第十三話 大事にしましょうね?
蚤の市二日目の朝は大波乱で幕を開けた。
腐っても革命を成し遂げただけはあり、革命政府の動きは非常に早かった。昨夜の時点で帝都商業ギルドは新任だったギルド長を更迭して前任のギルド長を召還、帝都の商人たちに方針の転換を示した。
朝には商業免許の再取得の料金などが一斉に見直され、荒い手書きの文字の謝罪文と共に帝都の各所に掲示された。よく一晩で間に合わせたとチトセすら書いた職員に同情してしまう。手首を痛めてないと良いけど。
昨日の夕方の協議にもならない協議は蚤の市参加者の口から帝都に拡散していた。告知を見ようと掲示板に殺到した人々はいまだに革命政府への不信感を拭えないもののひとまず静観の姿勢を見せている。
「――というのが今の状況だ」
帝都を見回ってくれたシャンジが開催本部のチトセの前で報告してくれた。
料金などを見直し、商業ギルドを旧体制に戻したとはいえ帝都商人からの反発はまだある。すでに潰れた店も多く、家族ぐるみの付き合いをしていた取引先の無念を知る帝都商人たちの怒りはこの程度で払拭できない。
馬車の車輪の音に気付いて、チトセは街道に目を向ける。使い込まれた幌馬車が帝都を脱してどこかへ走っていく。
「七台目」
数えていたらしいエティが呟いた。
あの馬車は癒着商人の馬車だ。今まで好き放題していたくせに潮目が変わったと気付くや否や帝都を脱出している。逃げ足の早さも含めて、戦場を転々とする酒保商人らしいともいえる。
チトセと同じように馬車を見送って、エルタが呟く。
「多分、革命政府から廃業させられた商人への補償金を貸してくれって頼まれたんだろ」
「あぁ、それで逃げてるんだねぇー」
不思議そうにしていたオーミーが納得する。
ただでさえ横暴が過ぎて市場から締め出されているのに、地元の商店が帰ってくるためにお金を貸せと言われたのだ。儲けが出ないと判断して逃げ出すのは理に適っている。
先行する馬車に続く荷馬車に泥が投げつけられた跡がある。その跡を見咎めて、ティ・キーが目を細めた。
「図らずも、悪者とやらが見つかったようだな」
馬鹿なことだと思う。ここで逃げ出せばもう二度と信用を取り戻せないというのに。
エルタとオーミーがちらちらとチトセを見ている。
蛇がいると看板が立っている藪を覗こうとするような二人の顔に、チトセは訝しむ。
「……何か気になるの?」
「いや、ねぇ……?」
オーミーに話を振られたエルタが好奇心に負けたようにチトセに聞く。
「今回の騒動って帝都の老舗も店を畳んだり休業状態になったろ? 宿り精霊とかはどう思ってるのかなって……」
店の運転資金が足りずに閉業、休業となった店にいる宿り精霊や孵化精霊は案外多い。商売道具を大事にするからだ。
生まれた時から店の人々が働く姿を眺め続ける宿り精霊はお客に見えないのに呼び込みをしてみたり、店の人々が寝静まった夜中に店内の掃除をしたりする。
そうして店の人々や店そのものに愛着を持つ精霊は多く、孵化精霊となっても店が潰れるまで居続けることも多い。典型例がトラレスホテルにいる孵化精霊ニトンだ。
チトセは店で預かっている商売道具の宿り精霊たちを思い出す。
「宿り精霊ってついてる品からあまり離れられないんだよ。……よかったよね」
あの子たちが自由だったなら、商業ギルドは大きなかがり火となっていただろう。いまでも店ではリペ・アルシュたち孵化精霊がなだめている。
見えない宿り精霊たちのおもちゃになった経験があるエルタとオーミーがぞくりと身体を震わせる。
「人の方では解決しても、精霊たちは許してくれるのかな?」
オーミーが心配そうな顔をする。自身もライティングビューローの宿り精霊に気に入られているためか、精霊たちの心配をしているようだ。
チトセは堂々と頷いて胸を張る。
「今回の騒動で手放された宿り精霊付きの品は博護会で買い取って保管してある。それで、昨日の段階で状況が動きそうだから本来の持ち主にも連絡を取るように通達済み」
だから、とチトセは蚤の市の会場に現れた革命政府の重鎮たちを見る。
「ぬか喜びさせるなら私も怒る」
※
時間が制止したかのようだった。
革命政府の重鎮たちが会場入りすると同時に響いていた呼子の声が消え、値引き交渉の声が途絶え、背筋と時間を凍らせるような視線が重鎮たちへ向けられる。
革命を成し遂げた者達だ。武器を持たない商人たちの視線など、本来は意に介さない。
しかし、剣や槍を持つ戦場とは別の戦場に踏み入ったことを彼らは理解していた。
信用も資金もないのに恨みという負債だけは抱えている革命政府は、この場において戦場に紛れ込んだ一般人以下の存在だ。
しかし、この場での存在価値を正しく理解しているからこそ、革命政府の重鎮は人の視線には怯えない。
国家権力を背にした彼らは、本来ならこの場でも堂々と振舞えたのだ。相手はただの人なのだから……。
そう理解しているからこそ、重鎮は動けない。会場に入ったその瞬間に浴びせられた無数の視線を感じ取ってしまったから。
戦場上がりだからこそ、自分の生命を脅かす存在、精霊たちの敵意に気付いて動けなかった。
「――精霊たちには事情を説明してあります。革命政府の方々も自由にお買い物ができますよ」
開催本部から歩いてくるチトセが淡々と告げる。
エティが、シャンジが、ティ・キーが、チトセと共に動いていく。会場中の精霊たちが革命政府の重鎮たちの一挙一動を見つめている。
いかなる不法も理不尽も裁かれる、絶対的な重圧を纏い、チトセは革命政府の重鎮たちを会場内に手招いた。
「どうぞ、ご自由に」
チトセの面倒くさそうな態度と必要最低限の礼を見て、革命政府は悟る。
チトセや博護会を懐柔するような方法では、今回の騒動は収まらない。
不可視でありながら確実に存在している精霊たちが納得しなければ、今回の騒動は決して収まらない。
しかも、その不可視の存在である精霊たちとの通訳をチトセは果たす気がない。
だが、ヒントだけはチトセが教えてくれた。
「帝国を壊したあなた達は、大事に守る番になったんですよ――」




