第十話 反撃の狼煙
博護会主催、蚤の市の話が帝国のみならず周辺の独立国にまで急速に拡散した。
博護会の組織力と情報の伝達力は戦時中に培ってきただけあって、慣れない政治に右往左往している革命政府をはるかに凌駕していた。
博護会が助けてきたのは基本的に精霊が宿る品の持ち主たちであり、資産家も多く含まれる。彼らも故郷や疎開先の教会から知り合いに蚤の市の話を拡散し、参加者を募っていった。
この蚤の市の収益の一部が戦争被害の補填に充てられるという話も情報拡散を手伝い、参加者も相次いだ。
加えて、帝国や独立国の状況がさらに蚤の市支持を後押しする。
疎開先からの帰郷、疎開先に骨を埋める覚悟、どちらでも家具や生活雑貨の類は必須となる。にもかかわらず、戦時に職人たちが戦争に関わる道具、兵器類の開発に駆り出されていたため全体的に品不足となっていた。
そこにこの蚤の市開催の報せ。
欲しい物を安く買える。輸送に関しても戦時中の博護会の実績がある。収益の一部が自分と同じ戦争被害者に分配される。
独立国からしても、まずは自国内に注力したいが他国との交流を断つわけにもいかず、しかし不用意に他国の政府と近付くと他の国に痛くもない腹を探られる状況。中立的な活動に終始していた博護会主催のイベントは交流の場として最適だ。
チトセの狙い通り、各地から出店表明や会場までの物や人の輸送に一役買いたい船主、辻馬車の御者などからの相談、予想される人の流れとそこにある宿との連絡などが山のように押し寄せた。
「お嬢は忙しくしていないと死ぬ病気にでもかかったか?」
ティ・キーに呆れられるほど、チトセの下には大量の手紙が届いている。
返事をする余裕もないチトセは手紙に目を通してムタージュ行きの小箱に入れた。
知り合いか否かで手紙を振り分けてくれているシャンジが一通の手紙で手を止めた。
「オーミーからだ。私信か?」
「見せて」
シャンジから手紙を受け取り読んでみれば、蚤の市への参加表明と運営側の人手が足りないなら手伝うという内容だった。
ありがたくて涙が出る。サウベリア訛りを解する運営スタッフが足りないのだ。
最優先で返信をしたため、即返送と書かれた小箱に入れる。
その時、裏口の扉がノックされた。窓辺にいたリペ・アルシュがのんびり振り返って報告する。
「エルタとかいう、あの男だよ」
「ごめん、ティ・キー。扉を開けて」
「やれやれ」
ふわりと飛んで、ティ・キーが裏口の扉を開ける。ひとりでに開いたように見える扉に一切動揺しないのは、この店をよく知るエルタだからこそだ。
「開けてくれてありがと」
エルタは視えないティ・キーに礼を言って、リビングテーブルで手紙の返事を書いているチトセに声をかける。
「帝都中の両替商と金貸し、金銀の細工師から協力を取り付けた。楽な仕事だったよ」
イベントの開催費用と開催場所の警備を引き受けてくれるらしい。
エルタたち両替商や金貸しは、商業免許の再取得の騒動から帝都の外で活動するようになった。その場所はいまや金河岸と呼ばれるようになり、河船の停泊所を民間の資金で作る話も出ている。
革命政府にイベントを潰されないよう、開催場所として彼らの活動場所を借りるだけのつもりだったが、さらに踏み込んだ支援をしてくれるらしい。
エルタは悪そうな顔で笑う。
「当然だよなぁ。『無茶な商業免許の金額のせいで貸し倒れだ。絶対に許さん』って同業が多くてさ」
金銭的な価値がない悪魔崇拝者の飾り皿を担保として認めるくらい、帝都の両替商や金貸しは商店主と距離が近かった。その関係性を革命政府は商業免許の再取得で破壊した。
怒り心頭の両替商、金貸しは「革命政府に目にもの見せてやる」という意見でまとまっている。
「無茶なルールを押し付ければ反発されるなんて分かりそうなもんなのにな」
帝都を出て新天地で師匠のハッテと共に一から商売を始めた経験があるエルタは肩をすくめて革命政府を評価する。
チトセはキンゲル行きの小箱に手紙を入れつつ、エルタに答えた。
「分からないなら、分からせないとね」
「今のセリフ、金河岸にいる連中が聞いたら大喜びだろうな」
「革命政府にだいぶ不満が溜まってるんだね」
無理もない、とチトセは思う。同情する気はない。
チトセはその他と書かれた小箱から一通の手紙を手に取った。
「エルタ、ちょっとお願いしたいんだけど。悪魔崇拝の飾り皿で宿題を出された時に帝都の広場の穴場のベンチを教えたでしょ? あのベンチでこの手紙を広げてくれないかな?」
帝都広場のベンチにいるヤモリ型の孵化精霊ビィーベンに充てた手紙だ。
ビィーベンは初代皇帝が座ったベンチについていた孵化精霊であり、帝室に対して強い敬意を持っている。エルタを一目で帝室の落胤と見抜いたほどだ。
革命政府により帝室も貴族制度も崩壊し、ビィーベンはかなり怒っている。帝都広場の人々に対して危害を加えてこそいないが、もともとの頑固な性格も相まってチトセでも近付けないほどビィーベンの周囲は強風が吹き荒れている。
チトセは手紙の返事を書く手を止めて、エルタに向き直った。
「ビィーベンは寂しさと悲しさで感情がぐちゃぐちゃになってるんだよ。近付くのも危ないけど、エルタの声なら届くと思う」
「視えない俺に大役を預けんなよ」
そう言いながらもエルタはビィーベン宛の手紙をチトセから受け取った。
「親父って実感もないけど皇太子が死んじまって、金の腕輪もエルフの里に預けた今、唯一の血の繋がりの証明だしな。連れてきたら通訳してくれよ?」
「夜通しでも付き合うよ」
「言ったな? その手紙を片付けとけ」
エルタはどこか寂しそうに笑いながら出ていく。
両親を亡くし、自分の出自も知らなかったエルタにとって、ビィーベンははるか前とはいえ先祖を知る存在だ。寄る辺をなくしたビィーベンにエルタだけは寄り添える。
「さて、時間制限もできたし、頑張ろうかな」
「……ちび共がひましてそうだから遊んでくるわー」
「待った」
仕事が加速すると察して逃げ出そうとしたシャンジを捕まえて、チトセは笑う。
「宿り精霊のみんなが知らない昔語りをビィーベンがしてくれるはずだから、それまでに仕事を片付けようね」
「チトセが始めた仕事だろうがー! 横暴だー!」
「計算ができる貴重な存在を逃がすわけないでしょうが!」




