エピローグ
「――チトセちゃん! オルバト調のアンティーク絨毯かもしれないから鑑定をお願い!」
「文様が支離滅裂になってる。贋作」
広げられる前の丸まった絨毯を一目見て贋作と見抜き、チトセは模様を指さす。
「オルバト調で魚の図案はないよ。あれは民族の伝統文様からきてるから」
知り合いからの飛び込みの鑑定依頼に真面目に応対しながらも、チトセはそわそわしながら壁掛け時計を見る。
チトセのそんな様子を微笑ましそうに見ているティ・キーたち孵化精霊。古参の宿り精霊たちは新入りの宿り精霊たちに事情を話していた。
「カエッテクル!」
「ダレー?」
精霊たちが見えない客は贋作判定にがっくりと肩を落とす。しかし、チトセの機嫌がいいのに気付いて怪訝な顔をし、気付いた。
「もしかして今日、アシエラさんが帰ってくる日?」
「そう。予定通りなら今日の馬車で帰ってくるはず」
客も嬉しそうに絨毯を抱えた。
「エルフの時間感覚は分からないけど、私ら人間にとっては不在期間がずいぶんと長く感じたよ」
「アシエラさんとしてもやきもきしてたみたいだよ」
「そりゃそうだよ、激動の時代だったんだから」
国さえ変わる激動の時代。チトセ自身、よく乗り切ったものだと思う。
客が宿り木の庭を見回す。
「チトセちゃんがいなかったら、宿り木の庭はもちろん表町の商店もどれほど潰されたか。それ以前に、戦時中の被害も比較にならなかっただろうね」
「それは協力してくれた人も精霊も多かったからだよ」
「チトセちゃんが守るために動いてくれたから今があるんだと思うけどね」
客は笑ってカウンターに両手をつき、チトセへと身を乗り出す。
「アシエラさんが帰ってくるって知らせてきてもいいかい?」
「どうぞ。アシエラさんは私だけじゃなくみんなのことも心配してたから、元気な顔を見せてくれれば喜ぶと思う」
「それもあるけど――いや、野暮か」
何かを言いかけてやめた客は絨毯を抱えて店の玄関へ向かう。
「それじゃ、知らせてくる」
「扉を開けるよ」
両手が塞がっている客を心配してチトセが動こうとした時、玄関近くにいた宿り精霊が魔法で扉を開けてくれた。
ひとりでに開いたように見える扉に一瞬びっくりした客だったが、精霊が開けてくれたことに気付いて笑い出す。
「この店は精霊まで生き生きしてて、本当に素敵だよ!」
笑いながら出ていく客を見送って扉を閉めた宿り精霊が誇らしそうにチトセを見て胸を張った。
チトセは宿り精霊をほめる。
「ありがとう。いい接客だったよ」
「ムフー」
頬っぺたが緩々になった宿り精霊がショーウインドウに飛んでいく。
菓子店のショーケースについていた宿り精霊だ。宿り木の庭に来てからは塞ぎ込んでいたが、元の持ち主が帰ってくることが決まり、かつてのような働き者に戻っている。
買い戻してもらえる日をただ待つよりも、今度はもっと役に立ってやるというやる気に満ちていた。
とん、と頭の上に何かが乗る感触がして、チトセは頭が揺れないように姿勢を保つ。
くすくす、と小さな笑い声が頭の上から聞こえた。
「アシエラが帰ってきたらお役御免か。名残惜しい」
「リペ・アルシュ、それにみんなもありがとう。手伝ってくれて本当に助かったよ」
エルフの里から派遣された孵化精霊たちは戻ることが決まっている。
リペ・アルシュはチトセの髪の手触りを楽しむように寝転がって頬を乗せた。
「気が向いたらエルフの里に来るとよい。チトセ嬢なら、皆も歓迎する」
「もう疎開する必要はないでしょ」
「遊びに来いと言うておる。いつでも良い。そうじゃ、アシエラと入れ替わって里に来るのはどうか?」
「トルナー!」
「チトセ、ココニイルノー!」
宿り精霊たちに抗議されて、リペ・アルシュは笑いながら飛び立つ。
「本当に慕われておる。資格は十分」
「資格?」
「アシエラに聞くがよい。いずれ、話さずにはいられぬだろうがな」
意味深にそう言って、リペ・アルシュは居住スペースに飛んで行った。
代わりに宿り精霊たちがチトセに殺到する。
「イッチャ、ダメ!」
「ココデ、アソビ、ナサイ!」
「私が居なくてもアシエラさんが遊んでくれるよ?」
「アシエラ、ツヨスギルカラ、ダメ!」
同じくらいの実力者が欲しいらしい。
その時、店の周囲を見回っていたシャンジが店に飛び込んできた。
「チトセ! アシエラが精霊魔法を使ってここに向かってる!」
「何してるの、あの人」
定期連絡で早く帰りたいと言っていたが、なにも精霊魔法まで使って飛んでこなくてもいいだろう。
呆れるチトセと同じ顔をして、ティ・キーが言う。
「アシエラの中では、チトセは三年前の子供のままなのだろうな」
「あー、エルフだもんねぇ」
しかも直前までエルフの里で子育てに参加していた。成長速度が人間よりも緩やかなエルフの赤ん坊や子供たちを見ていれば、チトセが心配にもなるだろう。
納得するチトセに、シャンジが慌てたまま報告する。
「それだけじゃねぇんだよ! 予想より早くアシエラが帰ってくるから、町の知り合いが計画してたサプライズ出迎えが間に合わねぇって足止めしてんだ!」
「……なにしてるの、みんな」
「……激動の時代を乗り越え、変な団結ができているようだな」
絨毯を抱えていそいそと店を出ていった知り合いを思い出す。言いかけていた何かはそのサプライズ出迎えだったのだろう。
チトセは席を立ち、シャンジに聞く。
「表と裏、どっちから来るの?」
「裏口だ」
「それでリペ・アルシュは向こうに行ったんだね」
チトセは居住スペースに向かう。
アシエラが帰ってきたら入れ替わりで帰るとはいえ、リペ・アルシュが別れを告げるには早すぎると思っていた。古い精霊の勘かなにかでアシエラが帝都に入ったことを察知していたのだろう。
リビングを抜けて裏口の扉を開く。
ほぼ同時に、アシエラが扉の向こうに降り立った。
「お帰り、アシエラさん」
「た、ただいま……っ!」
よほど急いで帰ってきたのか、アシエラは肩で息をしながら返事をして、店を見上げた。
「たった三年で帝都が様変わりしていてびっくりしたよ。チトセちゃんは相変わらずでよかった」
裏町の再開発を始め、老舗店ですら閉業している今の帝都を見れば、チトセや店が心配になるのも分かる。
定期連絡でいろいろと状況を知らせていたが、変化を聞くよりも見る方が衝撃が大きい。
チトセは裏口の扉を大きく開け放ち、自分も外に出る。
「アンティークショップが時代に流されちゃダメでしょ?」
「確かにそうだね――チトセちゃん大きくなってない!?」
「やっぱりアシエラさんに背丈は敵わないかぁ」
ちょっと悔しいが、アシエラは相変わらず背が高い。
しかし、アシエラからすればチトセは三年で背丈が伸びている。目を白黒させながら、エルフ時間とヒト時間の時差を調整していた。
チトセはアシエラを追ってきたらしい帝都の住人達の姿を見つけて、手を振る。
「……エティ」
チトセが囁きかけると、エティが飛び立ち、魔法陣を上空に描いた。
チトセはすかさず魔力を流し込む。
上空に美しい白い輝きを放つ文字が魔法によって浮かび上がった。
『縁を大事に』
チトセは上空の文字を指さす。
そして、サプライズ出迎えが失敗して居心地が悪そうな人々を店に手招いた。
「ようこそ宿り木の庭へ!」
――大事にできる出会いを。




