吸血鬼と特殊犯罪捜査課
1965年。
世界は、「人間」という種以外の、高い知能と学習能力を持った「人間とは似て非なる種」を発見した。
彼らは、姿形、思考力、学習能力、感情などは人間とほぼ同じように備わっていた。
街中を歩き、誰かと話している様子だけを見れば、人間と区別がつけられないほどだ。
だが、人間とは明らかに違う点があった。
それは、「体内で血液を作り出すことができない」という点だ。
具体的に言えば、彼らの体内ー骨髄では、白血球、血小板のような役割を持つものは作り出すことができる。
しかし、「赤血球の役割を持つもの」を作り出すことができないのだ。
人間でいう赤血球は、身体中の細胞に酸素を運搬する役割がある。
それを行うことができなければ、人間はたちまちに多臓器不全となり、死んでしまうだろう。
それは、彼らも同じだった。
だから彼らは、それを外から補うために、動物の血を摂取して取り込み、生命活動を維持していた。
その対象は、最も自分達と近い種であるヒトが大半だった。
それが社会に大々的に発表されたのが、20世紀末のことだ。
もちろん、ヒトはこの新しい種の存在を知り、激しく糾弾した。
自分達を脅かす相手が、ヒトという種が誕生して以来初めて現れたからだ。
それも、外見だけではわからないほど、自分達に似ている姿で。
血を与える、という行為として同じ意味を持つ輸血は、人間同士が生命活動を維持できる血液量を設定し、希望者のみが提供する。
それに、輸血を使うのは手術など、限られた機会のみだ。
それに対して彼らの吸血は、彼らが生きるために必須の絶対条件。
そして、身体能力だけは人間よりもずば抜けて良いのがまた厄介な点だった。
提供ではなく、搾取されるかもしれない恐れは、瞬く間に世間に伝染した。
彼らは、空想の産物の一つであった“吸血鬼”とよく似ていることから、そう呼ばれるようになった。
だが、とある製薬企業が吸血鬼に向けた「補血剤」の誕生で、世論は徐々に共存へと転じていく。
補血剤は、吸血鬼がヒトの血液を摂取しなくても生存できるようにと開発された薬だ。
この補血剤と、吸血鬼の人権や法整備を進める英雄たちの存在により、長い時をかけながらヒトは吸血鬼を受け入れていった。
そして、2020年。
吸血鬼にもヒトと同じように人権が与えられる法案「吸血鬼参画社会基本法」が、先進諸国で一斉に可決された。
世界はヒトと吸血鬼が共存できるような社会づくりを始めた。
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2027年。
吸血鬼の人権が認められてから、約7年。
さまざまな政府機関、法律が新しくなる中で、犯罪を取り締まる警察の中にも吸血鬼に関する部署がいくつか新設された。
その中の一つが、警察庁警備局特殊犯罪捜査課である。
特殊犯罪捜査とは、主に吸血鬼が起こした死傷事件を扱い、場合によっては犯罪を犯した吸血鬼をその場で拘束、制圧できるような人材が集まっている部署だ。
特殊犯罪捜査課には、現在150人ほどが在籍しており、各都道府県に約2名ずつ配置されている。
ちなみに、吸血鬼にのみみられる特殊な犯罪ーー所謂吸血犯罪ーーに対応する組織は、各県警にももちろんある。
吸血鬼犯罪のプロとしてそれらを指揮する立場にあるのが、特殊犯罪捜査課だ。
さらに首都である東京都にのみ、課長自らが動かせる部隊が存在し、1〜3班、各5人ずつで構成されている。
人間の中でも高い身体能力、情報収集能力、対吸血鬼戦闘をもった彼らは、吸血鬼犯罪のエキスパートで、「鬼狩り」と呼ばれていた。
「で、なんであの“吸血鬼”が現場の場所を知っていたんですか?」
この男、一条 杏也も、その鬼狩りの一人だ。
身長180cm、体型はスリムだが筋肉は軍人顔負けの肉体美をもっており、その高い戦闘能力を買われて2年前に一班の班長となった人間。
ツンツンとした黒髪と眉間の皺は、真面目な彼の性格を如実に表している。
最難関と言われる大学を主席で卒業し、成績も優秀。
人間としての礼節もわきまえており、先輩、同僚、後輩すべてで順調な人間関係を築いている。
まさに、欠点のない超人だと揶揄されていた。
ーーー1ヶ月前、この班に一人の吸血鬼が配属されるまでは。
「私が情報を与えたからだ。デスクを偶然通りかかったら、お前に置いて行かれてしょげていた子猫が一匹いたもんだからな」
一条は特捜課に帰ってきて、真っ先に課長室へと出向いた。
先ほど逮捕した新山の移送は、ほかの班員に任せてきた。
目の前の立派なデスクに座っているのは、特殊犯罪捜査課の課長、鏑木 聖修だ。
実年齢は40代後半だが、白髪と額に刻まれた深い皺のせいで60代前後に見える。
警察庁の中でもキレ者で、自分の実力で成り上がった経歴を持つ。
そのためか、評価は年齢経歴等は一切交えない、実力主義を掲げている人物である。
「俺には俺の考えがあります。勝手に情報を渡して任務に参加させないでください!」
「だが事実、役には立っただろう?聞けば新山を確保できたのは彼女の功績だったそうじゃないか」
一条は軽く目を見張った。
…早い。
いくらなんでも耳に入るのが早すぎる。
ここには1番に帰ってきたし、どこにも寄らずに課長室へ向かったのに。
(あの吸血鬼…本部に戻る移動中に課長に報告しやがったな)
心の中で本日2回目の舌打ちをし、ため息をついてから鏑木に向き直った。
「確かに、アレの戦闘能力が高いことは認めます。ですが、俺は吸血鬼であるアイツが信用できない。仲間を裏切って血を吸い尽くし、殺すかもしれない。そんな爆弾はこの班にはいらないし、抱えたくないんです」
そう、吸血鬼は人間を殺す生き物だ。
人間同士の殺人とはまた違う。
奴らは、自分達が生きるために他の動物をーーヒトに害を成すように、遺伝子をプログラミングされている生物なのだ。
感情論の話でもなければ、理性の話でもない。
本能がそのようにできている。
そして、そんな吸血鬼を背負えるほど、ヒト(自分達)が強くないことは一条も理解している。
味方さえ信じられない部隊など、何をするにも成功するはずがない。
だからこそ、目には目を、歯には歯を、鬼には鬼を、という上層部の考えにどうしても賛同できない。
「上は知らないんですよ。あの吸血鬼共の、本当の恐ろしさを」
吸血鬼の異常に発達した犬歯に、大切なヒトを食い殺される瞬間を、その恐怖を、彼らは知らない。
残された家族や友人、恋人が、化け物たちと同じ世界で、社会で、どのような感情を抱えて生きているかなんて。
「それを理解しているからこそ、同等…いやそれ以上の力を持つ彼女らを仲間にした。そう考えることはできないかね?」
言いたいことはわかる。
事実、吸血鬼は人間よりも身体能力が遥かに高い。
特殊な訓練を受けている一条たちですら、単純な身体的な能力だけで測れば、女吸血鬼と同等かそれ以下なのだ。
だからこそ、犯罪を犯した吸血鬼を取り締まるのが同じ吸血鬼である必要性は、わかっているつもりだ。
(それでも、俺はーー)
「……失礼します」
これ以上話をしても、お互い平行線のままだ。
それがわかっていたから、一条は課長室を出た。
「……過去の傷は、未だ癒えず、か」
先ほど一条が出て行った扉を眺めながら、鏑木は呟いた。
彼は優秀だ。
少々実直すぎて扱いづらいところもあるが、知識、身体能力、分析力、判断力、統率力、真面目さなど、全てにおいて評価は高い。
私情を決して交えず、感情と理性を分けて論理で考える。
リーダーとしての素質を充分に持っている。
だが、そんな男が唯一、私情を交えてしまうのが「吸血鬼犯罪」だ。
彼は、気づいているだろうか。
吸血鬼の話をする時、その目には暗い色が浮かんでいることを。
通常ならば正常に働くはずの感情と理性の天秤が、感情の方に異常に偏っていることを。




