ユキ”と呼ばれている。
その近くで一条と翼の会話をオロオロとして聞いているのは、背の小さな少女(というにはその年齢を過ぎている)、小鳥遊 羽花だ。元警視庁交通課の彼女は身長152cmという小さな体ながら、セクハラで問題視されていた当時の上司を綺麗な一本背負いで投げ飛ばしたという武勇伝がある。体の使い方がとにかく上手く、女性特有のしなやかさと、体全体を使う戦い方が鏑木の目に留まった。前者二人と同様、スカウトされたのだ。
任務時は“コトリ”と呼ばれ、基本はその現場で得た情報を伝令したり、解析する役割を担っている。
いざとなったら戦えるくらいの力は、もちろんある。
警察庁特殊犯罪捜査課第一班は、そんな3人と一条、朝比奈、そして吸血鬼である桜の6人で構成されている。
「悪かったな、元々こんな顔だ」
「ありゃま、こりゃほんとに機嫌悪ぃや。まーたお姫さまのこと?」
「うん、さっきまで桜ちゃんに悪態ついてたんだよ、この班長」
「うわーサイテーおとなげねー」
朝比奈は少し悪い顔をして、その場にいた3人に告げ口する。
一条が吸血鬼嫌いだということも、桜のことをよく思っていないことも公然の周知だ。
ちなみに、班員の吸血鬼に対する意見は、それぞれ独自の見解を持っているが、班に入れるのを真っ向から反対しているのは一条だけだった。
「まっ、まあまあ!仲良くしましょうよ、仲間なんですから」
桜のことで一条が責められているとき、必ず助け舟を出すのは小鳥遊だ。
それは、純粋に仲良くして欲しいという気持ちが7割、残りの3割は“個人的な感情”によるものだったりする。
「……それで?新山は」
自分に分が悪い状況を無理やり変えようと、一条は新山の状況を朝比奈に尋ねた。
「うん、鎮静剤を打って今は落ち着いてる。翼の見立てどおり、初犯じゃなさそうだよ。おそらく常習犯で、ほかの被害者がいないか調べるとこ」
「そうか」
その報告に付け足す形で、小鳥遊が口を開く。
「新山は、新人類戦線のメンバーだったみたいです。突発的な発作ではなく、計画的な犯行だったかと」
吸血犯罪には、突発的または偶発的に起こったものと、意思を持った計画的なものがある。
通常、吸血鬼は補血剤や人工血を取り入れていれば、ヒトを襲ったりすることはないとされている。
ヒトを襲ってしまう事件の多くは、補血剤や人工血を取り忘れ、血液の飢餓状態で人間の血液を見たり匂いを嗅いだりしてしまった場合だ。
生存本能が働き、自分の意思とは裏腹に強い吸血衝動に駆られてしまう。
故意にその状態を引き起こさなければ、基本的には事故として処理される。
反対に、自ら血液の飢餓状態を作り出し、ヒトを襲う事件を計画的な吸血犯罪としており、こちらはテロとして厳罰に処される。
新人類戦線は、『吸血鬼が自由に生きられる世界』を掲げ、最近活発に活動している、いわゆる過激派テロ組織なのだ。
「また新人類戦線か…」
「最近多いよね〜この手の犯罪。アイツら、『俺たちこそが優勢種だーー、ヒトなんて殺しちまえーー』って、本気で掲げてるんだもん。出動も多くなるし面倒な事案ばっかだし、もうほんとやめてほしいわ」
「まっ、今日は桜ちゃんがきてくれて助かったけどね」
朝比奈がニヤニヤと笑いながら、一条の肩にポンと手を置く。
通常時でさえ眉間に皺が寄っている一条の顔が、さらに歪んだ。
「……おい」
「ははっ、ごめんごめん、もう言わないよ。まぁでも、助かったのは事実だから、せめて労いの言葉の一つでもかけとけよ。班長殿」
「…………チッ」
ひらひらっと手を振りながら、自分のデスクに戻る朝比奈と、一条の舌打ちを聞き、やれやれと首をすくめる瀬戸。
わかっている。
今回の任務で、死傷者が出なかったのは他でもない桜が新山を取り押さえたからだ。
もし桜が来なかったら、間違いなく複数人の死者が出ていた。
これは、桜を連れて行かなかった一条の采配ミスだ。
認めるべくところは認めなければならない。
頭ではわかっている。
(それでも、俺はーー)
水無深桜をーー“吸血鬼”を、仲間として認めることはできない。
(アイツらは、怪物だ)
生きるためにヒトを殺し、血を啜り、蹂躙する。
まさに、怪物。
(人殺しの怪物なんかを誰が信用できるか)
脳裏によみがえった記憶は、一条が眠れない夜。
悪夢にうなされ、飛び起きたとき。
ぬるっとした血の触感に、鼻腔に広がる鉄の匂い。
一面に広がった、赤黒い溜まり血の中に倒れているのはーーー




